にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 宝石を継ぐもの-エピローグ

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 そのまま帰る気分ではなかったので、目的地も決めないままDホイールで走り出す。
 考えることは多かったが、どうもまとまりに欠ける。気付けば太陽が沈みかけており、夕陽を背に浴びながら神楽屋は帰路についた。
 事務所に辿りつきDホイールから降りる。ヘルメットを外したタイミングで、
「あ」
 ちょうどリソナとティトが帰宅してきた。
「…………」
「…………」
 いつもなら軽口を言いあうのだが、今日に限っては神楽屋もリソナもそんな心境ではない。そんな2人の様子を察したのか――それともマイペースを貫いているだけか――ティトも無言のままだ。
 沈黙を破ったのは、神楽屋のほうだった。
「……デュエルしようぜ。リソナ」
 その一言に、リソナはポカンと口を開ける。ティトも驚いているようだった。
 何故なら、神楽屋とリソナがデュエルをするときは決まってリソナから勝負を挑んでおり、神楽屋が誘ったことはほとんどなかったからだ。軽い口喧嘩から発展して神楽屋が勝負をふっかけたことはあったが、それも売り言葉に買い言葉の結果だ。
「ど、どうしたですかテル? 昼間からお酒呑みまくってべろんべろんに酔っぱらってるですか? それとも仕事なくて暇すぎて頭がおかしくなったですか!?」
「俺は正常だ! 変なこと言ってんじゃねえ!」
 本気で心配そうな眼差しを向けてくるリソナに対し、思わず大人げない対応をとってしまう。
 リソナはまだ神楽屋の異常を疑っていたが、やがて「仕方ないですね!」と自信たっぷりな笑顔を浮かべながら、ふんと鼻を鳴らす。
「挑まれた以上は引き下がれないです! その勝負、受けて立つです!」
「ハッ、そうこなくちゃな」
 軽快な足取りで事務所に入っていくリソナ。その背中を見送っていると、
「……かぐらや。何かあった?」
 ティトが小首をかしげながら訊いてくる。
「……いいや。別に」
「そう。ちょっと変わったように見えたんだけど、わたしの気のせいかな」
 納得してしまったティトはそれ以上追及してくることなく、リソナの後に続く。
「何にも変わんねーよ」
 2人が事務所の中に消えてから、自分にだけ聞こえるようなボリュームで呟く。
 そう、何も変わりはしない。
 変わらないままの自分だからこそ、伝えられることを伝えよう。
 この命が尽きるその日まで。

◆◆◆

 気がつくと、デュエルアカデミア裏庭にある古びた像の前に立っていた。
 記憶ははっきりしている。自分はこの銅像に願いをかなえてもらい、過去に跳んで神楽屋とデュエルをしたのだ。
「……ったく。出かけるなら一言断ってからにしろよな」
 夜の帳が下りる裏庭には、リソナ以外にも人影があった。
「……創志」
「所長と呼べって言ってるだろ。バイト扱いとはいえ、お前も時枝探偵事務所の正式メンバーなんだからよ」
 黒のロングコートを羽織り中折れ帽を被っているのは、時枝探偵事務所の所長、皆本創志だ。
「……何回見ても、その帽子似合ってないです。皆本兄」
「うるせーな! 気にしてんだからいちいち突っ込むな!」
 早歩きで近づいてきた創志は、その勢いのままリソナの額を軽く叩く。ペチンと小気味いい音が鳴り響き、リソナは思わず叩かれた箇所を両手で覆う。
「……懐かしい呼び方しやがって」
「えへへ」
 創志は気取られないように顔を伏せたが、微笑んでいることがリソナには分かった。
「まさかお前があの与太話を信じるとは意外だったぜ」
 言いながら、創志はリソナの背後にある銅像に視線を向ける。
「そうですか? 昔のリソナなら、心の底から信じ切っていたと思うですけど」
「昔なら、な。んで? 願いは叶ったのか?」
「……秘密です」
「そうかよ」
 元から答えは期待していなかったようで、創志は問い詰めることはせず、リソナに向けて手を差し出す。
「ほら。帰るぞ」
「…………」
 リソナは逡巡の後、その手をとった。
「創志」
「何だ?」
「リソナ、決めたです」
「……そうか」
 その一言で創志には全て伝わったようで、リソナの掌を握る力が少しだけ強くなる。それは、リソナに向けてのささやかなエールなのだろう。
 彼女は決断した。神楽屋の<ジェムナイト>をそのまま受け継ぐのではなく、自分のものにすると。
 上がるべき舞台は見えた。彼女は、そこに立つために歩き始める。
 その物語が語られるのは、このステージではない。