にわかオタクの雑記帳

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遊戯王 New stage2 サイドM 5-4

「くそ、一体何が……」
 視界が眩い光に包まれる直前、伊織が口にした術式の発動キーと思われる<ロスト・サンクチュアリ>という言葉。
 ミハエルの脳裏に、廃棄された倉庫での出来事が蘇る。
 触れたものを強制的に腐敗させる<アンデット・ワールド>。詳細は不明だが、身の丈を超えるほどの大剣を瞬時に作り出した<ウォリアーズ・ストライク>。
 伊織の術式――<ストラクチャー>もまた、それに匹敵するはずだ。
 視界が戻ったことを感じたミハエルは、うっすらと目を開く。痛みや外傷はない。どうやら直接攻撃を受けたわけではないようだ。
「ここは……」
 ミハエルは様変わりした周囲の景色に、呆気に取られる。自分たちは、確かにネオ童実野シティのマンション街にいたはずだ。
 ところが、今ミハエルの目の前に広がっているのは、古代ローマの建築物を思わせるような広大な神殿だった。石膏で作られた円柱が等間隔に並び、前方には何らかの儀式を行うために用意された祭壇が見える。屋根はなく、見上げれば一点の曇りもない青空が広がっている。普段なら清々しさを感じさせる青空が、何故だかひどく不気味に見えた。
 所々から雑草が生えた石造りの床は、途中で途切れている。
「下に落ちれば果てなき空中散歩、ってとこか。どうやらこの神殿自体が浮島のようになってるみたいだな」
 途切れた地面の端に立ち、下を覗きこんでいた神楽屋がうんざりした様子で声を上げる。
 見回せば、あの場にいた人間のほとんどがこの神殿に転移してきている。反応はそれぞれだが、突然の事態に戸惑いを隠せない者がほとんどのようだった。
「フェイ、絶対に俺の側から離れるなよ」
「う、うん。分かったよ朧」
 そう言葉を交わすのは、目つきの悪い青年と性別不詳の子供――伊織が現れたあと駆けつけた5人組のうちの2人だ。伊織のプレッシャーに臆することなく勝気な笑みを浮かべていた天然パーマの少女と、息を切らせながら走っていた女性の姿は見えない。
「そうし……」
「残念だが、再会を喜んでる暇はなさそうだぜ、ティト」
 5人組最後の1人である銀髪の少女は、術式使いの少年、皆本創志の傍に駆け寄り、神妙な面持ちで頷きあう。
「これが<ロスト・サンクチュアリ>か。現実世界とは別の異空間を作り出し、そこに相手を引きずりこむ……噂には聞いていたが、これほどまでとはな」
 周囲を観察していた天羽が、思案顔で唸る。
 つまり、ここは伊織が作り出した1つの「世界」。空間から発せられる荘厳な雰囲気に気圧されながら、ミハエルは息を呑む。<ストラクチャー>とは、世界をも創り出すことができるというのか。俄かには信じがたい話だ。
「……この空間は、わたしたちデュエルモンスターズの精霊が暮らす世界――精霊界によく似ています。けど、何かが決定的に違う」
 伊織から受けた恐怖がまだ抜けきっていないのか、青ざめた顔のカームが懸命に口を動かす。
「そう、です。この空間からは、一切の生気を感じない。大地やそこに生きる草花の息吹が、全く感じられないんです」

「当たり前だろう。ここは処刑場だ。生命が潰える場所であって、生命が生まれる場所ではない」

 その声が響いただけで、肌が粟立つ。
 いつの間に姿を現したのか――カツ、カツ、カツ、と靴音を立てながら一歩一歩祭壇を降りる喪服姿の男、伊織清貴。その傍らには、炎の羽をもった<マスター・ヒュペリオン>の姿が健在だった。
「ここは俺が作り出した『聖域』。サイコデュエリストを裁く、神聖な場所」
 神楽屋が、銀髪の少女が、三白眼の青年が、そして天羽が、それぞれディスクを展開させて構える。
 創志が、腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。
「余計な言葉は無用だ。始めよう――弱き者への粛清を」
 言い終えた伊織が、祭壇から続く階段を下り終える。
 瞬間。
 力を持つ者たちが一斉に動き出し――

「潰れろ」

 一斉に地に伏した。
「…………ッ!?」
「マスター!?」
 急激に重力が増したような感覚。見えない何かに押し潰されるかのように、ミハエルはうつぶせに倒れてしまう。
 伊織以外の全員が、ミハエルと同じようにその場に倒れていた。
「重力制御……!? 伊織、貴様どんなカードを使った!」
 地に這いつくばるしかない屈辱を顕わにした天羽が、伊織に向かって吠える。
「……分かっていないようだ。この空間は俺が創り出したもの。その理を変更するなど造作もないことだ」
 伊織が何らかの事象を引き起こしたのは間違いないが、彼の言うとおりこの世界の物理法則がねじ曲がったのだとしたら、この重圧を解除する術は伊織以外持たないことになる。
「神様にでもなったつもりかよ……!」
「つもりではない。この聖域の中では、俺は神であり創造主である」
 冷えた表情の伊織に対し、噛みついた創志は拳銃のトリガーを引こうと指先を震わせる。
 が、その銃口が火を噴くことはない。
「無駄な足掻きはやめておけ」
 ミハエルたち全員が見渡せる位置まで歩を進めた伊織は、
「……サイコデュエリストではない者が混じっているな。お前と、お前か」
 そう言ってミハエルと性別不明の子供――確かフェイと呼ばれていた――を順番に指差す。
「俺が始末するのはサイコデュエリストだけだ。それ以外の人間を手にかけるつもりはない――と言いたいが、お前はセキュリティの人間だったな」
 ミハエルは答えない。毒島やアレクから情報が伝わっていれば、ミハエルの職種などすぐに気付くだろう。
「俺の邪魔をされるわけにはいかない。悪いが、お前も始末させてもらうぞ」
 冷やかな視線と共に、死の宣告がミハエルに下される。
 当然、それをむざむざと受け入れるつもりなどなかったが――
「……マスターはわたしが守ります」
 震える声で呟いたカームが、ミハエルを守るように立ちふさがった。
「カーム……よせ。こいつは……」
「…………」
 ミハエルの制止に、カームは無言で首を振る。テコでも動かないつもりだ。
(くそ、こっちは動きたくても動けないっていうのに……!)
 必死にもがいてみても、指先を動かしたり顔を上げたりするのがやっとだ。
 伊織は真正面からカームを見据える。そもそも、精霊であるカームの姿は伊織に見えているのだろうか。
 その心配が杞憂であることが、伊織の次の言葉で証明された。
「<ガスタの静寂 カーム>か。久しいな」
「なっ……!? あんた、カームのことを知ってるのか!?」
 ミハエルの問いに、伊織がわずかに首肯する。
 久しいという単語が出た以上、それはただ単にカード効果の詳細を知っているという意味ではないはずだ。

「<ガスタ>は以前俺が使っていたデッキだ。俺の求める強さには達しなかったため、破棄したがな」

「…………ッ!!」
 体が――そして心が震える。
 こいつが、<ガスタ>を、そしてカームを捨てた前のマスター。
 こいつが、カームを必要以上に追い込んだ元凶――!
「う、おおおおお、オオオオオオオオオオオッ!!」
 指先が石の床の隙間に食い込む。
 爪が割れるが、構いはしない。
 全身の筋肉が悲鳴を上げる。
 それら全てを意識の外へ追いやって、ミハエルは力を振り絞った。
「お前は――」
 上体を起こす。
 片膝を立てる。
 伊織が創り出した「世界の理」を振り切って、ミハエルは立ち上がる。

「お前は、俺が倒す。<ガスタ>は弱くなんてない……俺が証明してみせる!」