にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドS 5-4

「術式解放――<ロスト・サンクチュアリ>」
 伊織の口がその言葉を紡いだ瞬間、紫音は反射的に足を止めていた。
 一度体に染みついた恐怖は、そう簡単に消えるものではない。
 もし、自分を取れ戻しに来たセキュリティの捜査官――大原竜美が、死体となって紫音の前に戻ってきていたなら、その光景を目にしていたなら……紫音は迷わず逃げ出していただろう。
 それでも。
(――今度こそ、ちゃんとエリアのことを問い詰める! 最初から最後まで全部説明してもらわないと、納得なんてできない!!)
 体の芯から滲み出る恐怖を押し殺して、紫音はもう一度足を踏み出す。
 自分のことを後押ししてくれる人のためにも、ずっと一緒にいると約束した親友を助ける手がかりを得るためにも、ここで止まるわけにはいかない。
 そう宣言して、<ラヴァル>使いのサイコデュエリストを倒したのだから。
 だが。
「…………っ! 紫音ちゃん危ない!!」
「ひゃあっ!?」
 急に後ろから抱きつかれ、バランスを崩した紫音は前のめりに倒れてしまう。
 咄嗟に手を伸ばしたおかげでアスファルトに顔面からダイブすることは避けられたが、膝をこすってしまい、皮膚が削れる嫌な感触が伝わってくる。
 その痛みが来る前に、紫音の視界が白く染まった。
 紫音は前にも一度この光景を目にしている。
 空間に走った亀裂。この世界とは別の空間への転移。
 紫音の視界が戻った時、この場にいたほとんどの人間が消えていた。伊織はもちろんのこと、紫音の後ろを走っていた朧、フェイ、ティトの気配もない。
 ふと、背中にかかる重みが消える。抱きついてきた張本人、亜砂が起き上ったのだ。
「いきなり何するのよ亜砂!」
 文句を言いながら立ち上がった紫音は、亜砂のほうに向き直ると、抱きついてきた真意をただすために口を開こうとする。
「……………………」
 しかし、沈痛な面持ちで目を伏せる亜砂を見た途端、言葉を失ってしまった。
 それは、紫音が今まで見たことのない表情だった。
 悩み、葛藤し、苦しみ抜いた上で決断を下したかのような悲壮感を漂わせる、一般人であるはずの女性。
「……さすがにこれ以上は見過ごせませんよ、二条さん。今のは『清浄の地』の理念に反する行いです。全てのサイコデュエリストを消去する。それは彼女――上凪紫音も例外じゃない」
 声がしたほうに視線を向ければ、長めの黒髪をかき上げる、眉目秀麗な男性が立っていた。その傍らにあるベンチには、1人の少年が横になっている。おそらく、声を発した青年が今回の騒動を引き起こした桐谷真理だろう。
「僕としては、一般人としてサイコデュエリストに近づき、油断したところを始末するというあなたの作戦自体に疑問を覚えていました。あなたの役目は『清浄の地』の存在が公になりすぎないよう情報操作をすることだったはずです。だからこそ、あなたがメンバーであることは、リーダーである伊織さんと僕しか知らない」
「…………」
「まさか、情が移ったわけじゃありませんよね? 上凪紫音をこれ以上生かしておく理由はない。朧や他のサイコデュエリストと共に、ここで始末するべきだ」
 口を閉ざしたままの亜砂に対し、桐谷は若干苛立った様子でベラベラとまくしたてる。
 その会話は当然紫音にも聞こえていたが、内容は全く理解できなかった。
 というよりも、理解することを拒んでいた。
「なに、言ってるの……?」
 喉がカラカラに渇いているせいで、上手く言葉を発することができない。
 あたしをここで消去するべき?
 冗談じゃない。
 油断したところを始末する?
 冗談じゃない。
 
 亜砂が、「清浄の地」のメンバー?

「冗談だよね……? 亜砂……?」
 藁にもすがるような思いで、紫音は亜砂の瞳を見つめる。
 瞳に宿った光が、揺らぐ。
「……ごめんね。紫音ちゃん」
 無情にも、亜砂は紫音から顔を背けた。
 それは、桐谷の発言を全面的に肯定する、ということだった。
「うそ……」
 全身から力が抜ける。思考がフリーズし、何も考えられなくなる。
 こんなのは嘘だ。だって、亜砂は紫音のことを応援してくれている大切な人で、紫音の悲しみを受け止めてくれた優しい人なのだ。
 そんな人が、「清浄の地」の一員であるはずがない。