遊戯王 New stage 番外編 ジェムナイトは砕けない-エピローグ
二週間後。
「ただいまーっと……」
「あっ、輝彦! 遅いわよ! このあたしを待たせるなんていい度胸ね!」
事務所のオフィスに足を踏み入れると、途端に威勢のいい声を浴びせられた。
声の主である少女――白下ほたるは、オフィスのソファに座ってふんぞり返っている。手慣れた様子でテーブルの上に置かれたお菓子を頬張っているのを見ると、ここに住んでいるのではないかと疑いたくなるが、彼女はれっきとした客である。と言っても、探偵事務所に依頼を持ってきたわけではない。
ちなみに、探偵事務所のメンバーは出払っており、待っていたのはほたる1人だけだ。信二はリハビリ、ティトとリソナはアカデミア、創志は隣の喫茶店でバイト中だろう。鍵はかけておいたが、ほたるには合鍵を渡してあるのでそれで入ったか、もしくは創志に声をかけて開けてもらったのかもしれない。
「ったく、奥のテーブルで待ってろって何回言ったら分かるんだよ。ここは依頼者と話す応接室なんだよ。お前がオヤツ食ってていい場所じゃねえ」
「だってこっちのソファのほうが座り心地いいんだもん。向こうの椅子は固くてずっと座ってるとお尻痛くなっちゃうし」
「それくらい我慢しろ!」
神楽屋が言っても一向に動こうとしないほたるに呆れつつ、神楽屋は向かいのソファに腰を下ろす。
「早速始めるの?」
咀嚼していたお菓子を急いで飲みこんだほたるが、目を輝かせる。
「いや、もうちょっと待ってくれ。今日は他にも人を呼んでるんでな」
神楽屋は意味ありげな視線を、玄関へと通じる扉に向ける。
豹里の襲撃後、デュエルギャングゴースト・エンペラーは、メンバー間での協議の結果、正式なデュエルチームとして再出発することになった。すでに旧サテライト地区で行われた大会に飛び入り参加でエントリーし、優勝したらしい。
ゴースト・エンペラーに残ったほたるは、毎日のように三隅にしごかれているらしい。それでもなかなかデュエルの腕が上達せず、困った挙句神楽屋に指導を頼んできたというわけだ。
覚えることが多くて大変だとほたるはぼやいていたが、以前よりもずっと生き生きとしているように見える。デュエルの腕はまだまだだが、楽しむことにおいては神楽屋よりもずっと才能があるのかもしれない。
(……あとは、豹里のことだけか)
教会でのデュエル以来、豹里兵吾は行方をくらませていた。現在セキュリティが中心になって捜索を続けているようだが、有力な手掛かりは見つかっていないらしい。
噂では、輝王が言い逃れのできない証拠を手土産に豹里の不正を暴いたため、戻るに戻れなくなったのではないかと言われている。セキュリティ上層部の役職についている豹里の父も、息子のスキャンダルによって地位が揺らいでいるという話だ。
それを知ったとき、「自分のことで手一杯じゃなかったのかよ」と輝王に訊いてみたが、
「ただいまーっと……」
「あっ、輝彦! 遅いわよ! このあたしを待たせるなんていい度胸ね!」
事務所のオフィスに足を踏み入れると、途端に威勢のいい声を浴びせられた。
声の主である少女――白下ほたるは、オフィスのソファに座ってふんぞり返っている。手慣れた様子でテーブルの上に置かれたお菓子を頬張っているのを見ると、ここに住んでいるのではないかと疑いたくなるが、彼女はれっきとした客である。と言っても、探偵事務所に依頼を持ってきたわけではない。
ちなみに、探偵事務所のメンバーは出払っており、待っていたのはほたる1人だけだ。信二はリハビリ、ティトとリソナはアカデミア、創志は隣の喫茶店でバイト中だろう。鍵はかけておいたが、ほたるには合鍵を渡してあるのでそれで入ったか、もしくは創志に声をかけて開けてもらったのかもしれない。
「ったく、奥のテーブルで待ってろって何回言ったら分かるんだよ。ここは依頼者と話す応接室なんだよ。お前がオヤツ食ってていい場所じゃねえ」
「だってこっちのソファのほうが座り心地いいんだもん。向こうの椅子は固くてずっと座ってるとお尻痛くなっちゃうし」
「それくらい我慢しろ!」
神楽屋が言っても一向に動こうとしないほたるに呆れつつ、神楽屋は向かいのソファに腰を下ろす。
「早速始めるの?」
咀嚼していたお菓子を急いで飲みこんだほたるが、目を輝かせる。
「いや、もうちょっと待ってくれ。今日は他にも人を呼んでるんでな」
神楽屋は意味ありげな視線を、玄関へと通じる扉に向ける。
豹里の襲撃後、デュエルギャングゴースト・エンペラーは、メンバー間での協議の結果、正式なデュエルチームとして再出発することになった。すでに旧サテライト地区で行われた大会に飛び入り参加でエントリーし、優勝したらしい。
ゴースト・エンペラーに残ったほたるは、毎日のように三隅にしごかれているらしい。それでもなかなかデュエルの腕が上達せず、困った挙句神楽屋に指導を頼んできたというわけだ。
覚えることが多くて大変だとほたるはぼやいていたが、以前よりもずっと生き生きとしているように見える。デュエルの腕はまだまだだが、楽しむことにおいては神楽屋よりもずっと才能があるのかもしれない。
(……あとは、豹里のことだけか)
教会でのデュエル以来、豹里兵吾は行方をくらませていた。現在セキュリティが中心になって捜索を続けているようだが、有力な手掛かりは見つかっていないらしい。
噂では、輝王が言い逃れのできない証拠を手土産に豹里の不正を暴いたため、戻るに戻れなくなったのではないかと言われている。セキュリティ上層部の役職についている豹里の父も、息子のスキャンダルによって地位が揺らいでいるという話だ。
それを知ったとき、「自分のことで手一杯じゃなかったのかよ」と輝王に訊いてみたが、
「俺は自分のすべきことをした。それだけだ」
と、涼しい顔で返されてしまった。自分とそれほど年は変わらないはずだが、あいつには勝てそうにないと神楽屋は改めて感じた。
そんなことを考えていると、元気よく扉がノックされ、神楽屋の返事を待たずに開く。
入ってきたのは、車椅子に座り、悪戯っぽい笑みを浮かべた少年。
「おっすテル兄ちゃん! 今日は俺にデュエル教えてくれるんだよね!」
稲葉ミカドは、白い歯を覗かせながらそう言った。
そんなことを考えていると、元気よく扉がノックされ、神楽屋の返事を待たずに開く。
入ってきたのは、車椅子に座り、悪戯っぽい笑みを浮かべた少年。
「おっすテル兄ちゃん! 今日は俺にデュエル教えてくれるんだよね!」
稲葉ミカドは、白い歯を覗かせながらそう言った。
◆◆◆
神楽屋とのデュエルに敗北した豹里は、かつてないほどの高揚感に包まれていた。
悪のプライドを砕くために、悪を存続させる。
屈辱に歪む表情が見たいから、それがたまらなく楽しいから、悪を存続させる。今まではそれでいいと思っていた。
けれど、違った。
絶望に沈む人間をさらなる深淵に叩き落とすのは楽しい。
それよりも、希望に満ち溢れた人間を絶望させるほうが、もっと楽しい。
例えそれがこれまで信じてきた「正義の味方」の道から外れるものであっても、豹里は選択を躊躇わない。
超えるべき壁があることが、ここまでうれしいことだとは思わなかった。
いつか必ず、神楽屋輝彦を絶望のどん底へと叩き落とす。
その瞬間に得られる快感を想像するだけで、体が歓喜に震える。
まずは、もっと強くならなければならない。
この世界の希望を全て摘みとれるように、強く――
悪のプライドを砕くために、悪を存続させる。
屈辱に歪む表情が見たいから、それがたまらなく楽しいから、悪を存続させる。今まではそれでいいと思っていた。
けれど、違った。
絶望に沈む人間をさらなる深淵に叩き落とすのは楽しい。
それよりも、希望に満ち溢れた人間を絶望させるほうが、もっと楽しい。
例えそれがこれまで信じてきた「正義の味方」の道から外れるものであっても、豹里は選択を躊躇わない。
超えるべき壁があることが、ここまでうれしいことだとは思わなかった。
いつか必ず、神楽屋輝彦を絶望のどん底へと叩き落とす。
その瞬間に得られる快感を想像するだけで、体が歓喜に震える。
まずは、もっと強くならなければならない。
この世界の希望を全て摘みとれるように、強く――
「――サイコデュエリストだな?」
しかし、その願いが叶うことはない。
豹里の目の前に現れたのは、墨汁で染め上げたようにまっ黒な喪服を着た、オールバックの男。
その鋭い眼光が、豹里を射抜く。
「過ぎた力は、害悪でしかない。消去する」
神楽屋は言っていた。
悪を裁くのは、必ずしも正義ではないと。
豹里の目の前に現れたのは、墨汁で染め上げたようにまっ黒な喪服を着た、オールバックの男。
その鋭い眼光が、豹里を射抜く。
「過ぎた力は、害悪でしかない。消去する」
神楽屋は言っていた。
悪を裁くのは、必ずしも正義ではないと。
「――術式解放。<ロスト・サンクチュアリ>」
豹里兵吾は、伊織清貴という悪によって裁かれた。