にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドS 4-4

 一泊したビジネスホテルを後にした朧は、亜砂の部屋があるマンションを目指して歩き始める。湿気を含んだぬるい風が肌にまとわりつき、不快感が増した。
「…………」
 少し間隔を開けて、女の子と見間違えてしまいそうな容姿の少年――フェイ・ルージェがついてくる。肩を落とし、沈痛な面持ちでとぼとぼと歩いている。目尻にはうっすらと涙を浮かべているように見えた。
 後ろ髪を引かれるような思いを抱きながらも、朧は歩くペースを落とさなかった。
 昨晩。紫音、亜砂と別れた朧は、フェイに「清浄の地」メンバーとなっていた真理、隆司、虎子と再会していたことを伝えた。そして、真理がフェイを手元に置きたがっていることも。フェイは相当ショックを受けていたようだが、取り乱すようなことはなかった。
 紫音や亜砂が今後どうするのかは分からないが、朧は予定を変更するつもりはない。まずは光坂と接触し、奪われた<ヴァイロン>のカードを取り戻す。これから先フェイを守っていくために必要なことだ。
 もちろん、「清浄の地」を放っておくわけではない。自ら力を求めてメンバーとなった真理はともかく、隆司と虎子は口車に乗せられただけだろう。せめて、あの双子だけは助けだしてやりたい。2人の両親もきっと心配している。
 しかし、彼らを救出するためには、桐谷真理――そして、リーダーである伊織清貴との衝突は避けられないだろう。その時のためにも、力は必要だ。
「……ねえ、朧」
 これからのことに頭を巡らせていると、後ろからフェイがか細い声で遠慮がちに話しかけてきた。
「どうした?」
「……あのね。昨日も言ったけど、やっぱり僕も――」
「ダメだ」
 言い終える前に、朧はフェイを一喝した。
 大きな声を出されたことで、フェイの体がびくりと震える。
 フェイが何を言いたいかは分かっていた。というよりも、昨日散々聞かされた。
 ――僕も一緒に戦いたい。
 ――もう、1人で隠れているのは嫌なんだ。
 思い返せば、昔……ルージェ夫妻が亡くなった頃にも、同じようなことを言いだしたことがあった。
 ――守られるだけじゃ嫌だ。僕も何かしたい。
 その時は真理と共に必死に説き伏せて、「料理や掃除など家のことをやってもらう」ということで落ち着いたのだが……今回はそういうわけにもいかないだろう。
 フェイの気持ちも分からなくはない。フェイだって男だ。ずっと誰かに守られることに引け目を感じることもあるだろう。増して、何の力も持たない一般人である亜砂が、危険を顧みずに紫音を守ったことを目の当たりにすれば、その気持ちは一層強くなる。
 サイコパワーは無いものの、フェイはデュエルモンスターズの精霊を見ることができる。デュエルの腕前もそこそこ……いや、朧と同じくらいの強さは持っているし、仮に「清浄の地」と戦うことになったときでも、完全な足手まといにはならないはずだ。
 それでも、朧はフェイが戦うことを許すつもりはなかった。
 サイコデュエリストとのデュエルなど危険すぎる。最悪、命を落とすことだってありうるのだ。そんな戦いにフェイを巻きこんでしまっては、ルージェ夫妻に申し訳が立たない。
(……俺は負け犬なんかじゃねえ。必ずフェイを守りきってみせる)
 隆司、虎子とのデュエル、そして伊織との邂逅を経て、朧は決意を新たにしていた。
 だからこそ、フェイにどんなに食い下がられても、戦うことを許さなかった。
「……まだ何も言ってないのに」
「最後まで聞かなくても分かる。俺だって昨日言っただろう? お前を戦わせる気はないってな。いくら精霊が見えたって、サイコパワーもないお前が『清浄の地』とやり合うのは危険すぎる」
 最も、例えフェイがサイコデュエリストだったとしても、意見は変わらなかったが。
「それに、昔から決まってただろ? 喧嘩は俺の役割ってな」
「……もうあの頃とは違うじゃない。全部が」
「違わねえよ。少なくとも、俺のフェイに対する思いはな」
「朧……」
 フェイは感謝と寂しさがない交ぜになったような、複雑な表情を浮かべる。
 やはり、言葉だけでは気持ちは伝わらない。
 路頭に迷っていた自分を助けてくれたルージェ夫妻。彼らの恩に報いるためにも、絶対にフェイは守ってみせる。
「……でも。それでも――」
 フェイが続く言葉を発しようとしたところで、朧の携帯電話が着信を知らせた。
 出鼻をくじかれたフェイは唇を尖らせる。そんな少年に、朧は「待ってろ」の意味を込めて平手をかざす。
 電話をかけてきたのは――知らない番号だ。
 警戒しつつも、通話ボタンを押す。
「もしもし」
「あー、あたしよあたし! 分かるでしょ?」
 分からん、と通話を切ってやりたい衝動に駆られたが、こらえる。
 メールアドレスしか教えてこなかった紫音が、電話をかけてきたのだ。何か不測の事態が起こったと考えていいだろう。
「……紫音か。どうした?」
「時間がないから単刀直入に聞くわよ。今どこにいる?」
「どこって……ホテルガンスロットは分かるか? その近くだ」
 ぶしつけな紫音の質問に、朧は周囲を見回しながら答える。
「ホテルガンスロット……? え? ああ、ここから近いんだ。それならよかった」
 電話口の向こうから、亜砂らしき声が聞こえてくる。おそらく、ホテルの位置を確認したのだろう。
「緊急事態。あたしたちはこれからマンションを出るところだから……そうね、ラリラリストリートで合流ってことで。詳しい話はその時に説明するから」
「……とりあえず、何があったか簡潔に話せ」
「いいけど、電話しながらラリラリストリートに向かって走りなさいよ」
 朧は傍で待っていたフェイに視線で合図を送ると、言われた通りに走り出す。
「あんたが熱望してた情報屋からの接触があったわ。『清浄の地』のメンバー……桐谷真理が、皆本信二って名前の男の子を誘拐して逃走してるみたいなの」
「真理が……?」
 皆本信二という名前に聞き覚えはない。となれば、この誘拐は真理の個人的な目的ではなく、「清浄の地」の活動のために必要な一件なのだろうか。
 そんな朧の考えは、続く紫音の言葉で打ち崩されることになる。
「誘拐された男の子は、<ヴァイロン>と<インヴェルズ>のカードを持ってるみたい。情報屋の意見としては、真理の狙いはカードの奪還だろうって」
「何……!?」
 思わず耳を疑ってしまう。
 ずっと探し求めてきた<ヴァイロン>のカード。それを持っている少年が、真理にさらわれた?
 今まで遅々として進まなかった事態が、真理の登場によって一気に急展開を迎えた。正直、半信半疑だ。紫音が嘘を吐くような人間ではないことは、この2週間共に過ごしたことで何となく分かってきたが、その情報屋が真実を言っているとは限らない。
(……だが)
 情報を選り好みしていられるほど、裕福な環境にはいない。
 朧はフェイに「急ぐぞ」と早口で告げると、全速力で街中を駆け抜けた。