にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドM 5-5

「――くだらんな」
 そう言って、伊織は眉根を寄せて苛立ちを顕わにする。
「お前に教えておいてやろう。俺が何故サイコデュエリストを殺すのか」
 感情を表に出しすぎないように抑えながら、伊織は静かに語り始める。
「理由は単純な方がいい。その方が、相手に付け入る隙を与えない。精神的な部分でな。説教ひとつで揺らいでしまう理由など、馬鹿馬鹿しいとしか言いようがない」
「なら、あんたの理由は……」
「単純だ。俺は、サイコデュエリストが嫌いだ。俺より弱い愚図が、意気揚々と力を振りまいている姿を見ると吐き気がする。だから始末する。力に酔った人間が、世界を傷つける罪人となる前に」
 言葉を失う。
 今までセキュリティの捜査をかいくぐってきた「清浄の地」のリーダーの発言とは思えないほど、自分勝手な暴論だ。
 嫌いだから、殺す。
 それは、子供がわがままを言っているようなものだ。
「貴様の自己満足に付き合っている暇はない――邪魔をするのなら、容赦はしない」
 直後、<マスター・ヒュペリオン>の羽が眩い光を放つ。
「マスター!!」
「――逃げろミハエル君!」
 これは、<スクラップ・ドラゴン>がやられた時と同じ――
 <マスター・ヒュペリオン>の羽根が、無数の火矢となって放たれる。
 矢面に立ったミハエルに、防ぐ術はない。
 だが、目は逸らさない。
 こいつに――伊織清貴にデュエルで勝つまでは、死ぬわけにはいかない。
 その覚悟を瞳に宿し、最後の瞬間まで伊織を睨みつけた。

「……いい目だ」

 小さいが、存在感のある声が響いた瞬間だった。
「――術式解放。<ドラグニティ・ドライブ>。コード・バルーチャ」
 バギン! とミハエルの上空にあった青空が割れ、そこから無数の細長い物体が降り注ぐ。
 形状は様々だが――降り注ぐそれは、槍だ。
 ズドドドドドド! と息つく間もなく降り注いだ槍がミハエルの前に即席の盾を作り出し、火矢を受け止める。
「貴様のわがままで人殺しを『裁き』などと正当化できるほど、現実は甘くない」
 伊織が支配していた空間に、澄んだ足音が響き渡る。
 ミハエルの背後――未だ地に伏したままの天羽たちの後ろから歩いてきたらしき声の主は、驚くミハエルの隣に並んだ。
 黒の長髪が風に流れ、鋭い眼光が伊織を射抜く。
 左腕にはデュエルディスク。右手には矛槍――ハルバード
「セキュリティ本部所属捜査官、輝王正義だ。殺人未遂の容疑で貴様を逮捕する」
 男、輝王正義は、はっきりと告げた。
 思わぬ乱入者に、真っ先に疑問の声を発したのは創志だった。
「輝王……!?」
 そして、困惑したのは伊織も同じだ。
「馬鹿な……いくら術式使いといえど、俺の許可なくこの『聖域』に立ち入ることはできないはず……」
 伊織が発した疑問の答えは、もう1人の乱入者からもたらされる。
「ふっふっふ……井の中の蛙じゃのう、伊織清貴。お主はもっと広い世界を見るべきじゃ」
 そう言って輝王の隣に並んだのは、若草色の着物を着たポニーテールの少女だ。腰には日本刀が納められた鞘を差しており、時代錯誤な感じが否めない。
 着物の少女は得意満面に言葉を紡ぐ。
「世の中には、空間を切断して別の空間と繋ぐことのできる力もあるのじゃよ。わしの<真六武衆>の力を持ってすれば、造作もないことじゃ」
「……切、お前は空間を切断しただけだろう。この<ロスト・サンクチュアリ>と繋げたのは俺の力だ」
「ん? そうじゃったか?」
 八重歯を見せながら少女――切がとぼけると、輝王は相手にするだけ時間の無駄だと言わんばかりにため息を吐く。
「輝王正義……かつて皆本創志と共に『レボリューション』によるテロを事前に防いだエリートか。ストラの話では、個人的な用のためにネオ童実野シティを離れていると聞いたが?」
「そうだぜ、輝王、切。お前らは2人でイリアステルの情報を集めてたんじゃ――」
 言いかけた創志が、輝王の顔を見てハッとなる。あまり口外してはいけない情報だったようだ。
「……情報屋との交換条件だ。俺たちの求める情報を提供する代わりに、『清浄の地』に関する捜査に加われ、とな」
「情報屋……セラのことか」
 輝王が頷く。隣で切が「あいつは信用できんがのう」とぼやいていた。
「フッ……まあいい。雑魚が2人増えたところで、俺のやることは変わらない」
 緩みかけた空気を仕切り直すように、伊織が強大なプレッシャーと共に告げる。
 輝王たちが乱入したあとも、ミハエルに圧し掛かる重力の重さに変わりはない。少しでも気を抜けば、再び地面を這うことになるだろう。
 そんな中でも、輝王は涼しい顔で矛槍を構えた。
「貴様たちに裁きを与える」
 そう言って、伊織が右手を天にかざす――
 が。
 ピタリ、と途中でその動作が止まる。当然、ミハエルたちに襲いかかる攻撃は無い。
 迎撃か、あるいは伊織が攻撃に移る前に仕掛けるつもりだったのか、腰を落とした格好の輝王も虚をつかれたようだ。
 しかし、ミハエルは見ていた。
 伊織が動作を止める直前、腰に提げたデッキケースがわずかに震えたことを。
「……気が変わった。今回は見逃してやろう」
 表情を消した伊織は、スラックスのポケットに手を突っ込むと、そのまま背を向ける。
「――逃げられるとでも?」
「愚問だ」
 輝王の言葉に振り向くことなく、伊織は歩き始める。
 それを合図にしたかのように、石造りの床が崩落を始めた。
「これは――!?」
「マスター! この空間が消滅しようとしています! ここにいたら巻き込まれちゃう……!」
 呪縛から解き放たれたように大声を出すカーム。
 伊織が作り出した『聖域』……壊すのも自由ということだろう。
 すでに神殿の外周が青空の中へと落下していく。ここが崩れるのも時間の問題だ。
「……っ! 重圧が消えたな!」
 叫ぶと同時に神楽屋が立ち上がる。天羽、創志、ティト、そして朧とフェイも体を起こした。
「ったく、カッコよく帰ってきたと思ったのにこのザマかよ……」
「そうし、早く逃げよう」
「……フェイ、大丈夫か?」
「僕は平気だよ。……朧こそ大丈夫? すごく苦しそうな顔してる」
 全員の無事を確認してから、輝王は切に視線で合図を送った。
「頼むぞ! <真六武衆―シエン>!」
 ディスクを展開した切が、デッキからカードを引き抜きセットする。
 紅の鎧を纏った侍が実体化し、鋸のような刃の刀で虚空を斬り裂く。
 空間が切断され、切れ目の向こう側にネオ童実野シティのマンション街が見えた。
「みんな! こっちじゃ!」
 切が手招きする前に、全員が空間の切れ目に向かって駆けだしていた。
 崩れゆく聖域を振り返り、思う。
 伊織清貴――<ガスタ>の、カームの前マスター。
(あいつは……必ず俺が否定してやる)
 いつの間にか姿を消した相手に闘志を向けつつ、ミハエルは聖域から脱出した。