にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 宝石を継ぐもの-5

「初めて知りました。あなたの体って、こんなにあったかいんですね……えへへ」
 涙をぬぐい、顔を起こした少女が熱い吐息と共に漏らした言葉は、神楽屋の思考をさらにかき乱す爆弾だった。
(非常にオイシイ状況なのは確かだが、まるでワケが分からねえ! どういうことだ。誰なんだコイツは!? 知らず知らずのうちにフラグ立ててたなんて、そんな馬鹿なことがあってたまるかよ! 漫画やアニメじゃないんだぞ!?)
 神楽屋は「正義の味方」時代に多くの人間を助けているが、こんな少女を見た覚えはない。歳月が流れたせいで成長した可能性もあるが、それにしたって面影くらいは残っているはずだ。
「あ、ごめんなさい。急に抱きついたりして。迷惑でしたよね」
「い、いや……迷惑なんかじゃなくむしろラッキーだったというか……」
「え?」
「何でもない! それよりも、俺に会いたかったってのは……」
 神楽屋の問いに、少女は笑みを浮かべながら答える。
「そのままの意味です。わたしは、あなたに会いたかったんです。神楽屋輝彦さん」
 見ず知らずの人間に名前を知られていることは、別段不思議なことではない。探偵事務所のチラシにも、所長として神楽屋の名前は明記されている。
 だからと言って、何の警戒もしないのは危険だろう。ピンク色に染まっていた思考が徐々に冷静さを取り戻し、神楽屋は改めて少女の風貌を眺める。取り立てておかしなところはない――そこで神楽屋は事務所の壁にデュエルディスクが立てかけられていることに気付く。女の子が身につけるには、随分飾り気のないデザインだ。
「そのデュエルディスクはお前のモンか?」
「はい。り……理想的なフォルムでしょう? 大切なものなんです」
「……大切なものの割には扱いがぞんざいだな」
「そ、そんなことないです!」
 少女は焦りを誤魔化すように声を荒げる。まるで、うっかり口を滑らせて秘密にしておかなければならないことを口走ってしまったようだった。
 神楽屋は少女への警戒を継続しつつ、
「ま、立ち話もあれだ。とりあえず中に入るか?」
 事務所の扉を開き、中へと誘導する。金髪の少女は顔を輝かせながら「はい!」と元気よく返事をすると、弾むような足取りで事務所のオフィスへと進んでいく。
「うわぁ……!」
 そして、辺りを見回し、感嘆のため息を漏らした。神楽屋からしてみたらごく普通のオフィスで、取り立てて感動するものなどないはずなのだが……一体何が彼女の琴線に触れたのだろうか。
 少女はソファをそっと撫でると、感触を確かめるようにゆっくりと座る。持ってきたデュエルディスクは、神楽屋に断ってからテーブルの上へと載せた。
 神楽屋は少女の対面に座ろうとするが、その前に飲み物でも用意したほうがいいなと思い付き、少女の脇を通り過ぎてそのまま奥のキッチンへと向かう。
 その時、半開きになっていた窓から微風が流れ込み、少女の髪がなびいた。その際にふわりと漂った香りに、神楽屋はふと既視感を覚えた。上品な見た目に似合わず……と言っては失礼だが、化粧っ気のない素朴な香りは、我が家で使用しているシャンプーの香りだ。
(まさか、な……)
 現在、少女の視線はガラス戸の中に飾られたモズク戦士ギャニックのフィギュアに注がれている。年頃の女の子がギャニックに興味を示すとは、なかなか見どころのある……いや、珍しいを通り越して稀有だ。
 ある予感が脳裏に浮かんだ神楽屋は、自分のカップと来客用のコップを並べてから、少女に向けて声をかける。
「飲みモン用意するけど、コーヒーでいいか? 砂糖とミルクたっぷり入れれば子供でも飲めるだろ」
 かまをかけるために、わざと「子供」の部分を強調する。
「あ、いや……」
「そっか。オレンジジュースのほうがいいよな。子供が大好きな、果汁100%の甘いやつ。あ、メロンソーダ飲みたいなら隣の喫茶店行ってくれ」
「……むー!」
 からかうような口調で言うと、少女は頬を膨らませながら立ち上がる。
 そして、よく通る声で叫んだ。

「リソナ、もう大人ですからコーヒーくらい飲めます! いつまでも子供扱いしないでください!」

「…………」
 予測を固めていたおかげで、衝撃は最小限で済んだ。
 叫んだ金髪の少女は、神楽屋の反応を見て一瞬首をかしげたが、自分が口走ってしまったことの重大さに気付き、目を白黒させながら両手をばたつかせた。
「い、いや! これはその……違うです! わたしは未来から来たリソナなどでは決してないです! 誤解なのです夢なのです!」
「……落ち着け。泥沼にはまってるぞ」
「はうあっ!?」
 頭に拳骨を食らったかのようによろめいた少女は、そのままふらふらとソファに腰を落とす。神楽屋はその対面に座ると、自分で淹れたインスタントのコーヒーをすすった。
「で? わざわざ未来から会いに来たってことは、とんでもなく重要な要件なのか?」
 神楽屋が自然な調子で会話を進めようとすると、少女は口をポカンと開けた。
「……信じてくれる、です?」
「ハッ、異世界に飛ばされた経験がありゃ大抵のことは信じられるぜ。<時の機械-タイム・マシーン>の効果を具現化させました、って感じでもっともらしい理由も思い浮かぶしな」

<時の機械-タイム・マシーン>
通常罠
モンスター1体が戦闘によって破壊され
墓地へ送られた時に発動する事ができる。
そのモンスターを、破壊された時のコントローラーの
フィールド上に同じ表示形式で特殊召喚する。

「あはは……」
 照れくさそうに頭を掻きながら笑った少女――リソナ・ウカワは、背筋をピンと伸ばすと神楽屋を真正面から見つめた。その姿は、神楽屋のよく知る無邪気な子供とは似ても似つかない。もちろん、正体が判明した今となっては面影が残っていることに気付くのだが。
「わたしにとってはお久しぶりですなんですが、神楽屋さん……ううん。テルにとっては初めましてなんです?」
「どっちでもいいだろうよ」
「それじゃ……こんにちはです、テル。リソナはテルに会うために、5年後の未来から来たです」
「……ただ会うため、ってわけじゃないだろ?」
 色々と問いただしたいことはあったが、まずは彼女の目的を聞くことが先決だ。神楽屋が促すと、リソナは言葉を続けた。
「はいです。リソナがここに来たのは――」
 少女の細い指先が、デュエルディスクの淵をなぞる。

「テルとデュエルをするためです。お遊びなんかじゃない。本気のデュエルを」