にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 ジェムナイトは砕けない-20

「ここは……」
 バンから降りた神楽屋は、豹里が逃げ込んだ建物を見上げる。
「教会……ですかね?」
「たぶんな」
 運転席から降りてきた麗千の問いに、神楽屋は頷きながら答える。コンクリートで作り上げられた建物は、一見すると小さな商業ビルにしか見えない。が、屋根の上に立った十字架が、ここが神に祈りをささげる神聖な場所であることを示していた。割れた窓や壊れた扉が放置してある様子から見るに、すでに使われていないようだ。
「じゃ、麗千は少し離れた場所で待機していてくれ。創志たちから連絡があれば、そっちに向かって構わない。30分経って俺が戻らなかったら、天羽に連絡を取って指示を仰いでくれ。俺のことは放置しろ。絶対に助けようとするなよ」
 麗千はサイコデュエリストどころかデュエリストですらない。その彼女が単独で豹里に立ち向かったとしても、犠牲が増えるだけだ。その点、天羽なら冷静な判断を下してくれるだろう。
「……分かりました。無茶はしません」
 神楽屋が言わんとしていることを理解したのか、麗千は素直に頷く。
「――輝彦さん」
「何だ?」
 麗千は何かを迷っているような素振りを見せたが、決心がついたようで、唇をきゅっと結んでから口を開いた。
「わたしだって、ミカドと同じで……ううん。ミカドよりも長く、輝彦さんのことを見てきたんです。輝彦さんは……わたしにとってもヒーローなんです。だから――」
 弟の気持ちを代弁するように、笑顔を浮かべた麗千は、告げる。

「だから、絶対にあの子を助けてくださいね」

 ――ついこのあいだまでの神楽屋だったら、「約束はできない」と返していただろう。
 約束は、希望と同時に絶望も与える。
 だから、軽はずみに希望を持たせるべきじゃない。出来もしない約束を交わして、相手を裏切るべきじゃない。そう思っていた。けれど――

「……ああ。必ずあいつを連れて帰る」

 ――子供の夢を壊すなんて真似、カッコ悪いもんな。
 カッコつけると決めたのなら、最後までそれを貫き通す。決意を胸に、神楽屋は半壊した教会へと足を踏み入れた。


 教会の中は、窓が少ないせいで昼間だというのに薄暗く、全容が把握できない。外見はともかく、中はきちんと礼拝堂の形を模しているようで、長椅子が左右にいくつも並んでいる。当然ながら、損壊しているものがほとんどだったが。
 正面にある祭壇は、ちょうど真上の屋根に穴が開いているようで、スポットライトのように光が差しこんでいる。
 そこに、白下ほたるはいた。
「ほたる!」
 少女は手足、そして首を鎖で縛られ、十字架に磔にされていた。神楽屋の叫び声に反応しないところを見ると、どうやら意識を失っているようだ。
「来ましたか。それなりに距離は稼いだつもりでしたが……早かったですね。神楽屋輝彦君」
「豹里……!」
 祭壇に一番近い長椅子から、ゆっくりと腰を上げる純白のコートを纏った男――豹里兵吾。
「彼女を助けに来たのですか?」
「……てめえをぶっ飛ばすついでだ」
「なるほどなるほど。あくまでデュエルギャングの一員として、私の前に立ちますか。それなら、ひとつゲームをしましょう」
 くっくっくっと含み笑いを漏らした豹里は、笑顔を張り付けたまま、こちらに近づいている。
 礼拝堂を縦に貫く中央の通路。そこで2人の男は対峙する。
「これから、私とデュエルをしてもらいます。それに異存はありませんね?」
「ああ。望むところだ」
「貴方が勝てば彼女は解放します。私が勝てば、貴方にも裁きを受けてもらいますよ」
 豹里はこれ見よがしにデュエルディスクをアピールしてくるが、今さら恐れることではない。自分の体がいくら傷つくことになろうとも、それを理由に引き下がるほど弱い人間になったつもりはない。
「それともうひとつ。彼女……ほたるさんを縛っている鎖は、私がサイコパワーで実体化させたものです。つまり、こんなこともできるのですよ」
 パチン、と豹里が指を鳴らした瞬間。
「あっ……あぐっ……!」
 ほたるが苦悶の表情を浮かべる。見れば、手足と首を縛っている鎖が、拘束力を強めてギリギリと彼女の体に食いこんでいる。
「ほたる!」
「これから始まるデュエルで、私のライフが削られる度に、鎖は強く締まっていきます」
「豹里……テメエッ!」
「安心してください。命までは奪いませんよ。ただ――」
 豹里の笑顔の裏に、濃い闇が浮かぶ。
 人の苦悶を、人の痛みを嘲笑う、邪悪な笑み。

「手足のどちらかは、一生動かなくなるかもしれませんね?」

「――――ッ!!」
 限界だった。
 脳裏に両脚を奪われたミカドの姿がフラッシュバックする。あれと――ファントム・ハルパーと同じことを、この男はやろうとしているのだ。
「豹里ィッ!!」
 神楽屋が失敗すれば、ほたるはミカドと同じ末路を辿ることになる。
 間違いを犯すことへの恐怖と、目の前の男に対する怒りがごちゃ混ぜになり、神楽屋は激情を顕わにする。
 <ジェムナイト・ルビーズ>を実体化させる。
 真紅の槍から迸る焔が、悪鬼を葬らんと繰り出される。
「これが! こんな非道が、テメエの言う正義なのかよッ! 答えろクソ野郎ッ!」
 神楽屋の感情を乗せて、三つ叉に分かれた焔の龍「クリムゾン・トライデント」が、豹里兵吾の体を貫く――

「――悪人に罰を与えることが、正義でないとするなら何なのです?」

 寸前で、炎の槍は見えない障壁にぶつかり、四散する。
 豹里兵吾は、相変わらず変わらぬ笑顔を浮かべたまま、そこに立っていた。
 己の正義を顕示するように。
「さあ、デュエルを始めましょう。貴方に裁きを与えるための、通過儀礼をね」