にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドS 5-5

「聞いて。紫音ちゃん」
 紫音が言葉を発する前に、亜砂は紫音の両肩を掴むと、切羽詰まった様子で口を開いた。
「私は紫音ちゃんのことが大好きだよ。ずっと一緒にいたいと、ずっと守ってあげたいと思ってる。でも、私は桐谷の言った通り『清浄の地』のメンバーなの。だから――」
 続く言葉を聞くことを、紫音は拒もうとした。
 しかし、亜砂が浮かべた優しい笑みによって、それは脆くも崩れ去る。
「私たちの仲間になって。もちろん、紫音ちゃんは何もしなくていいから。ただ、私と一緒にいてくれるだけでいいの。それなら大丈夫でしょ? ね?」
「……だ、大丈夫なわけ、ないじゃない。だって『清浄の地』はサイコデュエリストたちを殺してて、あたしの親友……エリアを奪って……」
「エリアは伊織が殺したわけじゃないでしょ? それに、エリアなんていなくても、私がずっと一緒にいてあげるから。もう二度と紫音ちゃんに悲しい思いなんてさせないから」
 亜砂とずっと一緒にいる。今の紫音にとって、それはとても魅力的な提案に思えた。
「で、でも……やっぱり『清浄の地』のメンバーになんてなれないよ。あたしはセシルのことを否定したし……それに、平気で人を殺せるような人たちと一緒にはいられない」
 しかし、紫音の理性が亜砂の誘惑を跳ね除けた。
 最も、これは「人殺しはよくない」という至極常識的な判断から出た言葉であって、紫音の本心ではない。あまりに衝撃的な事実に、心の整理が追いついていないのだ。
 紫音の返答を聞いた亜砂は、少しの間呆然としていたが、

「どうして?」

 ほとんど口を動かさずに、4文字の言葉を発した。
「いたっ――」
 ノースリーブのシャツを着ていたせいで顕わになっていた両肩に、ミチリ、と亜砂の爪が食い込む。鋭い痛みが走り、滲み出た鮮血が白い肌の上を滑る。
「どうしてそんなこと言うの? 紫音ちゃん、言ったよね? 私のことを守ってくれるって。紫音ちゃんは嘘が嫌いなんでしょ? どうしてそんな嘘吐くの?」
「それは――」
 何かに取り憑かれたように鬼気迫った亜砂の様子に、紫音は口ごもってしまう。
「ダメだよ、紫音ちゃん。紫音ちゃんはもう私のモノなの。だから、私が望まないような行動をしちゃダメ」
 そう言って、亜砂はニッコリと微笑む。
 普段と変わらないような柔らかな笑顔に見えるのに、その奥にドス黒い感情が見え隠れして、紫音は息を呑む。
「紫音ちゃんは私のモノ。今からそれを分からせてあげるね?」
 ようやく紫音の肩から手を離した亜砂は、桐谷の方に視線を向ける。
「桐谷。ディスク貸して」
 今まで黙って事態を見守っていた桐谷は、自分の同類を見つけたと言わんばかりの邪悪な笑みを広げると、左腕に装着していたディスクを外して放り投げる。
 それを器用にキャッチした亜砂は、自らの左腕に取り付け、ディスクを展開させる。
 ここまでの動作の中で、逃げ出したり反撃したりする隙は十分にあった。
 しかし、紫音の体はピクリとも動かなかった。
「<デモンズ・チェーン>」
 亜砂が1枚の罠カードをディスクにセットする。
 紫音の足元から魔力を内封した鎖が伸び、両腕と両足に絡みついた。
「あっ……」
 慌てて身をよじらせるが、鎖の呪縛は固く、逃げることは不可能だろう。
 亜砂は続けてカードをセットする。紫音の位置からは、それがモンスターカードであることしか分からなかった。
 すると、亜砂の右手に、鍔の部分が骸骨になっているサーベルが現れる。
 そのサーベルの刃先を紫音に向けた亜砂は、
「えい」
 真上から真下へ――寸分の狂いなく縦一直線に振り下ろした。
「…………っ!!」
 思わず両目を閉じる。
 真っ二つに両断されてもおかしくないような勢いだったが、おそるおそる目を開くと、紫音の体は五体満足で無事だった。
 その代わりに、紫音が着ていたノースリーブのシャツと、その下に身に着けていた下着が、縦一直線に斬り裂かれており、控えめな胸と白い腹が顕わになっていた。
「やだっ……」
「ほうら。紫音ちゃんは何にもできない普通の女の子なんだよ? だから、私に守ってもらわなくちゃダメなの」
 サーベルを投げ捨てた亜砂は、今までとは打って変わった妖艶な笑みを浮かべると、紫音の前で跪き、
「ん……」
 顕わになった紫音の胸に舌を這わせた。
「や……!!」
 ぞくぞくっ、と未知の感覚が体中を駆け抜け、紫音は悲鳴じみた声を上げてしまう。
 それを聞いた亜砂はますます笑みの色を濃くすると、肌の上に浮かんだ汗を舐め取るように丹念に舌を動かす。
 あまりに異様な事態に、亜砂に対する感情がぐちゃぐちゃになっていく。
 昨日の夜、全てを吐きだした紫音を優しく受け止めてくれた人と、今目の前にいる人が同一人物とは思えなかった。
 脳が考えることを拒否し、意識が断絶しそうになる。
「やだぁっ……! やめてよぉ、亜砂……!」
 絞り出した拒絶の言葉。
 しかし、その声はか細く、紫音自身ですら本当に口に出したかどうか分からないほどの小さな拒絶だった。

 その声が、届いたかのように。

「――――!?」
 背中が焼け焦げてしまいそうなほどの熱を、背後から感じる。
 紫音より先に事態に気付いた亜砂が、瞬時にその場から飛び退く。
 直後、紫音の目の前に灼熱の拳が穿たれた。
 紅と蒼――2つの炎を持つ戦士。
 その姿は、紫音の脳内に鮮明に焼き付いていた。
 <ラヴァル・グレイター>。
「――何をしてるんだ。お前ら」
 亜砂が離れたことで、紫音の両腕両足を縛っていた鎖が消える。
 ふらり、とよろめいた体を、誰かが後ろから支えてくれた。
 亜砂の爪によって傷つけられた両肩。その両肩に温かな掌が触れる。
 青髪の少年――セシル・サンフィルドは、力の抜けた紫音を慎重な手つきで座らせると、亜砂と桐谷を睨みつけた。
「話は聞かせてもらった。二条亜砂に関しては、あとでたっぷりと事情を聞かせてもらう。どうして彼女がメンバーであることを隠していたのか……聞きたいことは山ほどある。だが、今重要なのはそこじゃない」
 両拳を握り、怒りで体を震わせたセシルは、吐き捨てるように叫ぶ。
「『清浄の地』は、この世界に無用な悲しみをもたらす――サイコデュエリストを排除する組織だ! 無関係な人間を誘拐したり、サイコデュエリストを辱めたりすることを目的としているわけじゃないッ!」
 自分の信ずるものが汚されたのがよほど悔しかったのだろう。
 セシルの瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「……青いな、セシルは。それは君の理想であって、『清浄の地』の総意じゃない。君の意見を押し付けないでくれるかな? 大体、毒島なんかいつも――」
「桐谷。今はやめて」
 舌戦に持ち込んで丸めこんでやろうと考えていたのだろうか。亜砂の制止を受けた桐谷が露骨に不快感を示す。
 だが、セシルと……そして<ラヴァル・グレイター>から濃い殺気が放たれていることに気付き、大人しく口を閉じる。
「仲間割れは避けるべきか……仕方ない。信二君は諦めるとしよう。上凪紫音以外のサイコデュエリストはすでに伊織の<ロスト・サンクチュアリ>の中だ。僕たちがこれ以上やることはないし、さっさと帰るとしますか」
「……お前も一緒に来てもらうぞ。二条亜砂」
「……分かった」
 頷いた亜砂は、デュエルディスクを外して桐谷に返すと、
「必ず迎えに来るからね、紫音ちゃん」
 そう言い残し、紫音に背を向けてこの場を去った。大きく背伸びをした桐谷も後に続く。
 どうしていいか分からず、紫音はその背中をぼおっと見送る。
 すると、セシルが着ていたジャケットを脱ぎ、紫音に向かって放り投げた。
「それを着ていろ」
 他人の匂いがするジャケットを手に取った時点で、自分の衣服が斬り裂かれている事実を思い出す。紫音は慌ててセシルのジャケットを羽織ると、前かがみになってうつむいた。
「……上凪紫音」
 青髪の少年は、紫音に背中を向けたまま、少女の名前を呼んだ。
 返事は、しない。
「――君は、まだ前に進むのか?」
 返事は、できなかった。