にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

小説もどき「レイニータクシー」前編

 運命とは、自分の手で切り開くものだ。
 子供のころに見たアニメだったか、はたまた最近見たアクション映画だったか……そんなセリフを聞くたびに、私は思う。
 高いリスクを負ってまで、自分だけの道を見つけることなんて馬鹿らしい、と。
 未だ人類の手が及ばない未開拓の地での生き方ならともかく、この現代社会での生き方なんて、わざわざ自分で探さなくても山ほど用意されている。
 敷かれたレールの上を歩くことは、悪いことなのだろうか。
 敷かれたレールの上を歩くことは、格好悪いことなのだろうか。
 敷かれたレールから外れたせいで挫折することは、格好いいことなのだろうか。
 私は、真っ当な人生が送れればそれでいい。
 途方もない憧れを抱いたせいで、その夢を追いかけたせいで、たった一度きりの人生を棒に振りたくはない。
 それなのに――

「――大丈夫さ! 俺たちなら、きっとできる!!」

 何の根拠もないその言葉は、私の胸に響いた。





 秋雨前線が停滞しているせいで、すっきりしない天候が続いている。
 窓の外に広がる曇り空を眺めながら、私――浜崎由愛(はまさきゆめ)はため息を吐いた。憂鬱なのは、天気のせいだけではない。
 本来なら数学の授業が行われているはずの、水曜日六時限目。二週間後に控えた文化祭の出し物を決めるため、各クラスで話し合いが行われていた。
 クラス委員長である私は、教壇に立ってクラスメイトの顔を一瞥する。文化祭など面倒くさいと気だるげな表情をしている人がほとんどだ。まあしょうがないだろう。後に待ち構える高校受験のことを考えたら、文化祭などにうつつを抜かしてはいられない。受験を考慮してか、三年生は出し物を行わなくてもよいことになっている。
 話し合いが始まってから二十分ほどが経過しているが、「これをやりたい!」なんて意見はひとつも出ていない。また、出そうな気配もない。
 これ以上時間を浪費するのは勿体ないので、私は「出し物は無し」の方向で話し合いを終えようと、口を開いた。
「それでは、意見が出ないようなので、私たち四組は出店無しで――」
「ちょっと待った!!」
 すると、私の言葉を待っていたかのようなタイミングで、制止の声が上がった。
 声を出したのは、私のすぐ隣にいる――文化祭実行委員を務めている、沢中冬輝(さわなかふゆき)だ。男子バレー部の主将を務めていた長身の彼は、今まで抑えていたものを解き放つ高揚感からか、妙にそわそわしている。
 それを見て、私は「またか」と肩を落とす。
 正直なところ、私はこの男が嫌いだった。
 なぜならば――

「今年の文化祭は、みんなで演劇をやらないか?」

 急に突拍子もないことを言い出し、大勢の人間を巻き込むからだ。
「来年の三月には卒業しちまう俺たちにとっては、これが最後の文化祭だ! なら、クラスみんなで力を合わせて、最後の思い出づくりといこうぜ! さいっっっっっっこうの演劇を見せてやるんだ!」
 くわっ! と表情を引き締めた沢中は、クラスに向かって熱弁を振るう。
 だが、クラスメイトの反応は白けていた。
 「演劇ぃ~?」「面倒くさいな」「セリフとか覚えらんねーし」といった不満の声が、続々と上がる。中には「ちょっと面白そうじゃね?」と肯定的な反応を見せる者もいたが、隣の席から「馬鹿。沢中が言い出したことだぞ。とんでもない猛特訓をさせられるに違いないぜ」との声が飛ぶと、すぐに黙ってしまった。
 私は今日何度目になるか分からない深いため息を吐くと、沢中の肩を叩く。
 振り向いた沢中の瞳は、クラスメイトのネガティブな反応など全く目に入っていないかのように、期待に満ち溢れていた。この状況でこんな目ができるものだと、呆れながらも感心してしまう。
「……あのね、沢中君。演劇をやりたい、ってことだけど、具体的なプランはできてるの? 演目は何にするかとか、衣装はどうするのか、舞台のセットを組み上げるための材料はどこから調達するのか、そして、稽古時間をどうやって捻出するのか……みんな受験勉強で忙しいのよ。あまり手間をかけた出し物はできないわ」
 私は聞きわけの悪い子供に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「最後の思い出づくりっていうのは悪くないと思う。けど、文化祭当日まで残り二週間。凝った演劇をやるとしたら、時間が足りなすぎるわ。みんなが無理なく準備を進められるようなものにしたほうがいい」
 本当なら一言「演劇なんて無理」とばっさり切り捨ててやりたがったが、担任も見ている前だ。私は言葉を選びながら、沢中を諭した。
 しかし、本人にはさっぱり伝わっていなかったらしく、
「大丈夫だって! みんなでがんばれば、ぜってー間に合う! だから、演劇やろうぜ! この中学史上に残るすっげーやつをさ!」
 これっぽっちも意見を変えることなく、熱弁を振るってきた。
 まさに、焼け石に水
 こうなってしまっては、誰も沢中を止められない。
 クラスメイトたちもそれを分かっているのか、徐々に諦めムードが漂ってくる。
「それに、やる前からできないって決め付けるの、嫌いなんだよ。まずはチャレンジしてみる。考えるのはそれからでも遅くないだろ?」
 いや、遅い。
 そうツッコミたくなるのを、私は懸命にこらえた。
 ……これだから、コイツは嫌いなんだ。
 自分の理想を語って一人で突っ走って、挙句それを私たちにまで押し付けてくる。
 おまけに、「何とかなる」とか「成せばなる」とか精神論ばっかりで、ちっとも中身が伴っていない。
 バレー部の連中はスポ根信者が多かったようで、沢中は尊敬の対象だったらしいが、私には彼らの心情が全く理解できない。
 三年生は、文化祭の出し物を行わなくても何らペナルティはない。
 楽な道があるのに、どうしてわざわざ困難だらけの茨の道を進もうとするのか。
 結局、沢中に押し切られ、今年の文化祭で私のクラスは演劇をやることになってしまった。




「ねえねえ、『開かずの扉』って知ってる?」
「何それ? 聞いたことない」
「体育倉庫の隣に小さなプレハブあるでしょ? あそこって物置らしいんだけど、随分前から放置されてて、先生でも中に何が入ってるか分からないらしいよ」
「嘘? それってやばくない? 管理委員会みたいなところから注意されないわけ?」
「それが不思議と何にも言われないんだって。それでそのプレハブなんだけど、普段は厳重に施錠されている上に扉が錆び付いてるから絶対に開かないんだけど、雨が降ってる日は開くらしいんだよ」
「……そういえば、今日は雨降ってるね」
「その『開かずの扉』を開けた人は、中に棲みついた幽霊に喰われちゃって二度と戻って来れないって噂だよ。ね、今から行ってみない?」
「やだよ! ただでさえ面倒くさいのに、そんな話聞いた後じゃ余計に行きたくないよ!」
 廊下できゃっきゃっと噂話に花を咲かせる下級生の脇を通り過ぎて、私は自分のクラスの教室へと向かう。
 「開かずの扉」の噂は聞いたことがあったが、よくある怪談の一種だと気にも留めていなかった。あんなくだらない噂の真偽を確かめるくらいなら、将来に向けて勉強でもしていたらいいのに。
 私は、ふと廊下の窓から外を眺める。ここ数日は、ずっと雨模様が続いていた。
 文化祭までは残り一週間。演目は「ロミオとジュリエット」に決まり、最初は面倒くさがっていたクラスメイト達も、沢中の熱血に充てられたのか徐々に乗り気になり、一週間経った今では着々と準備が進んでいた。かくいう私も、クラス委員長として沢中をサポートしている立場にある。今も、文化祭実行委員会から、当日の体育館使用スケジュールを受け取ってきたところだ。今年は体育館のステージを使用する出し物は少ないようで、これなら舞台の準備や撤収に慌てることはないだろう。
(でも……)
 私は癖になってしまったかのようにため息を吐く。
 確かに準備は進んでいる。けれど、あと一週間で沢中の言うような「中学史上に残るような最高の演劇」を行うのは無理だ。どう見積もっても時間が足りなすぎる。
 衣装は演劇部からの借り物だし、舞台セットはまだ半分も出来上がっていない。照明に関しては点けるか消すかくらいの演出しかできないだろうし、BGMも音楽の先生から借りた教材用のCDと、ネットで見つけてきたフリー素材のものだけ。肝心の演技の方も、ようやく形になってきたぐらいのレベルだ。演劇部に所属していた人が一人でもいれば違ったかもしれないが、生憎私のクラスには演劇部出身者は皆無だった。
 まあそれでも、中学生活の思い出にはなるか……。
 スケジュールシートに目を通しながら教室まで辿りつくと、私と入れ違うように4人組の男子生徒が出てくるところだった。
「あっ……委員長」
 先頭に立っていた男子生徒は、私と目が合うとバツが悪そうに視線を背ける。
「どうしたの? 下校時間まではまだ時間あるわよね?」
「浜崎。俺たち塾あるから先に帰るわ。そんじゃな」
 最後に出てきた男子生徒が投げやりな感じで言い残すと、ひそひそと噂話をしながら立ち去っていく。
「やっぱ沢中ってウゼーよな」
「今のままでも十分な出来栄えだってのに、そんなんじゃダメだとかいちいちケチつけてきやがって」
 ……本人が目の前にいないときは、言いたい放題だな。私も人のことを言えた義理じゃないけど。