にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 ジェムナイトは砕けない-7

 場所は戻り、時枝探偵事務所のオフィス兼応接室。
「で? 嘘吐いた言い訳を聞こうか」
「だ、だって……泊るところないなんて言ったら、ナメられると思ったんだもん」
 現在、時刻は午後8時ぐらい。ラリラリストリートの散策を終え、神楽屋はほたるをホテルに送り届けようとしたが、場所を訊いたところで、急にうろたえ始めた。問い詰めると、ホテルの予約を取ったのは嘘で、しかも宿泊施設に泊まれるだけの資金がないと白状した。そのまま放置するわけにはいかなかったので、事務所に連れ帰ることになってしまった。
「まったく……変な見栄張るからこんなことになるんだぞ。最初から言ってくれりゃ、何件か泊めてくれそうな場所に心当たりがあったのによ」
「だって――う、ごめんなさい……」
 ほたるは反論を呑みこみ、素直に頭を下げる。
「謝るくらいなら嘘吐くなっての」
「そ、それは……」
「その辺にしてあげましょうよ、神楽屋さん。もうすぐ夕飯できるみたいですし」
 神楽屋としてはもう少し説教してやりたかったのだが、信二に止められてしまっては仕方ない。本人も反省しているようだし、今回はこの辺にしておこう。
「こっちでごはん食べるの、久しぶり」
「そうだな……」
 ティトは楽しそうだが、応接室に臭いが残るのはあまり歓迎できない。あとで脱臭スプレーを撒いておくことにする。
 普段は、キッチンと応接室のあいだにあるちょっとしたスペースで食事を取ることが多い。部屋と呼べるほど広くはないが、テーブルと人数分の椅子を並べるぐらいの余裕はある。さすがに5人全員が揃うと手狭なのだが、神楽屋が仕事で不在がちなので、狭さに不満が出たことはない。が、今日のように客人が来たときは、窮屈な思いをさせないために、広い応接室で食べることになっている。
 テーブルにはすでに人数分の箸とお椀、茶碗が並べられ、茶碗には炊き立ての白飯が盛られている。中央には半分に折りたたまれた新聞紙が置かれているが、これは鍋を置くための下敷き代わりだ。
「おーい! そろそろ鍋持っていくぞー!」
 キッチンのほうから、少年の威勢のいい声が飛んでくる。ここでは、主に創志が料理を担当している。ティトとリソナはさっぱりだし、信二は満足に動けない。神楽屋も簡単なものは作れたが、面倒くさくなったときはすぐに外食に頼ってしまうところがあった。その点、昔から信二の体調を気遣い、なるべく体にいいものを美味しく食べさせてやろうと料理の腕を磨いてきた創志は、5人分の食事を用意することも苦とは思わなかった。
「そろそろ席に着きましょうか」
「ここ、だよ。ほたるはわたしの隣」
「……ありがと」
 ティトに促され、ほたるはソファの真ん中に腰を下ろす。左隣にティトが座り、反対側の右隣にはリソナが座るはずなのだが――
「…………」
 童話に出てきそうな金髪幼女は、神楽屋の背中に隠れ、ほたるのことをじーっと見つめていた。ほたるを連れて帰ってきてからずっとこんな調子である。誰に対しても遠慮なくズバズバ物を言うリソナが、こんな態度を取るのは珍しかった。遠慮のない言動の割には人に慣れるまで時間のかかるリソナが、初対面の人間になつくことはまずありえない。しかし、こうやってあからさまに警戒を顕わにすることもなかったはずだ。
「おい、リソナ。お前もさっさと座れ。じゃないと俺も座れねえだろうが」
「…………」
 神楽屋の言葉を完全に無視するリソナ。こいつ、一発拳骨食らわしてやろうか。
「リソナ、どうしたの?」
「…………う」
 ティトが尋ねると、ようやくリソナは声を発した。

「……リソナ、『びっち』と一緒にご飯食べたくないです!」

 ビシィ! と効果音が付きそうなほどはっきりとほたるを指差したリソナは、周りが呆気にとられているうちに、まるで犯人を追いつめる探偵のような顔つきで続ける。
「ティトと一緒におつかいに行ったとき、リソナは見たです! この人が、馬鹿テルと一緒に遊んでるところ! あれはまちがいなく『でーと』です! 皆本弟にきいたら、テルとこの人は今日初めて会ったです。出会ったその日に『でーと』に行くような女のことを『びっち』と言うです! 『びっち』は悪い人間だってドラマで言ってたです! だからリソナは――」
「いい加減にしろこのマセガキ」
 興奮するリソナの脳天に、神楽屋の拳骨が振り下ろされた。
「いったー!? 何するですか馬鹿テル!」
「馬鹿はテメエだ! いらん知識を間違った解釈で覚えてんじゃねえ! ビッチなんて言葉は永遠に忘れろ!」
「いやです! リソナ、『びっち』のことは一生忘れません!」
 リソナが1人で留守番しているときは、テレビの電源を引っこ抜いておこう。そう心に誓った神楽屋は、聞き分けの無い金髪幼女にもう一発拳骨を食らわせようとする。
「リソナちゃん、さっき説明したよね? この人は白下ほたるさん。今日は神楽屋さんに依頼があって来たんだ。れっきとしたお客様なんだから、そんな失礼なことは言っちゃダメだよ」
 が、その前に信二が優しげな声でフォローを入れる。信二はほたるがここに来た経緯をもう一度丁寧に説明したあと、リソナに「謝って」と促す。
「う……でも……」
「リソナ、ほたるは『びっち』なんかじゃないよ」
 なおも渋るリソナに、今度はティトが説得に入る。
「ティトだって、テルとこの人が『でーと』してるところ見たです……」
「うん。あれはね、ほたるがかぐらやのことを好きだからデートしてたんだよ。びびあんから借りた漫画に描いてあったから、まちがいないよ」
「なななななななななななな――っ!!」
 リソナのビッチ発言から今まで、顔を真っ赤にしながらも黙っていたほたるの我慢が、とうとう決壊した。
「だ、誰が、誰のことを好きだって!?」
 固く握った拳を胸の前で上下に動かしながら、ほたるは大声を出す。
 一方で、呆れ果てたことで冷静になれた神楽屋は、やれやれとため息を吐く。ティトもティトでピントがずれた発言が多いよな……見れば、信二もどうやってこの場を収拾しようか困り果てている様子だ。
「ほたるが、かぐらやのことを。ちがった?」
「違うわよ!! こんなダサダサ男、好きになるもんですか!! クレーンゲームは下手くそだし、フィギュアなんて欲しがって子供みたいだし、仕事は真面目にやらないし!」
 首をかしげるティトに、ほたるは力一杯否定する。別にほたるに好かれようと思って彼女を案内したわけではないが、はっきりと言われてちょっと傷ついた。が、それは表に出さないように努める。大人の男のプライドに賭けて。
「そうです! テルはいつも仕事サボってばかりです! ダメダメダメテルです!」
「そうよそうよ!」
 ……あれ? いつの間にか矛先が俺にだけ向いてないか?
「ちょっと待て。俺はちゃんと仕事――」
「よいしょっとォ! 皆本流寄せ鍋の完成だぜ! 冷めないうちに早く食べちまおう!」
 俺の言葉を遮るように、創志がキッチンから土鍋を持って現れる。ドカリ、とテーブルの中央にあった新聞紙の上に土鍋が置かれ、そこからもうもうと湯気が立ち込める。
「創志、てめえ……」
「ん、なんだよ神楽屋。不服そうな顔しやがって。鍋が食いたいって言ったのお前だろ?」
 鍋を置いて神楽屋の隣に座った創志の頬には、いくつも絆創膏が貼られている。創志には家出した犬の捜索を任せていたが、首尾よく家出犬を発見できたまではよかったものの、その犬が野犬の群れに襲われていたらしく、そこから救出するためにかなり苦労したようだ。頬だけでなく、両腕にも無数の傷が残っている。
「……ま、いいか」
 神楽屋を共通の敵とすることで、リソナとほたるも打ち解けたようだし。
「そうし、わたし豆腐食べたい」
「分かってるって」
 創志がそれぞれのお椀に寄せ鍋の中身――汁は味噌ベースで、具は白菜やネギなどの野菜、かまぼこ、油揚げ、木綿豆腐といった質素なものが中心――をよそい、「いただきます」の挨拶と共に食事が始まった。
 最初は居心地が悪そうにしていたほたるも、鍋の味に舌鼓を打っているうちに他の4人とも打ち解け、笑顔を見せていた。