にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

小説もどき 「親友ポジション」中編

「な……何かしら?」
 赤みがかった髪をわざとらしくなびかせた北条は、やや吊り上がった目をこちらに向けてくる。
「お前もこっち来て一緒に食おうぜ」
「は、はあ!? いきなり何を言ってるの!?」
 脈絡のない優斗の提案に、北条は声を荒げる。
 北条もこのクラス……いや、この高校ではトップクラスの美少女なのだが、彼女は大手財閥の令嬢で「自分は庶民とは違う」と言動が刺々しいので、近寄るものはいない。あの沢中委員長でさえも、北条に話しかけるときには委縮している。
(だけど――)
 そういや、ここ最近は北条に話しかけてることが多かったな、優斗の野郎。あんま相手にされてなかったみたいだけど、まだ諦めてなかったのか。
「いやだって、昼飯はみんなで食った方が美味いし楽しいだろ」
「だから、どうしてそこに私が加わらなくてはいけないの!?」
 眉間にしわを寄せ、今にも噛みつきそうな勢いで吠える北条。おそらく、自分が憐れみをかけられていると思ったのだろう。確かに北条はいつも一人で黙々と昼食を食べていた。
 しかし、それは彼女が望んでいたことのはずだ。それを「一人でかわいそう」と勘違いされたのがたまらなくムカついたんだろう。
 優斗にはそこまで察することができなかったようで、全くひるまずに続ける。
「……もしかして、北条は俺たちと一緒に昼飯食いたくないのか?」
「当たり前でしょ! 急に変なこと言わないでちょうだい!」
「そっか……」
 明確な拒絶を受けた優斗は、右手で頭を掻きながらうつむき、

「俺は北条と一緒に食いたかったんだけどな」

 ポツリと呟いた。
「え――」
 たったの一言。
 その一言で、北条の表情から怒りの色が消えた。
「ね、一緒に食べよう、北条さん。わたしもお弁当組新参だしさ」
「あたしも北条さんと一緒にご飯食べたい! というか、北条さんが食べてるお弁当が気になる!」
「春田、おかわり」
「ねえよ!! つーか食うの早すぎだろ!! 空気読めこの不良!!」
 沢中やくるみちゃんからも声が上がったことで、北条は腕組みをして「ううう」と悩み始める。
 そして、自分のカバンから弁当箱を引っ張り出し、
「しょ、しょうがないわね! そんなに言うなら、一緒に食べてあげないこともないわ!」
 ズカズカとものすごい勢いで歩いてきて、ドスンと優斗の隣の席に腰を下ろした。
「別に一人で寂しかったわけじゃないんだから、勘違いしないでよねっ!」
 わーお、リアルツンデレとか初めて見た。





 今では丸くなったものの、夏彦が不良であることには変わりなく、近寄る者は少ない。
 北条はやっぱりお嬢様で、昼飯後は誰とも会話を交わすことなく帰っていった。
 沢中は誰に対しても優しいが、それは逆に誰に対しても一定の壁を作っているということだ。
 くるみちゃんは、あいつの前だとよく笑う。
 秋坂優斗。
 俺の親友であり、パッと見は普通の男子高校生。
 だけど、「秋坂優斗が特別な人物」だと思っている人間は多い。
 イメージとしては……そう、ギャルゲーやエロゲーの主人公だ。そいつらは平々凡々な男子学生のくせして、何故か女にモテまくる。有力な人物や組織から一目置かれる。
 最近は、女の子が主人公に惚れた瞬間を「フラグが立つ」なんて言うらしい。
 その言葉を借りるなら――
 秋坂優斗という人間は、フラグを立てる名人なのだ。






「お前が『図書室でテスト勉強しようぜ』なんて言うとは思わなかったな。エロ本探しか?」
「ちげーよ! マジで勉強しにきたの!」
 聞き捨てならない優斗のセリフに思わず大声を出してしまい、図書委員に注意されてしまった。
 ウチの学校の図書室はそれほど広くなく、近くに大規模な市立図書館があるため、利用者は少ない。期末テスト間近だというのに、人影はまばらだった。
 俺と優斗は利用者が少ないのをいいことに、六人用のテーブルを大々的に占拠してテスト勉強にいそしんでいた。二人とも成績は中の下といったところだが、得意な科目がかぶっていないため、教えあいながら進めればそこそこはかどる。
 (俺にしては珍しく)参考書とにらめっこしていると、
「…………」
 いつからだろうか。優斗が窓の方――正確には窓際のテーブルを注視していた。
「どした? 何か気になることでもあったか」
「いや……」
 俺に声をかけられたことで視線をノートに戻す優斗だったが、まだ何かが気になるようで、そわそわと落ち着きがない。
「――なあ弘明。あの娘のこと知ってるか?」
 我慢できなくなったようで、優斗は身を乗り出して声をひそめながら訊いてきた。
 優斗の視線の先にいたのは、静かに文庫本を読む一人の女子生徒だ。
 真っ直ぐ切りそろえた黒髪に、細いフレームの眼鏡。鈍い光をたたえた瞳が、紙の上に書かれた文字をゆっくりと追っている。
「ああ……八城さんのことか?」
「ヤシロさん、っていうのか」
「そう。八つのお城、って書いて八城。フルネームは八城芹花(やしろせりか)。確かC組だったかな? 大人しくて目立たないけど、実は結構かわいいんだぜ。見た目のイメージ通り読書好きで、放課後はよく図書室に来てる。何でも、ここには市立図書館に置いてないようなマイナーな本がたくさんあるんだと」
「さっすが弘明。頼りになるぜ」
「おうよ! この学校の女子のデータは全て調査済みだぜ!」
「音速で逮捕されろ覗き魔」
「うおい! 言っとくけど法に触れる手段は使ってないからな!!」
 ……騒いだせいで、また図書委員に注意されてしまった。
「で、八城さんがどうしたんだよ」
「ちょっと悩んでるように見えたからさ。俺の気のせいだと思うけど」
 瞬間。
 俺の表情から色が消えたのを、優斗は気付いただろうか。
 俺は八城さんの表情を注意深く観察してみるが、「いつもと変わらないように見える」。
(でも、優斗の目には――)
 優斗を誘ったのは今日が初めてだが、俺はここ最近毎日のように図書室を訪れていた。
 理由は単純。八城さんの姿を見るためだ。
 別に、大したことがあったわけじゃない。
 ただ、最初に八城さんの姿を見たとき――熱心に本を読むその姿が「いいな」と思っただけだった。
 だけど、気付いたら八城さんの姿を目で追っている自分がいたんだ。
 ずっと八城さんの姿を見てきた俺が気付かなくて、優斗が気付いた彼女の違和感。
 知らず知らずのうちに、右拳を強く握っていた。
 もし、本当に八城さんが悩んでいたとして。
 どうして俺じゃないのか。
 なんでいつも優斗なのか。
「……そんなに気になるなら、訊いてみたらどうだ? 何か悩みがあるんですか? って」
「なんだそりゃ。いきなりそんなこと訊いたら失礼だろ」
「いきなり北条を昼飯に誘ったヤツがそれを言うか……」
 ――よし、何とかいつも通りに振る舞うことができた。
 結局その日は勉強に集中できず、八城さんに話しかけることもしないまま下校した。