にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドS 5-3

「ちょ、ちょっと……紫音ちゃん。きゅうけい、しない……?」
「今それどころじゃないの分かってるでしょ? 大体、デュエル中はずっと見てるだけだったんだから体力回復してるんじゃないの?」
「デュエル見てるときは……ハラハラしてて……あんなんじゃ休めないよぉ……」
 セシル・サンフィルドを退けた紫音は、先行した朧・フェイと合流するために走っていた。亜砂の自宅からここまで走りっぱなしのため亜砂が弱音を吐くのも分からなくもないが、休憩していたら誘拐犯に逃げられてしまいましたじゃ、お話にならない。紫音も走るスピードは落ちていたが、それでも立ち止まることはしなかった。
 遅れ始めた亜砂と距離が開きすぎないよう気を配りつつ、紫音は無人コンビニエンスストアの前を通り過ぎる。店員すらいないその様相は、やはり不気味だ。
 日が落ち始め、辺りが薄暗くなってくる。定刻になると自動的に点灯する街灯が、チカチカと明滅した。
(桐谷真理……)
 思い返せば、桐谷は紫音が上凪財閥の令嬢だということを知っていた。そして、朧やフェイと行動を共にしていることも。
 もしかしたら、桐谷もエリアの行方や「精霊喰い」について何か知っているのではないか?
 そんなことを考えながら高層マンションの角を曲がると、前方に朧とフェイの姿が見えた。
「朧! フェイ――」
 声をかけてから気付く。2人の他に、もう1つ人影があったことを。
「紫音さん! 無事だったんですね」
「……悪いな。こっちも足止めを食らっちまった」
 顔を綻ばせるフェイとは対照的に、朧はバツが悪そうに視線を背ける。
「足止め、ってことはまだ桐谷は見つかってないの?」
「いや、発見はしたんだが、妙な力を使われてな」
 そう言って、朧は自分の後ろ――氷漬けになっている化け物たちを見やる。
「何よ、これ……」
 今にも氷を突き破って出てきそうな異形の様子に、紫音の背筋に悪寒が走る。
 朧がしかめっ面で口を開こうとするが、
「すとらくちゃー、だよ。かぐらやから聞いたことある」
 その前に、今まで黙っていた銀髪の少女が、おっとりとした声で言った。
「ストラクチャー……術式か。サイコパワーとは別種の力で、カードに宿る力そのものを具現化したものだと聞いたことがある。真理の野郎、術式を習得していやがったとはな」
「ちょっと待って。その娘誰よ?」
 術式の解説を始めた朧に、紫音はこの場に来て最初に浮かんだ疑問を口にする。
「この人はティトさん。サイコデュエリストで、誘拐された皆本さんのお知り合いの方だそうです。僕たちを助けてくれたんですよ」
 朧の代わりにフェイが答えてくれた。
「ってことは、この氷は――」
 銀髪の少女がコクリと頷く。
 紫音は化け物を閉じ込めている氷に触れる。ひんやりとした感触が指の先に伝わり、本物の氷と変わらないように見えるが、これはサイコパワーで作り出したものらしい。
「はぁ、はぁ、はぁ~~~~~、やっと追い付いたよ……」
 ここでようやく亜砂が合流する。相当疲れていたのか、息を切らせた亜砂はその場にへたり込んでしまう。
「ったく。大丈夫かよ?」
「平気って言いたいところだけど……さすがにちょっと休ませてぇ……」
 「たはは」と笑う亜砂の頬は、上気して赤くなっていた。
 とりあえず、これで全員が揃った。一刻も早く桐谷を追わなければならないわけだが――
 その前に、紫音はティトに声をかけた。
「ねえ。どこかであたしと会ったことない?」
 はっきりとは思い出せないが、紫音はティトの姿に見覚えがあった。
 昔……紫音が家出をするずっと前。どこかで見たことがある気がする。年はそれほど変わらなそうだし、デュエルアカデミアの同級生だろうか? 兄や姉の友達という可能性もある。
「?」
 ティトの方は全く覚えがないようで、不思議そうに首をかしげる
 その仕草を見て、紫音の脳裏に鮮明な記憶がフラッシュバックする。
「――思い出した! アニアだ! フェイネス家の一人娘で、どっかのパーティ会場で一度だけ一緒に遊んだ……アニア・フェイネスだ!」
 詳細は忘れてしまったが……父親に連れられて行った何かの記念パーティで暇を持て余していた紫音は、隅っこで1人ポツンと座っていた銀髪の少女、アニア・フェイネスを誘い、一緒に遊んだのだ。アニアとは初対面で、最初のうちは無口で何を考えているのかよく分からない女の子だな、と思っていたが、紫音の後ろを従順にちょこまかとついてくる様子は、妹ができたみたいでうれしかった。
 その時は、エリア以外に初めての友達ができるかもと期待に胸を膨らませたものだが……
「フェイネスって……一時期は上凪財閥と肩を並べるほどの財力を持ち、古い歴史を持つ名家だったけど、多額の出費をしていた事業が失敗してしまったせいで表舞台から姿を消した、あのフェイネス家ですか?」
「く、詳しいわね、亜砂」
「ライター目指してましたから。新聞はかかさずチェックしてました!」
 亜砂の言うとおり、フェイネス家が事実上潰れてしまったことで、アニアとは二度と会えなかった。
 目の前の少女――ティト・ハウンツは、そのアニア・フェイネスにそっくりなのだ。あのときはまだお互い幼かったが、アニアが成長したらティトのようになるのではないか。いや、なるはずだ。小首をかしげる仕草もそっくりだし。
「わたしはアニアって名前じゃないよ。ティトだよ」
「それは分かってるけど……あんた、お姉ちゃんとか妹いない? もしくは従姉妹とか」
「……わかんない。いないと思うけど、わたし、昔のこと覚えてないから」
「記憶喪失ってこと?」
 ティトが首肯する。だとしたら、やはりティトはアニア・フェイネス本人なのではないだろうか。
「――邪魔して悪いが、それは今はっきりさせておかなきゃいけないことか? 真理の野郎、発信機に気付いたみたいで反応が消えちまったぜ。トンズラされる前に追いかけたいんだが」
 ティトの顔をじ~っと覗きこんでいた紫音は、朧の言葉で我に帰る。
「……そうね。急ぎましょ。あんたも一緒に来るでしょ?」
「うん」
 ティトには、事態が収束してからもっと詳しく話を聞いてみよう。
 銀髪の少女をメンバーに加えた紫音一行は、桐谷が逃げて行った方へと走り出した。