にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

小説もどき 「親友ポジション」後編

「春田はいいよなー委員長や北条と一緒に昼飯食えてさ」
 図書室に行く前に、クラスメイトから言われた言葉だ。
 もちろん、校内でも一、二を争う美少女と話せるのはうれしい。
 不良としてみんなから怖がられている夏彦とじゃれあえるのも、変な優越感が湧いてくる。
 だけど、それらは全部優斗のおかげであって、俺は何もしてない。
 夏彦もくるみちゃんも委員長も北条も、優斗が誘ったからやってきたんだ。
 優斗の傍にいるのは、楽しい。
 優斗の親友でよかったと思う。
 でも。
 自分がどうしようもなく惨めに感じることがあるくらい、優斗の傍は眩しい。







 それから一週間が経った。
 俺は毎日図書室に通っていたが、八城さんの様子が変わったようには見えなかった。
 見るだけで話しかけることもできない己のチキン野郎っぷりを大いに呪ったが、それでも行動を起こすことはできなかった。
「春田。お前今日ヒマ?」
 土曜日のため半日で授業が終わり、帰ろうとしていたところで優斗が尋ねてくる。
「悪いな優斗。俺はこれから女子バレー部と女子バスケット部と女子バドミントン部の見学に行く予定が入ってるんだ」
「よしヒマだな。じゃあちょっと付き合え」
 俺の腕を掴んで強引に引っ張っていく優斗。
 引きずられた末にたどり着いた場所は――
「図書室……」
 ガラリ、と音を立てて引き戸が開き、本の匂いを風が運んでくる。
 さすがに半日授業の後に図書室を利用しようと思っている生徒はいなかったらしく、中にいたのは図書委員だけだ。
 いや。
 いつもの窓際の席に、「彼女」の姿がある。
「八城さん、探してる本があるんだと。お前も手伝ってくれよ」
 俺たちの――いや、優斗の姿を見つけた八城さんが立ち上がり、こちらに駆け寄ってくる。
 その顔には、今まで見たことのないほどの優しい笑みが広がっていた。



 完全下校時刻ギリギリになってしまったものの、目当ての本は見つかった。
 八城さんは探している本の内容しか覚えておらず、タイトルが分からなかったため図書委員に尋ねてもまるで見当がつかないようだった。結局、手当たりしだいで探していくしかなかった。
 八城さんはお礼を言いながら何度も何度も頭を下げてくれた。
「気にしないでくれ。こっちが勝手にやったことだから。なあ弘明」
「おうよ! また何かあったらいつでも呼んでくれい!」
 俺たちがそう言うと、八城さんは最後にもう一度だけ頭を下げ、図書室を出て行った。
 傍から見れば、なんてことのない光景だっただろう。
 しかし、俺は気付いていた。
 気付きたくなかったのに、気付いちまった。
 俺に向かってお礼を言う八城さんの顔と、優斗に向かってお礼を言う八城さんの顔が微妙に違っていることに。
 「恋する乙女チェッカー」が反応してやがるよ。
 八城さんが悩んでることは気付かなかったのに、どうしてこんなことばっか気付くんだろうな。
 ちくしょう。
 優斗は何も悪くない。むしろ、何もしなかった俺が悪い。
 俺が八城さんを見ていることしかできなかったあいだ、優斗は彼女に頼まれごとをされるくらい仲良くなってたってわけだ。
 俺は心の内からわいてくる惨めさが我慢できなかった。
 お前フラグ立てんのうますぎなんだよ。
 ……ちくしょう。





 ちょうどその翌日だった。
「春田君! 明日ね、秋坂君の誕生日会をやろうと思ってるんだけど、手伝ってくれないかな?」
 放課後、優斗がトイレに行ったタイミングを見計らって沢中がそんなことを言いだした。
「北条さんや本堂君も協力してくれるって。春田君なら、秋坂君の好きな食べ物とかよく知ってると思うし――」
「悪い」
 まるで委員長の言葉を打ち切るように、強めの声が出た。
「今日明日と用事が入ってんだ。誕生会は委員長たちだけでやってくれよ」
 そう言って、俺はカバンを乱暴に掴むと早々に教室の出口を目指す。
 後ろから、戸惑いながらも俺を引きとめようとする委員長の声が聞こえてきたが、無視した。
 ……何やってんだろうな、俺は。
 それでも足は止まらなかった。


 真っ直ぐ家に帰る気分でもなかったので、街中をぶらぶらと歩く。寒気を含んだ風が顔を突き刺した。
 優斗と友達になったのは、高校に入って初めての席替えをやったときだから……去年の6月くらいだ。
 お喋り好きな俺は、後ろの席に座った優斗に話しかけた。特に目立ったところのない平凡な奴だと思ってたのに、毒のあるツッコミが返ってきて衝撃を受けたのを覚えている。
 それからよく話すようになり、優斗のフラグの立てっぷりを何度も見せつけられた。
 そうだ。俺がちょっと気になってた女の子のフラグを立てる場面なんて、何度も見てきたはずなのに。
(……何でこんなにもやもやしてんだよ)
 街中を流れる川に架かった橋を渡ろうとしたときだった。
「あ」
 ちょうど橋の真ん中辺り。鉄製の欄干に寄り掛かるフラグ名人の姿が見えた。
 声をかけようかどうか迷っているうちに、優斗の方が俺に気付いてしまった。右手を動かして「こっち来い」のジェスチャーを送ってくる。
 無視することも出来ず、俺はのろのろと重い足取りで優斗の隣に並ぶ。
「携帯の電池切れてんのか? 繋がんなかったけど」
 いつもと変わりない調子で話しかけてくる優斗。
「……ワリ。気付かなかった」
 対する俺は、明るく振る舞おうとするものの、口から出るのは重く低い声だ。
 俺の様子がおかしいことに気付いたのか、優斗は少し間を置いた後、
「何か他のやつらも連絡つかねえんだよな。夏彦は電源切ってるっぽいし、くるみと沢中は『今忙しい』ってすぐ電話切っちまうし、北条と八城さんはそもそも番号知らねえし」
 八城、という単語が出ただけで、俺の体がビクリと震える。
「……さあな。たまたま用事が重なっただけじゃないか」
 おそらくは優斗の誕生会の準備をしてるんだろう。優斗をびっくりさせるために、本人には内緒ってわけだ。
「今日はなんかみんな余所余所しかったからさ……気になったんだよ」
 優斗は橋の下を流れる川を眺めながら、深くため息を吐く。
「気になるって、何が?」
 普段の俺だったら、いつも通りに見えて少しおかしい優斗の様子に気付いただろう。
 けど、今の俺には馬鹿正直に訊くことしかできなかった
「いや、もしかしたら俺がみんなの気に障るようなことやっちまって、嫌われたのかなって」

「そんなわけねえじゃん」

 即答した。
「お前がみんなに嫌われるとか、ありえねえだろ。どんだけ卑屈になってんだこのバカ」
 流れるように言葉が出てきた。
 はっきり言って、このときは八城さんのことなんかどうでもよかった。
 ただ、親友が妙な考えを持っていることが許せなかったんだ。
 許せなくて、全力で否定してやろうと思った。
「ば、バカって……」
「鈍感なのもいい加減にしとけよ。お前はみんなに……特に女子から超好かれてるつーの! 委員長もお前のこと好きだろうし、くるみちゃんはもちろんお前のこと好きだし、北条もお前のこと気になってるみたいだし、八城さんも以下略!!」
「弘明――」
「お前がすげえいいやつすぎるからいけねえんだこのフラグ野郎! 妬みたくても妬めねーじゃねえかよちくしょう!」
 そうだ。
俺は何度も見てきたんだ。
 優斗は何もせずにみんなから好かれたわけじゃない。
 手を伸ばして、声をかけて、歩み寄って――みんなの心を解きほぐしていったんだ。
 それが、フラグを立てるってことなんだよな。
 ――何やってんだろうな、俺は。
 こんな街中で、しかも大声で男を褒めちぎるとか、正気の沙汰じゃない。
 だけど、気分が軽くなった。

 俺は優斗の親友だ。

 突然の展開についていけず、ポカンと口を開けたまま呆けている優斗。こいつがこんな顔を見せるのは珍しいな。いい気味だ。
 俺はカバンを担ぎ直すと、優斗に向かって背を向ける。
「お前はさっさと帰れ。俺は用事思い出したからよ」
 優斗の反応を待たずに、俺は駆け出す。
 ポケットの携帯電話を取り出し、かける相手は――委員長の番号は知らないから、くるみちゃんかな。
 親友の誕生日だ。盛大に祝ってやらねえと。