にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドS 4-5

 見慣れた背中が遠ざかる。
 置き去りにされないよう、フェイは息を切らせながら全力で走った。
 それでも、ついていくのがやっとだった。
 一緒に走りたいのに。
 隣を走りたいのに。
 フェイの視界には、いつも誰かの背中が映っていた。
 いつも、誰かに守られてきた。
 大した理由もなく。
 ――僕だって。
 ――僕だって、朧を守りたいのに。
 ――朧も、真理も、隆司も、虎子も守りたいのに。
 悔しさに、唇を噛む。鉄の味が口の中に広がった。
 どうして、自分はこんなにも弱いんだろう。
 どうして、大切な人を守るための勇気がないんだろう。
 悔しさと焦りだけが、募っていった。







 朧、フェイと合流した紫音と亜砂は、いつも以上に混雑しているラリラリストリートを駆け抜ける。
 右手に持つスマートフォンのディスプレイには、周辺の地図が表示されている。その地図の中で、ゆっくりと動く光点が1つ。皆本信二を誘拐した犯人――桐谷真理の現在地を示していた。
 光点の動く速度から察するに、現在は徒歩で移動しているようだ。車やDホイールに乗り込まれる前に追いつかなければならない。こちらが車などの移動手段を使い先回りすることも考えたが、車両通行禁止のラリラリストリートを迂回すると時間がかかりすぎてしまうため、自らの足で追うことにしたのだ。
「わざわざあたしに頼んできたってことは、セラが現場にいないのは確実でしょ? なのに、どうやって発信機なんか取りつけたのかしら」
 通行人とぶつかりそうになりながらも、紫音は浅い疑問を口にする。
「さらわれた少年は情報屋の知り合いなんだろ? 協力者から受け取った情報を、そのままこっちに流しているだけだと思うが」
「……真理が発信機に気付いている可能性はあるかな」
 紫音の問いに朧が答えると、今度はフェイが口を開いた。
「半々、ってところじゃないか。昔のあいつなら絶対に気付いていなかったと思うが……『清浄の地』に入った以上、組織の存在を公に晒すような迂闊な行動は取らないだろう。発信機の存在に気付いていて、あえて放置している可能性もある」
「その場合は……はぁ、はぁっ……罠ってことだね」
 息を切らせながらも、亜砂が朧の言葉を継ぐ。
 一行はラリラリストリートを抜けて、マンションが乱立する住宅街に突入する。高さや大きさはまちまちだが、どのマンションも同年代に建てられたものらしく、壁の色褪せ具合はどれも似通っていた。
 紫音はスマートフォンに表示された地図に目を落とす。次の角を左に曲がって真っ直ぐ進めば、桐谷のところへと辿りつくはずだ。
 さらに速度を上げようと、紫音は力強く地面を踏みしめるが――
 ふわり、と。
 柔らかな風が紫音の顔を撫でつけ、濃い草木の匂いが鼻腔をくすぐる。
 いい匂い、と感じた瞬間、紫音は無意識の内に足を止めていた。
「――ッ!? おい、どうした!?」
 走り続けていた朧が、慌てて急ブレーキをかける。
 隣を見れば、フェイと亜砂も、紫音と同じように立ち止まっていた。
「え? いや、なんかその……」
「紫音ちゃんやフェイ君も同じだと思うけど……この先には行っちゃいけないような……なんて言うのかな。その、人の手で汚しちゃいけない空間がある気がして……」
 自分の気持ちを上手く言葉にできないようで、しどろもどろになる亜砂。
 だが、紫音には亜砂の言いたいことが分かった。
 森の奥深くに存在しているような、人間が足を踏み入れてはいけない聖域。その荘厳さを前に、先に進むことに罪悪感を覚えるような、奇妙な感覚だった。
「……二条。気は確かか? ここはマンションだらけの住宅街だぜ? 人が住むために作られた場所に、どうして入っちゃいけないんだよ」
 もちろん、そんなことは承知している。
 分かっているのに、足が前に動かないのだ。
「人払い……」
 紫音たちが困惑していると、フェイがポツリと呟いた。
「朧、言ってたよね。隆司と虎子はサイコデュエリストになってて、人を遠ざける力を使うことができるって」
「――チッ、<ランドオルスのヒカリゴケ>の効果を応用したな。昨日は人払いの発動を明確に感知できたんだが……方法を変えやがった。待ってろ」
 そう言って、朧は左腕に装着したデュエルディスクを展開すると、1枚のカードをセットする。
「<ヴァイロン・フィラメント>!」
 朧の叫びに応じるように、緑色と紅色のクリスタルが出現する。
 クリスタルは、本体と同じ色の電撃を、周囲に向けて放つ。
 瞬間、紫音たちの足を止めていた奇妙な感覚が消え失せた。
「これで大丈夫だろ」
「そうみたいね。でも、どうして朧は平気なわけ?」
「自分でもよく分からん。この<ヴァイロン>デッキのおかげかもな」
 はぐらかしているのかと思ったが、朧の様子を見る限りでは本当に分からないらしい。
 サイコパワーの有無が原因なら、サイコデュエリストである紫音が引っかかるのはおかしい。朧には、サイコパワーを打ち消す力でも備わっているのだろうか。
 ともあれ、人払いの無効化には成功した。
「……隆司と虎子も来てやがるのか。厄介なことになりそうだ」
「でも、行くしかない。このまま連中の思い通りにさせるなんて、絶対にイヤ」
「――ケッ、俺も同意見だよ」
「……それじゃ、行くわよ」
 全員が頷いたのを確認した紫音は、再び走り出そうと第一歩を踏み出す。
 その瞬間だった。
「――っ!? 下がって!!」
 何か来る。
 上空から降り注ぐ剥き出しの殺気を感じ取った紫音は、亜砂たちに向けて鋭く叫ぶ。
 すぐに反応したのは、朧だった。後ろにいたフェイの手を強引に引いて抱き寄せると、後方へと跳ぶ。
「亜砂!」
「ひゃ――」
 亜砂をかばうために前に立った紫音は、素早くディスクを展開させ、魔法カードを発動させる。
「<儀水鏡>!」
 <リチュア>のシンボルマークとも言える鏡が、紫音たちを守るように具現化する。
 轟! と。
 実体化した鏡に、猛烈な勢いで暴れ狂う炎が激突する。
 炎の色は、深い蒼。
 鏡の表面が焼ける音が響き渡り、勢いに押された<儀水鏡>がビリビリと振動する。
「くぅ……!」
 右手を天に向けて突き出している紫音は、上空から襲いかかってきた炎に耐えつつも、攻撃を放った主を探す。主が誰であるかは、もう分かっていた。
「上だ、紫音!」
 朧の叫び声に、紫音はハッとして空を見上げる。
 自らが展開した<儀水鏡>、それに激突している蒼い炎、さらにその向こう側に――

 蒼と紅の炎を纏った戦士が、マンションの屋上から飛び降りていた。

「まずっ――」
 紫音は歯を食いしばり、右腕に力を込めて<儀水鏡>を大きく上に跳ね上げる。
 燃え盛る炎が押し戻された一瞬を狙って<儀水鏡>を消し、亜砂を抱きかかえると、そのまま朧たちがいる場所に向けて跳躍する。
 紫音が跳んだ刹那、炎を纏った戦士――<ラヴァル・グレイター>の拳が、地面を穿った
 衝撃音。
 熱風が巻き起こり、一気に体感温度が上昇する。
 <ラヴァル・グレイター>の拳が直撃した地点のコンクリートは、ドロドロに溶けていた。
「……大人しくこの場を去っていれば、見逃すつもりだったのに」
 重苦しい声と共に、<ラヴァル・グレイター>の影から、主人である青髪の少年が姿を現す。
「言ったはずだ。次に会ったときは、容赦しないと」
 「清浄の地」のメンバーであるセシルは、冷たい声で言い放った。