遊戯王 New stage2 サイドM 4-3
階段を上る足が重い。
セキュリティ本部所属の捜査官に充てられた社員寮へ戻ってきたミハエルは、7階にある自室を目指して階段を上っていた。すでに空は暗く、蛍光灯の明かりがコンクリートの地面を照らしている。
いつもなら迷わずエレベーターを使うミハエルだが、今日はなるべく時間をかけて自室へと戻りたかった。
――お前のカードたちが『どうしたいか』。それを聞いたことはあんのか?
神楽屋の言葉が胸に突き刺さっている。
彼は「明日の同じ時間、ここで待っている。必ず来いよ」と言い残し、ミハエルの元を去った。まだ何か言い足りないことがあるのだろうか。
結局、治安維持局には行かなかった。
もう全てを投げ出すつもりだったのに、未だミハエルの心は晴れない。割り切れない。
このまま、諦めてしまってもいいのだろうか。
「清浄の地」を。「精霊喰い」を。アレク・ロンフォールを。デュエルを。カードを。
そして――
自分を救ってくれた、優しい静寂を。
「どうしたい、か」
今まで、カームはミハエルの行動にアドバイスはしてくれたものの、自分からやりたいことを言い出したことはなかった。常にマスターのことを第一に考えてくれていた。
だからこそ、ミハエルは彼女を危険に晒したくなかった。
神楽屋の言うとおり、デュエルモンスターズというカードゲームをプレイする以上、モンスターの犠牲は付き物だ。破壊されてしまったカードが二度と使えなくなるわけでもない。
しかし。
破壊されたその時、モンスターたちは確かに痛みを感じているのだ。
それこそ、死ぬことと等しいような痛みを。
その痛みを強いてまで、デュエルに勝ちたいとは思えない。
(……こんな考え、誰にも理解されないだろうな)
自嘲めいたため息を吐く。いつの間にか、自室の前まで辿りついていた。
合鍵を差し込んで扉を開き、玄関の明かりを点ける。
「……ただいま」
普段は声に出さない帰宅の挨拶を口にしてみる。
初めてこの寮に入ったとき、実家にいたときの癖で言ってしまった以来の挨拶だった。
当然、返事はない。
セキュリティ本部所属の捜査官に充てられた社員寮へ戻ってきたミハエルは、7階にある自室を目指して階段を上っていた。すでに空は暗く、蛍光灯の明かりがコンクリートの地面を照らしている。
いつもなら迷わずエレベーターを使うミハエルだが、今日はなるべく時間をかけて自室へと戻りたかった。
――お前のカードたちが『どうしたいか』。それを聞いたことはあんのか?
神楽屋の言葉が胸に突き刺さっている。
彼は「明日の同じ時間、ここで待っている。必ず来いよ」と言い残し、ミハエルの元を去った。まだ何か言い足りないことがあるのだろうか。
結局、治安維持局には行かなかった。
もう全てを投げ出すつもりだったのに、未だミハエルの心は晴れない。割り切れない。
このまま、諦めてしまってもいいのだろうか。
「清浄の地」を。「精霊喰い」を。アレク・ロンフォールを。デュエルを。カードを。
そして――
自分を救ってくれた、優しい静寂を。
「どうしたい、か」
今まで、カームはミハエルの行動にアドバイスはしてくれたものの、自分からやりたいことを言い出したことはなかった。常にマスターのことを第一に考えてくれていた。
だからこそ、ミハエルは彼女を危険に晒したくなかった。
神楽屋の言うとおり、デュエルモンスターズというカードゲームをプレイする以上、モンスターの犠牲は付き物だ。破壊されてしまったカードが二度と使えなくなるわけでもない。
しかし。
破壊されたその時、モンスターたちは確かに痛みを感じているのだ。
それこそ、死ぬことと等しいような痛みを。
その痛みを強いてまで、デュエルに勝ちたいとは思えない。
(……こんな考え、誰にも理解されないだろうな)
自嘲めいたため息を吐く。いつの間にか、自室の前まで辿りついていた。
合鍵を差し込んで扉を開き、玄関の明かりを点ける。
「……ただいま」
普段は声に出さない帰宅の挨拶を口にしてみる。
初めてこの寮に入ったとき、実家にいたときの癖で言ってしまった以来の挨拶だった。
当然、返事はない。
「――おかえりなさい、マスター」
――はずだった。
響いた声に驚き、ミハエルはハッと頭を上げる。
上げた視線の先に、翡翠色の髪をなびかせる女性が立っている。憂いの混じったような複雑な表情で、自らの主人を見つめている。
「カーム……」
2週間ぶりに見る、<ガスタの静寂 カーム>の精霊の姿。たった2週間目にしていなかっただけなのに、ひどく懐かしい感じがする。
「……いつもより帰りが遅かったですから、心配になって。それで……」
もごもごと口ごもりながら、カームはうつむいてしまう。
何かを言わなければならない。
ミハエルの胸中は、またカームの姿を見ることができた安堵と、彼女は重要な何かを伝えるために姿を現したのではないかという不安でごちゃ混ぜになる。
上手く思考がまとまらず、ミハエルは魚のように口をパクパクと動かすことしかできない。
が、その無様な姿はカームの視界に入っていなかったようで、
「ま、ますたーが天羽さんに捕まって、調教されてるんじゃないかと……」
いきなり突拍子もないことを言いだした。
予想の遥か斜め上の言葉に、ミハエルは呆気に取られる。
少しの間があって、
「……ははっ、なんだよそりゃ。どんな勘違いをしたら調教なんて単語に辿りつくんだ?」
我慢しきれず、笑いながらツッコミを入れてしまった。
「え? だって、天羽さんムチとかとっても似合いそうですし……」
「本人が聞いたら……嬉々としてムチを買いに行きそうなセリフだな」
言っている内容はギャグとしか思えないが、カームは本気で心配していたようだ。
両手の拳を握ってあせあせと力説する彼女の姿は、とてもかわいかった。
おかげで、ヘドロの中に沈んでいた気持ちが、少しだけ軽くなった。
脱ぎかけだった靴を棚に放り込み、ミハエルはカームの前に立つ。
「……ごめんなさい。マスター」
ミハエルが口を開く前に、悲しげなカームの声が響く。
カードの精霊はうつむいたまま、体を小刻みに震わせる。決壊しそうになる感情を、グッとこらえているようだった。
「わたしが……わたしたちが弱いせいで、マスターに辛い思いをさせてしまって。こんな体たらくだから、前のマスターにも捨てられちゃったんですね」
「――なん、だって?」
カームの告白に、ミハエルは言葉を失う。
<ガスタ>のカードたち――カームと初めて出会ったのは、使われなくなった古い焼却炉だった。その中に散乱していたということは……持ち主に捨てられたのではないか?
そう考えたことはあったが、それを直接カームに確認したことはなかった。
「前のマスターは、何よりもスピードを重視する方でした。墓地にモンスターが溜まってからでないと効果を発揮できないわたしたちは、前のマスターが求める戦術には不用でした。あの人はデュエルにはとても厳しい人だったから……だから、わたしたちを躊躇なく捨てたんです」
「…………」
「でも、わたしたちはその人を恨んではいません。むしろ、わたしたちの非力さを恨みました。もっと強ければ、マスターの力になれたのに、って」
体だけでなく、声まで震え始める。
否定してあげたかった。
<ガスタ>は弱くなんてない。カードの効果を理解し、生かそうとせずに切り捨てたそいつが悪いと。
だが。
今のミハエルに、前のマスターを否定する資格はない。
なぜなら、そいつと同じように、弱いと判断したカードを切り捨ててきたから。
なぜなら、そいつと同じように、<ガスタ>のカードたちを生かそうとせず、デュエルを諦めたから。
「だから……だから、マスターと会ったとき、誓ったんです。この人を支えてあげようって。この人の力になろうって。わたしたちが、この人を助けてあげるんだって」
「カーム……」
響いた声に驚き、ミハエルはハッと頭を上げる。
上げた視線の先に、翡翠色の髪をなびかせる女性が立っている。憂いの混じったような複雑な表情で、自らの主人を見つめている。
「カーム……」
2週間ぶりに見る、<ガスタの静寂 カーム>の精霊の姿。たった2週間目にしていなかっただけなのに、ひどく懐かしい感じがする。
「……いつもより帰りが遅かったですから、心配になって。それで……」
もごもごと口ごもりながら、カームはうつむいてしまう。
何かを言わなければならない。
ミハエルの胸中は、またカームの姿を見ることができた安堵と、彼女は重要な何かを伝えるために姿を現したのではないかという不安でごちゃ混ぜになる。
上手く思考がまとまらず、ミハエルは魚のように口をパクパクと動かすことしかできない。
が、その無様な姿はカームの視界に入っていなかったようで、
「ま、ますたーが天羽さんに捕まって、調教されてるんじゃないかと……」
いきなり突拍子もないことを言いだした。
予想の遥か斜め上の言葉に、ミハエルは呆気に取られる。
少しの間があって、
「……ははっ、なんだよそりゃ。どんな勘違いをしたら調教なんて単語に辿りつくんだ?」
我慢しきれず、笑いながらツッコミを入れてしまった。
「え? だって、天羽さんムチとかとっても似合いそうですし……」
「本人が聞いたら……嬉々としてムチを買いに行きそうなセリフだな」
言っている内容はギャグとしか思えないが、カームは本気で心配していたようだ。
両手の拳を握ってあせあせと力説する彼女の姿は、とてもかわいかった。
おかげで、ヘドロの中に沈んでいた気持ちが、少しだけ軽くなった。
脱ぎかけだった靴を棚に放り込み、ミハエルはカームの前に立つ。
「……ごめんなさい。マスター」
ミハエルが口を開く前に、悲しげなカームの声が響く。
カードの精霊はうつむいたまま、体を小刻みに震わせる。決壊しそうになる感情を、グッとこらえているようだった。
「わたしが……わたしたちが弱いせいで、マスターに辛い思いをさせてしまって。こんな体たらくだから、前のマスターにも捨てられちゃったんですね」
「――なん、だって?」
カームの告白に、ミハエルは言葉を失う。
<ガスタ>のカードたち――カームと初めて出会ったのは、使われなくなった古い焼却炉だった。その中に散乱していたということは……持ち主に捨てられたのではないか?
そう考えたことはあったが、それを直接カームに確認したことはなかった。
「前のマスターは、何よりもスピードを重視する方でした。墓地にモンスターが溜まってからでないと効果を発揮できないわたしたちは、前のマスターが求める戦術には不用でした。あの人はデュエルにはとても厳しい人だったから……だから、わたしたちを躊躇なく捨てたんです」
「…………」
「でも、わたしたちはその人を恨んではいません。むしろ、わたしたちの非力さを恨みました。もっと強ければ、マスターの力になれたのに、って」
体だけでなく、声まで震え始める。
否定してあげたかった。
<ガスタ>は弱くなんてない。カードの効果を理解し、生かそうとせずに切り捨てたそいつが悪いと。
だが。
今のミハエルに、前のマスターを否定する資格はない。
なぜなら、そいつと同じように、弱いと判断したカードを切り捨ててきたから。
なぜなら、そいつと同じように、<ガスタ>のカードたちを生かそうとせず、デュエルを諦めたから。
「だから……だから、マスターと会ったとき、誓ったんです。この人を支えてあげようって。この人の力になろうって。わたしたちが、この人を助けてあげるんだって」
「カーム……」
「わたしたちが、この人を守るんだって……!」
カームの頬を、一筋の涙が伝う。