にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 宝石を継ぐもの-4

◆◆◆

「そりゃ俺以外に<ジェムナイト>使ってるヤツなんてごまんといるだろ。世界に1枚しかない神のカードならともかく、普通に市販されているカードなんだからな」
 お椀によそられた味噌汁をすすりつつ、神楽屋は冷静に答える。
「で、でも! でもでもでも!」
 箸をテーブルに叩きつけ立ち上がったリソナだが、具体的な言葉が見つからないようだった。隣に座るティトになだめられ、仕方なく腰を落とす。
 結局依頼が舞い込むことはなく、午後は藤原萌子の経営する喫茶店で創志とデュエルをしつつ時間を潰した神楽屋は、帰ってくるなり「大変です!」と大声を上げたリソナからおおよその事情を聞いた。
 突如現れた神楽屋とは別の<ジェムナイト>使い――リソナは信じられないものを見たようかのように驚いていたが、神楽屋自身にそれほど衝撃はなかった。理由は先に述べた通りである。
「……わたしは、リソナが言いたいこと分かるよ。そうし以外の誰かが<ジェネクス>を使ってるの見ると、変な気分になる」
「そうか? 俺はむしろ他の<ジェネクス>使いとデュエルしてみたいけどな。もちろん光坂みたいなのは勘弁だが」
「ミラーマッチとはまた話が違うよ、兄さん。自分にとってその人を象徴するようなカードを他の誰かが使っていると、複雑な気分になることはあると思うな。兄さんだって、ビビアンさんが<氷結界>を使っていたら違和感を感じるでしょ?」
「それはまあ……確かに」
 その図を想像して深く唸った創志の箸が止まる。その隙に、ホットプレートの上でいい具合に焼けていた牛肉を、信二が掠め取った。
「ま、俺を<ジェムナイト>使いの第一人者として認識してくれるのはありがたいことだが……」
「そこまでは思ってないです」
「……とにかくだ。身内ノリを他人に押しつけんのはやめろよ。そいつだって、自分なりの考えがあって<ジェムナイト>を使ってるんだからな」
「うー……」
 神楽屋の言葉が正論だと理解しつつも、リソナはどこか納得できていないようだった。
「お話できればよかったんだけどね」
「そうです! あの人、デュエルが終わったらすぐにいなくなってしまったです!」
「その場に残ってたら面倒なことになると思ったんだろ。賢明な判断だ」
 やや焼き過ぎて焦げ付いた肉を口の中に放り込み、神楽屋はもう一度味噌汁をすする。
「……おい創志。今日の味噌汁ちょっと濃すぎねえか?」
「え、そうか? 俺的にはむしろ薄過ぎたかと思ったくらいなんだけど」
 神楽屋の指摘に首をひねった創志は、自分のお椀によそわれた味噌汁に口をつける。そして、さらに首をひねり「やっぱ薄い」と呟く。
「……ごちそうさまです」
「リソナ、もういいのか?」
「今日はあんまり食欲ないです」
 そう言って箸を置いたリソナは、そそくさと食器を片づけると、「部屋にいるです」と言い残し出ていった。
「リソナちゃん、いつもはおかわりするのに……」
「肉も大好きなはずなんだけどな。ラリラリストリートでたらふく食ってきたのか?」
「ううん。お茶するついでに小さなケーキ食べたくらいだよ」
「じゃ、その<ジェムナイト>使いのことがよっぽど堪えてんのか」
「…………」
 自分以外の<ジェムナイト>使い――興味がないといえば嘘になるし、創志ではないが、機会があるなら手合わせもしてみたい。<ジェムナイト>を使い始めて随分経つが、未だミラーマッチの経験はない。
 神楽屋が<ジェムナイト>を使い始めたのは、近所に住んでいた年上の少年――神楽屋にとっては兄貴分のような存在だった彼が使っていたからだ。それに憧れ、少ない小遣いをやりくりしたり、最後は兄貴分の少年にカードを譲ってもらったりして、ようやくデッキを完成させた。思い入れは深いが、この程度の理由なら掃いて捨てるほどあるだろうと自覚もしている。
「……リソナのことだ。明日にはケロッと元通りになってんだろ」
「そう、かな」
 ティトはそう思わなかったようだ。マイペースな彼女にしては珍しく食事を手早く済ませると、リソナの後を追って部屋へと向かった。
「ったく。せっかく上等な肉買ってきたっていうのによ」
「残すのももったいないし、2人には悪いけど僕たちで食べちゃおう。神楽屋さんもまだ食べれますよね?」
「あ? あ、ああ……」
 今まであまり意識したことはなかったが、リソナにとって神楽屋――自分を含めた時枝探偵事務所の面々は、どんな存在なのだろうか。
 おそらく、家族に近いそれだとは思うのだが、本心は分からない。
 だが、少なくとも、神楽屋以外の人間が<ジェムナイト>を使っているのを見てショックを受け、その事実を許容できないほどの信頼は得ているわけだ。
(……なら、それに応えるのが年長者の務めってもんかね)

◆◆◆

「それじゃ、これからは時と場合に応じてリソナちゃんを1人の女性として扱ってあげること。分かりましたか?」
「はいはい」
「返事は1回にしてくださいね」
「は、はいッ!」
 イルミナの笑顔の裏から滲む凶悪なオーラを感じ取った神楽屋は、背筋を正して声を振り絞った。敬礼のおまけつきで。
「じゃあ、私はお暇させていただきます。お邪魔しました」
 笑顔を絶やすことなく、元・シスターは探偵事務所のオフィスを後にした。
「……ったく、リソナのやつ。ミナさんに言いつけやがって」
 まさか朝っぱらから説教されるとは思わなかった。昨日の時点で訪問を告げる電話はあったものの、用件が神楽屋への説教だとは予想していなかった。
 そして、オフィスには神楽屋1人だけが残されている。リソナとティトはアカデミア、創志は朝からバイト、信二は詠円院で定期健診を受けている。
 天気は昨日同様穏やかで、依頼人が現れる気配もない。この時間から昼寝を決め込むのはさすがに自堕落すぎるので、事件の書類整理でもしようと戸棚に並んだファイルに手をかける。
 そこで、リソナの沈んだ表情が頭に浮かんだ。一晩明けて少しは吹っ切れたようだが、まだショックを引きずっているような節があった。
(……そいつが現れたのはラリラリストリートだったか)
 情報収集も兼ねて、探してみるのもアリかもしれない。
 そう思った神楽屋は、ハンガーにかけてあったベストと中折れ帽を身につけると、Dホイールの起動キーを手にして玄関へと向かう。
 無造作に扉を開き、外に出ようとする。
 そこで足が止まった。何故なら、扉の向こうに立ち尽くしている少女がいたからだ。
「あ……」
 着ているのはデュエルアカデミア高等部の制服だ。腰まで届くほど長い金髪はビビアンのそれと近いが、思わず指をうずめたくなるような弾力のある双丘が彼女との違いを決定づけている。宝石のように煌めいているアイスブルーの瞳は、覗きこむと心の全てを見透かされそうで、直視できなかった。
「っと、悪い」
 人がいるとは思わず勢いよく扉を開けてしまったことを謝罪する。見覚えのない少女だが、ここを訪れる理由はひとつしかないだろう。
「ここは時枝探偵事務所……って見れば分かるよな。何か依頼があるなら、中で詳しく話を聞くぜ」
 少女を怖がらせないよう気さくに話しかける神楽屋だったが、
「…………」
 純粋のように透き通った瞳が、神楽屋をジッと見つめたまま動かない。その瞳は潤んでおり、キュッと結ばれた唇は何かに耐えているように見える。
「えっとだな……」
 ともあれ、少女のリアクションがなければ身動きが取れない。神楽屋が反応に困っていると、
「本当に……本当にまた会えるなんて……」
 わなわなと体を震わせた少女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「え!? いや、ちょ、なんで泣くんだ!?」
 突然の事態に取り乱す神楽屋。まさか、扉を開けた際にどこかぶつけたのだろうか。それならば、すぐに引き返して救急箱を持って来なければ――

「会いたかった、です……!」

 神楽屋がわたわたしていると、金髪の少女はそっと両腕を背中に回し、抱きついてきた。豊満な胸が容赦なく押しつけられ、神楽屋の思考が完全にフリーズする。
 少女は神楽屋の胸に顔をうずめ、静かに涙を流していた。為されるがままだった神楽屋も、ようやく思考を立て直し、少しでも精神が落ち着くようにと少女の頭を優しく撫でる。