にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

小説もどき 「親友ポジション」前編

「――だからさ、寒くなってきた時期だからこそ、俺はやっぱジャージにブルマが最強だと思うわけよ。ジャージのサイズがちと大きめで袖が余ってると破壊力増し増しだ。短パンはダメ。ロマンの欠片もない。ジャージの下を穿くのは論外だ。今すぐ教育委員会に殴りこんで、何故ブルマを廃止したのか一週間不眠不休で問い詰めたいね」
「あっそ」
「興味ないからって反応薄すぎないっすかね優斗さん!? お前ホントに男!?」
「女に見えんなら眼科行って目玉交換してきた方がいいぞ。弘明」
「ひどい!」
 ガガーン! とわざとらしくショックを受けた俺は、非難をたっぷりと込めた視線を目の前の男に送る。
 気だるそうに窓の外の景色を眺めている男――秋坂優斗(あきさかゆうと)は、俺の視線に気づく様子もなく、大きな欠伸をひとつ。
 朝のHR前。バタバタと騒がしい教室で、俺こと春田弘明(はるたひろあき)は、親友の優斗に一〇八ある持論の中のひとつ「ブルマ最強論」を熱心に説いていた。完全に聞き流されてたけど。
 秋坂優斗という男は、特徴を挙げづらいごく普通の男子高校生だ。身長も並。体重も並。成績も並。運動神経も並。取り立ててイケメンなわけではないが、とんでもなく不細工なわけでもない。「普通」という言葉を体現したような人間だった。
(……とまあ俺も初対面の時はそう思ったもんだ)
 対して俺は、同年代の男の平均身長からはやや高く、ルックスもそこそこで、知的な眼鏡がきらりと光るクール系モテ男――と言いたいところだが、残念ながら「黙っていればそれなりにイケメン」という微妙な評価を頂いている、クラスのお調子者だ。
「そういやお前B組の転校生見た? とんでもない美少女だって噂だぜ。何でも母親がアメリカ人のハーフなんだと。パツキンのボインボインとかたまんねえなオイ!」
「興味ないな」
「……なあ優斗。お前ってもしかして――」
「男が好きなの? ってネタはもう聞き飽きたからな」
 渾身のネタを先読みされ、俺は「うっ」と言葉に詰まる。
 どうしても優斗にひと泡吹かせてやりたくて、俺が別の切り返し方に頭を巡らせたときだった。
「秋坂君、ちょっといいかな」
 一人の女生徒が話しかけてくる。
 服装は、学校指定の紺のブレザーにチェックのスカート。艶やかで指通りの良さそうな黒髪を肩まで伸ばし、意志の強そうな瞳を輝かせながら声をかけてきた美少女は、沢中舞(さわなかまい)。クラスの委員長だ。誰にでも優しく、クラスの男連中からは女神と崇められているお人である。
「沢中。なんか用か?」
 優斗は右手で「しっしっ」と俺を追い払うジェスチャーをしながら、沢中に向き直る。ちくしょう。俺は意地でもここを動かねえぞ。
「えっと……昨日はちゃんとお礼言えなかったから……ありがとね。色々手伝ってもらっちゃって」
「気にすんなって言ったろ。俺が勝手に手を出したんだから。むしろ、迷惑だったんじゃないか?」
「そんなことないよ! すっごく助かったんだから!!」
 ふんす、と鼻息を荒くしながら大声で優斗の発言を否定する委員長。
 普段は「仏の委員長」なんて言われているくらい温厚な彼女が大声を出したことに、俺はもちろんのこと優斗も驚いているようだった。
「あ……ご、ごめんねびっくりさせて。とにかく、昨日のお礼が言いたかっただけなの。それじゃ」
 さすがに恥ずかしかったのか、頬を真っ赤に染めた沢中は、そそくさと自分の席に戻っていった。
「……おい、どういうことだ? 昨日何があったか説明しろ」
「あー、昨日の放課後、教室覗いたら沢中が残っててさ。委員会に提出する資料がまとめ終わってなかったから、手伝っただけだよ。大したことじゃない」
「ホントにそれだけか?」
「……ちょっと相談に乗っただけだ」
 つまりこいつは、俺がゲーセンで遊び呆けていたあいだ、美少女委員長と2人っきりで共同作業にいそしんでいたわけだ。そんで悩み相談とかしちゃったわけだ! 何で俺を呼びださなかったんだよチクショウ! 俺も委員長と2人っきりで秘密の共同作業したかったよ!
「……別に秘密ってワケじゃないからな。あと全部声に出てるぞ」
「何ィ!?」
「それにしても、沢中があんな大声出すなんてな。何か気に障ることでも言ったか?」
 俺の反応を完全にスルーした優斗は、首をかしげながら沢中の方へ視線を向ける。
「……この鈍感野郎」
「あ?」
「何でもねーよ。発声練習でもしてたんじゃねーの」
 適当な俺の返事に、優斗は「なんだそりゃ」と呆れ顔だ。
 全く。呆れたのはこっちだっての。
 席に座った沢中の頬は未だに真っ赤で、もうすぐ授業が始まるというのに机の上に何も出さないままうつむいている。
 あの反応は、どう見ても恋する乙女じゃねーかよ。




 授業の終了と昼休みの開始を告げるチャイムが鳴り響き、途端に教室が騒がしくなる。
 購買で人気のパンをゲットするために駆け出していく生徒もいれば、弁当袋を片手にガタガタと机を動かしている生徒もいる。俺は後者だ。「春田ってパシられてるイメージがある」と言われて傷ついたこともあるが、俺は弁当持参組だ。毎日自分で作ってるんだ。
「優斗ー昼飯食おうぜー」
「おー」
 俺が優斗の前の席に腰かけたタイミングで、
「ゆうくーん」
 と、可愛らしく間延びした女の子の声が響いた。
 その声の主は、左手に水色の布巾にくるまれた弁当箱、右手に桃色の布巾にくるまれた弁当箱を持ち、こちらにやってくる。
「はいこれ。ゆうくんのお弁当」
 そう言って、水色の布巾の方が優斗に差し出される。
「いつもありがとな。くるみ」
 お礼を言われた少女は「えへへ」とはにかんだあと、机を動かして優斗の隣に座る。
「おーおー相変わらず尽くしてますなーくるみちゃん。いや、結婚式の日取りが決まったら教え――おうっ!?」
 セリフの最後の方で、優斗が無言で蹴り入れてきた。痛い。
 俺の冗談を真に受けたのか、照れながらもにこにこ笑っている少女、河原くるみ(かわはらくるみ)は優斗の幼馴染だ。ネズミ色のセーターに身を包み、栗色の髪をツインテールでまとめていて、背が低く子供っぽいと言われている。小動物を思わせるような仕草から、クラスのマスコット的存在である。
「今日はタコさんウインナーをいつもより多めに入れてみたんだぁ。ゆうくん、タコさんウインナー大好きだもんねぇ」
「いや好きだけど、お前に言われると何か認めたくなくなるな」
 くるみちゃんが優斗のお弁当を作ってくるのは高校入学時から続いており、高校二年生の秋も終わりに近づいた今では当たり前の光景である。
 それと――
「おいーす」
「お、夏彦」
 いつの間にか、俺の背後に長身で金髪で目つきの悪い「ザ・不良」が立っていた。ウチの高校は比較的校則が緩い方だが、もちろん髪を染めることは禁止されている。
 どこからどう見ても不良にしか見えないこの男は、本堂夏彦(ほんどうなつひこ)。見ての通り不良だ。
「不良不良ってウルセーんだよこのメガネ。声に出てるぞ」
「うぐっ!? 絞まってる絞まってる!」
 背後からチョークスリーパーをかけてくる不良に、俺は必死に腕を叩いてギブアップのアピールを送る。
「ハハハお前らは相変わらず仲いいな」
「だろ?」
「だろ? じゃねー!! 本気で落ちそうなんですけど! 死にそうなんですけど!」
 笑いあう優斗と夏彦を見て、こいつらは俺のことを人間として見てくれているのだろうかと不安になってくる。
 思えば、夏彦がこうして優斗や俺に絡んでくるようになったのは、去年の夏ぐらいからか。入学当初は誰も夏彦に近づこうとしなかったもんな。もちろん俺も。だって不良オーラびんびんで超怖かったし。
(……だけど、優斗だけは違ったんだよな)
 俺が(首を絞められたまま)思い出に浸ろうとしていると、
「わ、わたしも一緒に食べていいかな?」
 遠慮がちに沢中が割って入ってきた。その手は、デフォルメされた動物が描かれた小さな弁当箱を持っている。
「あれ? 委員長パン派じゃなかったっけ?」
「た、たまには自分で作ってみようと思ってね! 今朝は早起きしたんだ!」
 俺の素朴な疑問に、委員長は何故かうろたえながら答える。
 ははーん。さてはくるみちゃんに対抗する気だな。
 昨日の今日で急に弁当を作ってくるってことは、自分も料理ができるんだぞ、ってことを優斗にアピールするつもりか。やはり俺の「恋する乙女チェッカー」は正しかったようだな。しかし、毎日のように優斗のお弁当を作り続けてきたくるみちゃんに対抗するのは容易ではないぞ。
 そのくるみちゃんは委員長が作ってきたお弁当に興味津々のようで、早速沢中の手元を覗きこんでいる。夏彦は俺の弁当を勝手に食いはじめていた。泣きたい。
 と。
「――おーい! 北条!」
 廊下側の席に向かって、優斗が何の前触れもなく叫んだ。
 突然の大声に、目の前にいた俺は思わずのけぞってしまう。
 振り返ると、名前を呼ばれた本人――北条莉那(ほうじょうりな)が、びくりと体を震わせていた。