にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドM 5-1

 皆本信二がさらわれた。
 その知らせを聞いた神楽屋は、すぐにDホイールに飛び乗り、自宅兼仕事場である事務所へと向かおうとした。
 焦りを押し殺しているような神楽屋から事情を聞き出した天羽は、いつの間に用意していたのか年季の入った軽自動車を公園の出入り口に回してきて、ミハエルに乗るように促した。
「神楽屋には貸しを作ってしまったからな。早いうちに返せるに越したことはない。それに、私たちは市民の安全を守る治安維持局の人間だろう? 目の前で誘拐事件が起こっているというのに、それを無視して目的を優先するほど薄情ではないさ」
 こうして、天羽とミハエルは、誘拐された皆本信二を救出するために、神楽屋に協力することになった。
 綺麗に舗装された道を通っているのにガタガタと揺れる車内で吐き気を耐えること数十分。ようやく目的地にたどり着いた。
 車外に出たミハエルは、真っ先に深呼吸をして新鮮な空気を肺に送り込む。それだけで大分楽になった。「エチケット袋いります?」と聞いてくるカームに「大丈夫だ」と笑顔を返す。
 目的地である神楽屋の事務所は、横に広い小さな3階建てのビルだった。周囲には高層マンションが立ち並んでいるため、太陽の光が遮られてしまって辺りは薄暗い。隣には喫茶店があったが、客は入っていなそうだった。
「時枝探偵事務所……? この辺りの地名ではないし、随分変わった名前だな」
 入口に掲げられた横長の看板を目にして、天羽が訝しげな声を出す。
「仕方ねーだろ。リソナのやつがどうしてもこの名前がいいってだだこねたせいだ」
「その前に、私の記憶では君は探偵ではなかったはずだが」
「……やってることは似たようなもんだろ。実際、何でも屋より探偵って名乗ってた方が依頼来るんだよ」
 言い訳じみた言葉を吐きながら、神楽屋が事務所の扉を開く。
 次の瞬間だった。

「どーーーーーーーーーーーーーーーーん!!」

「ぐふぇあ!!」
 いきなり腹にドロップキックを食らった神楽屋は、苦痛に顔を歪ませながらバタン! と仰向けに倒れる。被っていた中折れ帽が、寂しげに地面に転がった。
 一方、中から飛び出て来てドロップキックをかました張本人――金髪の少女はくるりと空中で体勢を整えると、綺麗に着地していた。
 ブロンドの長髪をツインテールに結い、純白のワンピースを着た10歳くらいの少女は、両腕を腰に当てると、倒れている神楽屋を見下しながら叫んだ。
「おそーーーーーーーーーい! 遅すぎですテル! リソナが電話してから何分経ってると思ってるですか!? 宇川が言ってました! そういう男は不感症だって!」
 彼女が、神楽屋に電話をしてきたリソナという少女だろう。声も同じだ。
「……宇川の野郎、またリソナに妙なこと吹き込みやがって……!」
 神楽屋が体を起こすより先に、リソナはミハエルのことに気付き、珍獣を発見したときのような視線を送ってくる。
 どう反応していいか分からず、たじろいでいると、
「やあ、久しぶりだねリソナちゃん。元気そうで何よりだ」
 隣に立つ天羽から助け船が出た。
「天羽! 久しぶりです!! 会えてうれしいです!! 最近遊びに来てくれなくて、リソナ寂しかったです!」
「すまないね。今担当している事件が片付いたら落ち着くと思うから、そのときに遊びに来るよ」
 「はい!」と元気よく頷くリソナを見て、天羽は微笑ましげな表情を浮かべる。この人のこういう表情は初めて見た。
「それで、信二君がさらわれたんだろう? 詳しく状況を説明してくれるかい?」
「はいです。リソナとティトが夕御飯の準備を始めようとしたときです。ティトが『変な気配がする』って信二の部屋を見に行ったです。そしたら、悪い奴が信二をさらって行っちゃったって……」
「そのティトはどうした? 中にいるのか?」
 ようやく体を起こした神楽屋は、中折れ帽を被り直したあと、事務所の中を覗き込む。
「いないです。ティトは悪い奴に発信機を取りつけたから追いかける、って出ていったです。リソナも一緒に行きたかったですけど、テルが帰ってくるまで待てって言われたです」
「発信機を取り付けたのか!? だったら、なんで俺の携帯にデータを送らなかった! この前の『ファントム・ハルパー』の一件のあと、やり方教えただろうが!」
 予想外の発言に神楽屋が声を荒げるが、
「あんなの説明されても分からないです!」
 リソナも負けじと言い返す。
「ティトもか?」
「ティトも分からないって言ってたです」
「なんてこった……あいつが成長してるのは胸だけかよ」
 神楽屋はそう言って頭を抱える。
「それは貧乳である私への当てつけか? セクハラだぞ」
 そんな神楽屋に向かって、天羽が低い声で告げる。声自体は鬼気迫るものがあったが、表情を見ればからかっているのが丸分かりだ。
「……ともかく、ティトと連絡を取ってみる」
 天羽の言葉をスルーし、神楽屋は携帯電話を取り出すと、何度かボタンをプッシュして電話をかける。
 プルルルル……プルルルル……
「……え?」
 ミハエルは呆気に取られるあまり、口をあんぐりと開けてしまう。
 なぜなら、着信を知らせる電子音は、リソナのワンピースのポケットから響いていたからだ。
「……電話をかける相手を間違えたんじゃないか?」
「いや、俺は確かにティトに――」
 携帯電話を耳元から離した神楽屋は、ディスプレイに表示された名前を確かめ、首をかしげた。やはり間違い電話ではないようだ。
「えーっと……」
 すると、先程まで元気いっぱいだったリソナが、急に体を縮こまらせておずおずと発言する。
「リソナ、ティトの電話貸してもらって、それで遊んでたです。だから、ティト、電話忘れて行っちゃったです」
「…………」
「…………まあ、仕方ないな」
 神楽屋は呆れ果てて天を仰ぎ、天羽は大きなため息を吐く。
「犯人がどっちに逃げたか分かるかい?」
「……ティトはあっちに走っていったです」
 天羽の問いに、リソナは喫茶店の方へと続く道を指差す。
 神楽屋や天羽がリソナから事情を聞いているうちに、ミハエルは事務所の2階部分を見上げてみた。
 ミハエルから見て右側の窓が開け放たれている。あそこから侵入したのだとしたら、犯人は相当大胆な人間だろう。高さ的に、梯子のようなものを掛けないと2階には上れない。いくら高層マンションに囲まれているとはいえ、事務所は喫茶店の隣にある。いつお客が通るかは分からない。
 窓が割れていないということは、元々開いていたのだろうか。それとも、特殊な方法を使ってガラスを割らずに開いたのか……
 ミハエルの脳裏に、公園を出る直前の、天羽と神楽屋の会話が蘇る。

「犯行を行いそうな人間に心当たりはないのか?」
「ありすぎて困るくらいだよ。正義の味方ってのは、人を助けると同時に敵も作るもんだ」

 もし、皆本信二を誘拐したのがサイコデュエリストだとしたら――
「マスター」
 頭の中で推測を整理していると、傍らのカームが開いた窓を見上げながら口を開いた。
「どうした?」
「あそこから……何か嫌な感じがします。上手く言葉にできないんですけど、禍々しい瘴気のようなものが残っているというか……」
「瘴気……?」
 ミハエルがその言葉の意味を考える前に、神楽屋の携帯電話から特撮ヒーローの主題歌が流れ始めた。着信があったようだ。
 神楽屋は電話をかけてきた相手を確かめるため、ディスプレイを注視する。
「なっ……!? なんであいつが……!?」
 犯人像が明確に定まらないまま、事件は進展していく。