にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドM 5-3

 あの男は、本当に人間なのだろうか。
 激しい運動をしたわけでもないのに、呼吸が荒くなり、心臓の鼓動が乱れる。
 ミハエルがこの場に至るまでにしてきた様々な覚悟が、根元から折られてしまいそうな恐怖を覚える。
 傍らのカームがギュッと長杖を抱いて体を震わせるが、声をかける余裕すらない。
 底なし沼に沈んでしまったかのように、足が動かない。
 それはサイコデュエリストである神楽屋や、術式使いである信二の兄――創志も同じようだった。
 喪服を着た男が一歩踏み出すと、死期が近づくような錯覚を覚える。
 存在しているだけで、恐怖を与える人間。
 人の皮を被った、本物の悪魔。
 彼が、「清浄の地」リーダー――伊織清貴なのか。
「役者が揃っているようだな。なら、予定を変更するか」
 オールバックの男は桐谷の前に出ると、左腕のデュエルディスクを展開しながら呟いた。
 何の変哲もない一言なのに、ぞわりと怖気が走る。
 先程創志と神楽屋が倒した巨大な化け物よりも遥かに強大な圧迫感が、ミハエルの体に襲いかかった。
 まるで、伊織以外の人間の時間が止まってしまったかのような空間で――

「伊織……清貴ッ!!」

 天羽だけは、その動きを止めなかった。
「<スクラップ・ドラゴン>ッ!」
 瞬時に間合いを詰めつつディスクを展開した天羽は、カードをセットしてモンスターを呼び出し、実体化させる。
 屑鉄によって形成された竜が具現化すると同時、天羽はさらに4枚のカードをセットする。ソリットビジョンシステムがカードのデータを読み取り、立体映像を映し出す。その映像を、サイコパワーを持って実体化させる。
 天羽が召喚したのは、<スクラップ>の下級モンスター4体。<スクラップ・ドラゴン>の周囲に現れた彼らは――
「やれ」
 屑鉄竜の咆哮によって、バラバラに砕け散った。
「…………っ」
 天羽は以前言っていた。相棒を犠牲にしてでも、為すべきことがあると。
 これが、その証明なのだろう。
「マスター……あの子、泣いてます」
 カームの悲しげな声に、ミハエルは唇を噛む。
 屑鉄竜が仲間を葬るために上げた咆哮が、悲痛に溢れているように聞こえたのはミハエルだけではなかったようだ。
 <スクラップ>モンスターの残骸が、屑鉄竜の口元へと収束していく。
「ディセーブル……ブラッディバースト!」
 残骸を巻き込みながら、光条が放たれる。
 熱でその身を溶かし、鉄の矢じりへと形を変えながら、光条と共に標的へと降り注ぐ<スクラップ>モンスターの残骸。
 通常の<ディセーブル・バースト>の中に、同胞の血で出来た鉄の刃を仕込んだ<ディセーブル・ブラッティバースト>。
 無数の屑鉄と破壊の光条が、伊織に直撃する。
 天羽が動き出してから<スクラップ・ドラゴン>の攻撃が直撃するまで、10秒もかからなかったはずだ。見てから回避したのでは遅すぎる。
 だからだろうか。
「――――ッ!?」
 伊織は、その場から一歩も動いていなかった。
 その体には、傷一つ見当たらない。
「……<マスター・ヒュペリオン>」
 代わりに、主人を守るための盾として立ちふさがっている、金色の法衣を纏った人型のモンスターの姿があった。
 太陽の神の名を冠するモンスター<マスター・ヒュペリオン>は、その背中に宿った炎の両翼を広げる。
<マスター・ヒュペリオン>が両腕を振るうと、舞い散る炎の羽根が一斉に<スクラップ・ドラゴン>目がけて飛ぶ。その光景は、頑強な砦に向けて大量の火矢を放っている場面によく似ていた。
 無数の火矢をその身に受けた屑鉄竜は、苦痛に巨体をよじらせる。
 が、太陽神の攻撃から逃れることは叶わず、そのまま爆散してしまう。
「くっ……!」
 爆風と衝撃波によって、天羽の体が吹き飛ばされる。
「天羽先輩!」
「――大丈夫だ。そんなにうろたえるな」
 器用に受け身を取った天羽は、地面を転がる勢いを利用してそのまま立ち上がる。
 しかし、せっかく詰めた伊織との間合いは、再び開いてしまった。
 そして、「清浄の地」のリーダーの傍らには、彼が具現化した番人<マスター・ヒュペリオン>が佇んでいる。
「朱野天羽……まだ『精霊喰い』にこだわっているのか? あれは俺が扱うことで真価を発揮するカードだ。俺以外の人間に管理することなど出来はしない」
「……管理する気などないさ。私は過去と決別するために、『精霊喰い』を壊す。贖罪のためにね」
 伊織と言葉を交わす天羽の様子は、普段と変わらないように見える。
 だが、最初に突撃していったとき――あんなに感情を顕わにする天羽は初めて見た。
 それに加えて、2人のやり取りは初対面の人間同士が行うものとは思えない。確か伊織清貴は「精霊喰いの持ち主である可能性が高い」というだけで、確定はしていなかったはずだ。なのに、天羽はいきなり攻勢に転じた。
(天羽先輩は、何かを隠しているのか……?)
 一瞬の静寂。
 この場にいる全員が、次の行動への準備に入った瞬間だった。
「――桐谷真理を追っかけてきたら、まさかリーダーまで出てきてるとはね。こいつはラッキーだわ!!」
 ミハエルの背後から聞こえた声が、静寂を打ち破る。自信に満ち溢れた少女の声だった。
 振り返れば、男女混合の5人組がこちらに向かって駆けてきた。声を発したのは、先頭を走る天然パーマの少女だろう。
「真理! テメエ、もう逃がさねえぞ!!」
 続けて、灰色の髪の目つきの悪い青年が吠えた。
 その他には、男の子か女の子か区別がつかない10歳くらいの子供と、大きな胸を揺らしながら苦しそうな表情で走る女性、それとは対照的に涼やかな無表情の銀髪の少女が見える。一見しただけでは、彼らがどんな繋がりを持っているかは見当がつかない。
 だが、人払いを突破してきた以上、ただの一般人というわけでもないだろう。特に、天然パーマの少女は、伊織が発しているプレッシャーに臆せず「今度こそ!」と喚いている。
「……今日は労せず獲物が釣れるな。お前の企みか? 桐谷」
「滅相もございません。ただの偶然ですよ」
 そう言って微笑を浮かべた桐谷を見て、伊織は眉をひそめる。
 だが、それ以上の追及はせずにさらに一歩進むと、

「では、まとめて始末するとしよう」

 口元をほんのわずかに釣り上げて、告げた。
 その言葉を聞いた瞬間、ミハエルの全身から冷や汗が吹き出す。
 ギリ、と天羽が歯ぎしりをしたのが分かった。
「こいつはヤバい――みんな、逃げろ!!」
 叫んだのは創志だろうか。
 走ってきていた5人組も、全員が足を止めていた。
「術式解放――<ロスト・サンクチュアリ>」
 ミハエルの視界が、白一色に染まった。