にわかオタクの雑記帳

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遊戯王 New stage 番外編 ジェムナイトは砕けない-19

 目の前に現れた青年を目にして、豹里はジャケットのポケットから小型の端末を取りだした。端末のディスプレイを睨みつけると、眉をひそめる。
「俺がここにいることがそんなに不思議か? 取り付けたはずの発信機は、旧サテライト地区どころかシティのど真ん中を示しているだろうからな」
「……気付いていたのですか」
「気付かれていないとでも思ったのか? ファントム・ハルパーの名前を出して俺の心を揺さぶれば、発信機は見落とすと? だとしたら、調査不足もいいところだぜ。豹里兵吾」
 神楽屋のほうに向き直った豹里は、不愉快そうに顔を歪める。
 初めて豹里に出会ったとき、神楽屋は現在位置を示すための発信機を取り付けられた。それには気付いていたが、「この件からは手を引く」という意思を明確に示すために、あえて放置していたのだが……事情が変わった。
「発信機は、俺の大事な後輩に預けてある。ああ、そいつに手出ししようとしても無駄だぜ。ちっこいけど優秀な護衛を付けてあるからな」
 取り外した発信機は、ミカドに預けてシティの街中を回ってもらっている。万が一の護衛として、リソナを同行させているから心配は――盛大に心配だったので、ティト経由で彼女の友達であるビビアンにも同行を頼んでいるため、仮に豹里が刺客を刺し向けたとしても大丈夫だろう。
「輝彦! よかった……来てくれたんだね……」
 瞳を潤ませながら胸をなで下ろしたほたるは、泣いていないのが不思議なほど顔をくしゃくしゃにしていた。この様子だと、すでにゴースト・エンペラーのメンバーが襲撃されたことはすでに伝えられたのだろう。遅くなってしまった行動を悔みつつ、神楽屋はほたるに向かって言う。
「勘違いするなよ。俺はお前を助けに来たわけじゃねえ」
「えっ……?」
 ほたるの表情が固まる。
 本当なら、神楽屋も「もう大丈夫だ」と言って、ほたるを安心させてやりたかった。
 けれど、それは彼女にとって本当の救いにはならない。神楽屋はそう思っていた。
 ほたるは、自分の大切な場所を守るために行動を起こした。それはいい。
 しかし、その行動は、最初から「他人に助力を求める」という自分の力を早々に見限ってしまったものだった。確かに、己の力を過信して、勇気と無謀をはき違えれば、多くのものを危険に晒すことになる。そうならないためにも、自分の非力さを認識し、他者を頼ったほたるの行動は間違ってはいない。
「俺は、俺自身が豹里の野郎をぶっ飛ばしたいと思ったからここに来た。お前の依頼は関係ない」
 神楽屋は、ほたるに気付いてほしかった。
 ――お前の力だけでも、何かができたはずだぜ。
 それを口にすることはなく、神楽屋は少女から視線を外す。後ろで創志が「素直じゃねえなぁ」と呟いていたが、聞こえなかったことにする。
「……なるほど。それでレボリューションの再結成ですか」
「そうだ。わざわざこっちから喧嘩売る理由を与えてやったんだ。無視するわけにはいかないだろ?」
「……そうですね」
 デュエルギャングは存在するだけで罪だと言うならば、それを名乗る神楽屋たちを検挙せず立ち去るわけにはいかない。ゴースト・エンペラーを助けるためではなく、豹里と正面から戦うために――神楽屋は創志をはじめとした探偵事務所の面々と、レボリューションの元メンバーである切に頼み、デュエルギャングレボリューションを復活させたのだ。信二には「回りくどいやり方ですね」と言われたが、気にしないことにする。
「いいでしょう。貴方たちが悪を名乗ると言うのならば、相応の裁きを与えるだけです」
 神楽屋の目論見通り、豹里はこちらの誘いに乗ってきた。あとは、デュエルなりリアルファイトなりで、豹里との決着をつけるだけ――
 神楽屋がそう考えた、刹那だった。
「――裁きを与えるにふさわしい場所でね!」
 豹里の口の端が大きくつり上がった次の瞬間、彼は背後にいたほたるに向かって手を伸ばしていた。
「きゃっ!?」
「ほたる!」
 突然の出来事に、反応が遅れる。神楽屋が豹里の行動を阻止しようと手を伸ばしたとき、すでに彼はほたるを抱きかかえ、大きく後方に跳んでいた。
(クソッ、まさか人質を取るなんて――)
 仮にも「正義の味方」を名乗る男だ。人質を取るなどという卑怯な手段に及ぶとは思いもよらなかった。
「神楽屋!」
 創志の叫び声と同時に、建物の影から複数の男たちが姿を現す。2日前に神楽屋を襲った刺客と同じく、フルフェイスのヘルメットを被った黒ずくめの集団だ。刺客たちはすでにデュエルディスクを展開した臨戦態勢で、こちらの動きを阻害するために人の壁を作る。
「邪魔だ!」
 神楽屋は即座にデュエルディスクを展開させると、エクストラデッキから<ジェムナイト・ジルコニア>のカードをセットする。実体化した剛腕の騎士は、出現した勢いそのままに右腕を突きだす。
 ガゴン! と分厚い鉄板を殴ったような音が響き、
「なっ……!?」
 そこには、両腕を交差させてデュエルディスクを盾代わりに構え、<ジェムナイト・ジルコニア>の拳を受け止めているフルフェイスの男の姿があった。
「神楽屋! 一歩下がるのじゃ!」
 虚を突かれる神楽屋の脇を、若草色の着物の少女が駆け抜けていく。
 神楽屋と入れ替わるようにして前に出た切は、腰に下げていた鞘から刀を抜き放つ。
 一閃。
 人垣を形成していた黒ずくめの男が後方に吹き飛ぶ。切の斬撃も防いだようで目立った外傷はないが、衝撃までは殺し切れなかったらしい。
「行くのじゃ! 神楽屋!」
「ここは俺たちに任せろ!」
 切と創志が口々に叫ぶが、それを聞く前に神楽屋は駆け出していた。
「うっ……おおおおおおおおおお!」
 切が作り出してくれた人垣の隙間に強引に体を押しこみ、抜ける。
 戻ろうとしていた黒ずくめの男に<ジェムナイト・ジルコニア>の拳を叩きこみ、相手が防御した間に一気に駆け抜ける。
 豹里の姿は、すでに豆粒ほどになってしまっていた。
(野郎、やっぱりサイコパワーで肉体強化してやがるな)
 人をモンスターへと変えることができるのだ。これくらいの芸当はやってのけるだろう。
 創志たちのおかげで刺客たちからの追撃はないが、このまま走っても見失うのが目に見えている。一体どうすれば――
「輝彦さん!」
 その時、横合いから一台のバンが現れた。運転しているのは、稲葉ミカドの姉である、稲葉麗千だ。バンのサイドドアは開け放たれており、麗千の意図を察した神楽屋は、素早く後部座席へ乗り込み、ドアを閉める。すでに<ジェムナイト・ジルコニア>の実体化は解除してある。
「悪い、麗千。助かった!」
「礼には及びません。わたしだって、輝彦さんの役に立ちたいですから」
「俺たちをここまで送り届けてくれただけでも十分だったんだけどな」
 ミカドには発信機を預けて豹里の目をかく乱してもらい、麗千にはこの車で旧サテライト地区まで運んでもらう。それが、神楽屋が2人に頼んだことだった。2人ともすぐに了承してくれたのは、今でも神楽屋が慕われている証拠でもあった。
 いくら豹里がサイコパワーで肉体能力を向上させているとしても、車のスピードを振りきることはできないだろう。前を行く豹里もそれを察したのか、大型車であるバンが入れないような細道に進路を変更する。
「麗千!」
「そう来ると思ってました。この辺の地理は完璧に把握済みです。ルートを導き出して、すぐに追い詰めてみせます!」
「……頼む!」
 いつもミカドの面倒を見ているか、矢心先生の手伝いをしている姿しか見ていなかったが、どうやら麗千には類稀なる追跡技術があるらしい。是非とも探偵事務所のメンバーに加わってほしいところだ。
 豹里の行き先についてアドバイスしつつ、神楽屋は決戦に備えて静かに闘志を燃やしていく。