にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドM 4-4

 うつむいているせいで分からないが、きっとその瞳には溢れんばかりの涙が溜まっているのだろう。
「守りたかった……! けど、ダメだった! わたしたちは、結局あのときと同じままで――!」
 違う。
 天羽に負けたときも、アレクに負けたときも、ミハエルが勝手に諦めただけで。
 カームが自分を責める必要はこれぽっちもない。
 カームが涙を流す必要なんてどこにもないんだ。
 ミハエルの胸中に、様々な言葉が蘇る。

 ――大袈裟かもしれないが、あえて問おう。君には覚悟があるかい?

 相棒の屍を乗り越えてでも前に進む覚悟があると言いきった人の言葉。

 ――二度と俺の前に現れるな、腑抜け。

 過去のミハエルの影を追いかけ、強さを手にした決闘者の言葉。

 ――お前のカードたちが『どうしたいか』。それを聞いたことはあんのか?

 ミハエルの優しさを、弱さだと否定した人の言葉。

 ――あなたは、まだやり直せます。

 自分を救ってくれた、精霊の言葉。

 覚悟がなかった。
 強さがなかった。
 勇気がなかった。
 でも――

「俺は、まだやり直せる」

「え……?」
 カームが顔を上げる。優しい涙で濡れた顔が、ミハエルの瞳に映る。
 ミハエルは、まだスタートラインにすら立っていない。
 自分の犯した罪に怯え、過去から目を背け、逃げ続けていただけだ。
 モンスターを犠牲にしたくない。確かにそれはある。けれども、デュエルを避けようとした一番の理由は、あの声をもう一度聞くことが怖かったから。
「謝るのは俺の方だ。……今までごめんな、カーム。ずっと歯痒い思いをさせて」
 その結果がこれだ。自分のことを大切に思ってくれていた人を無意味に追い込み、涙を流させてしまった。
 だから、いい加減向き合わないといけない。
 黒ずんだ過去を受け入れ、前に進む覚悟を。
 モンスターの痛みを受け入れ、共に戦う強さを。
 仲間を信じ、恐怖を乗り越え、どんな困難にも諦めずに立ち向かう勇気を――
 ミハエルは、手にしなければならない。
 そうでなければ、カームのマスターになどなれはしない。
 大切な人が、涙を流した。理由はそれだけで十分だ。
「俺は、もう逃げない。戦うよ。このまま負けっぱなしじゃいられないからな。<ガスタ>は弱くなんてない。それを証明してみせる」
「ま……すたー……」
 今度こそ、やり直すんだ。
 ミハエル・サザーランドというデュエリストを。
「――俺には、お前が……いや、お前たちが必要なんだ。力を貸してくれ、カーム。<ガスタ>のみんな」
 そう言って、ミハエルは勢いよく頭を下げると、カームに向かって右手を差し出す。
 まるで、テレビのお見合い企画での告白シーンのようだった。
 情けないな、と思いつつも、これくらいしか誠意を見せる方法が浮かばなかった。
「……顔を上げてください、マスター」
 頭上から降り注ぐ穏やかなカームの声に、ミハエルはゆっくりと頭を上げる。
 カームは、指先で涙をぬぐいながら、柔らかな笑顔を浮かべる。
 そして、差し出されたミハエルの右手を、両手で優しく包み込んだ。
「わたしの答えは決まってます。あなたを……守らせてください」
 カードの精霊に実体はない。
 なのに、包まれた右手には、心の底から暖かくなるような温もりを感じた。
 もう二度と、この子に涙は流させない。
 ミハエルは心中で誓う。
 それが、カームの傍にいる自分の使命だ。





 翌日。詠円院近くの小さな公園。
「……ちったぁマシな面構えになったじゃねえか」
 公園に足を踏み入れたミハエルを見て、神楽屋はそうぼやいた。
 神楽屋の格好は昨日見たものと同じだが、ひとつだけ違う部分がある。
 それは、左腕に装着されたデュエルディスク
「それじゃ、訊こうか。お前は『精霊喰い』の捜査から降りる。それで間違いないな?」
「……いいえ。みっともない真似だとは分かってますけど、俺はもう一度天羽先輩と一緒に戦いたいっス。だから、捜査からは降りない」
 そう言い放ったミハエルの左腕にも、やはりデュエルディスクがある。
 セットされているデッキは、もちろん<ガスタ>だ。
「ハッ、1日で前言撤回とは、まるで子供だな。社会人なら、もうちょい自分の発言に責任を持った方がいいぜ。個人的には嫌いじゃないがな」
 意見を変えたミハエルを責める神楽屋だが、その顔には期待していたことが成就したような喜びが浮かんでいる。
 そして、黒の中折れ帽をかぶり直すと、デュエルディスクを展開させた。
「……天羽の代わりにテストしてやるよ。お前が、本当に戦えるのか」
 それに応じるように、ミハエルもディスクを展開させる。
 何となく、こうなるような予感はしていた。
 自分の「覚悟」がどれほどのものなのか――それを見極めるいいチャンスだ。
 ここで神楽屋に後れを取るようなら、ミハエルは根っからの口だけ人間ということになる。
「マスター……」
「ああ。行くぜ、カーム」
「はい!」
 ミハエル・サザーランドの初陣だ。華々しくデビューを飾ることにしよう。