にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 宝石を継ぐもの-14

◆◆◆

 ティトからその話を聞いたのは、こんな風に青空の広がる日だった。
「リソナにとって、かぐらやは『とくべつ』なんだよ」
「とくべつ……?」
「かぐらやだけじゃない。そうしも、しんじも。リソナにとっては『とくべつ』な人」
「ティトも! ティトも『とくべつ』です!」
「……ありがと。リソナ」
「えへへ……」
「……わたしは記憶がないから、家族ってものがどんなものなのかわからない。けど、探偵事務所のみんなといると心があったかくなる。きっと、普通の人は家族と一緒にいると、心があったかくなるんだと思う」
「じゃあ、かぐらやは――みんなは家族です?」
「そうかもしれない。けど、わたしやリソナは『家族』を知らないから……だから『とくべつ』。『とくべつ』な人のデッキを知らない誰かが使ってたら、『とくべつ』じゃなくなった気がして、変な気持ちになるんだと思う」
「むー……よくわからないです」
「わたしもよくわからない」
 言い切ったティトの顔があまりにも真面目で――その時は思わず吹き出してしまった。
 けれど、今は……彼を失い、彼が使っていたカードを手にした今は、ティトが言っていたことがよく分かる。
 「とくべつ」を「とくべつ」なまま思い出の中に閉じ込めてしまわないために。
 彼が残した輝きに、埃をかぶせてしまわないために。

◆◆◆

「……あーあ。負けちゃったです」
 そう言うリソナの表情は晴れやかで、清々しさを感じさせた。
 立体映像が消え、ディスクからカードを取り外してデッキに収めた神楽屋は、肩をすくめながらため息を吐く。
「よく言うぜ。あのプレイングミスはわざとか?」
「ミス? どこがです?」
「最後の<ダイヤ>召喚だよ。手札に<サフィア>があったんなら、<アクアマリナ>を出してから<ガネット>と融合して<マディラ>を出せばよかっただろ? そうすりゃ<アクアマリナ>のバウンス効果で<ジルコニア>を処理できて、<マディラ>の攻撃なら<攻撃の無力化>は発動できなかった。まさか気付いてなかったわけじゃないよな?」

<ジェムナイト・アクアマリナ>
融合・効果モンスター
星6/地属性/水族/攻1400/守2600
「ジェムナイト・サフィア」+「ジェムナイト」と名のついたモンスター
このカードは上記のカードを融合素材にした融合召喚でのみ
エクストラデッキから特殊召喚できる。
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
相手フィールド上のカード1枚を選択して持ち主の手札に戻す。

<ジェムナイト・マディラ>
融合・効果モンスター
星7/地属性/炎族/攻2200/守1950
「ジェムナイト」と名のついたモンスター+炎族モンスター
このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚できる。
このカードが戦闘を行う場合、相手はダメージステップ終了時まで
魔法・罠・効果モンスターの効果を発動できない。

 <ジェムナイトマスター・ダイヤ>を召喚したことは評価しつつも、神楽屋はリソナが選択を誤ったことにも気付いていた。これまでのプレイングを見る限りでは、この勝ち筋に気付いていなかったとは考えづらいが……いくら成長したとはいえ相手がリソナだと、その考えも揺らいでしまう。
 が、神楽屋の悪いほうの予測は当たらなかったようで、
「それはできないんです。リソナのエクストラデッキには、<アクアマリナ>は入ってないですから」
「……どうしてだ?」
「テルが<アクアマリナ>のことあんまり好きじゃなかったからです――というのは冗談で、<アクアマリナ>は受け取ることができなかったんです」
「……そうか」
 半ば決めつけてしまっていたが、リソナが神楽屋の<ジェムナイト>を受け継いだ、ということは神楽屋の推測にすぎず、彼女の口から「正解です」と語られたわけではなかったが、推測は間違っていなかったようだ。そして、未来の神楽屋は<ジェムナイト>の全てを託せたわけではないようだった。
「……どうでしたか? リソナのデッキは」
 ディスクを携帯モードに移行させ、両手を合わせてもじもじと指を絡ませるリソナが、恐る恐るといった調子で訊いてくる。
 神楽屋は、被っていた中折れ帽を脱いでから、
「ひっでえデッキだった」
 遠慮なしに言い切る。
シナジーはあるくせにテーマ同士の繋ぎ合わせが雑だから、強引に回してるような感じだな。今日は運がよかったからいいけど、ドローが悪けりゃ何も出来ないまま負け、ってデュエルも多いだろ? 歯車はしっかりしているのに、潤滑油が足りないからスムーズに回らないんだよ。必要なカードといらないカードを洗い直してみろ」
「そ、そうですか……」
 ショックを受けて打ちひしがれるリソナに、神楽屋は追い打ちをかける。

「――けど、可能性は感じた。楽しかったぜ、リソナ」

 その上で、神楽屋は自分の感情を吐露する。
 今日のデュエルは、本気を出して楽しめた。
 リソナの傍まで歩み寄った神楽屋は、ねぎらいの気持ちを込めて頭を撫でた。
「……立派になったじゃねえか」
 神楽屋の言動が予想外だったのか、しばらく固まっていたリソナは、
「……リソナも。リソナも、楽しかったです」
 目尻に涙を浮かべながら、微笑んだ。未来から来た彼女にとっては、「楽しい」の一言で片づけられないほどの様々な思いがあっただろうが――リソナがそれを口にしない以上、深く追求するべきではない。
 願わくば、彼女がこのデュエルを通じて答えを見つけていられるように。
 されるがままになっていたリソナだが、溢れる感情を抑えられなくなったのか、俯きながら神楽屋の胸の中に跳びこもうとする。
 しかし、その動きは途中で止まる。
「……これ以上甘えると、帰りたくなくなっちゃうからやめとくです」
 自分に言い聞かせるように告げたリソナは、顔を上げて笑顔を作る。
「テル、後ろ向いてくれないですか?」
「……負けた腹いせに背後から刺す気じゃないだろうな」
「それもいいかもしれないです」
「おい!」
「そんなことしないですよ。だって、テルはリソナの――」
 言いかけたところで、リソナの目尻から涙がこぼれた。それに気付いたリソナは、急いで涙を拭う。だが、ダムが決壊したかのように溢れる涙は、両手だけで拭うには多すぎた。
「…………」
 神楽屋は無言のまま背中を向ける。
 背後から、少女の嗚咽が聞こえてくる。神楽屋は空を見上げると、顔を隠すように手にしていた中折れ帽を被った。
 どれくらいのあいだそうしていただろうか。やがて嗚咽が聞こえなくなると、背中にわずかな体温を感じた。

「――さよなら。テル」

 その温かさはたった一瞬で消え、あとには静寂だけが残った。