にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 宝石を継ぐもの-6

 本気のデュエル。
 神楽屋は心中でその言葉を反芻する。その最中、昨日のリソナ――今はアカデミアに行っているほうの――とのデュエルがフラッシュバックする。神楽屋が手加減をしたことで、リソナは怒り心頭といった様子だった。その後、神楽屋とは別の<ジェムナイト>使いを目撃したことでショックを受け、その件はなかったことのような扱いになっていたのだが……
(まさか、5年後までそれを引きずってたわけじゃねえよな)
 もしそうだとしたら執念深いというレベルではない。さすがにないだろうと馬鹿げた考えを頭から追い出し、神楽屋は思考を整理する。
「……デュエルをするために未来から来たってことは、5年後の俺はお前の言う『本気のデュエル』ってやつができない状態ってことか?」
 神楽屋の問いに、リソナは表情を曇らせながら頷く。この様子では、あまりいい理由ではないようだ。
「何かあったんだな」
「……聞きたいです?」
 リソナが向ける悲痛な眼差しを見れば、5年後の自分がどうなっているかはおおよそ察しがつく。だから、ここでこの話題を打ち切ることは賢明な判断に思えた。
「教えてくれるんなら、参考までに聞いておきたい。俺の未来ってやつを」
 だが、神楽屋はリソナに続きを要求した。
 自分の未来を知りたいという欲求は、人間なら誰しも持っているものだろう。単純な好奇心から、これから起こる危機を回避し未来を変えるための布石を打つため……理由は様々だろうが、多くの人間が訪れるであろう未来のビジョンを見たいと願うはずだ。
 神楽屋の理由は後者に近い。もし、時枝探偵事務所を開く前――正義の味方時代の自分なら「未来は自らの手で切り開くもの」と言って、大きな後悔を胸に半ば自暴自棄になっていたレボリューション時代の自分なら「先のことを知ってもどうにもならない」と言って将来の情報を拒否したはずだ。
 今は違う。守るべき仲間たちがいる。もう自分1人の命ではないのだ。賭ける場面を見誤れば、命と引き換えに守れるはずだったものが守れなくなる。未来のリスクを知ることができるなら、知っておくべきだ。
「……分かったです」
 リソナは神妙な顔で思案していたが、覚悟が決まったようで、深呼吸してから口を開く。「テルは――」
「待った」
 そこで神楽屋は昔に見たSF映画の設定を思い出し、今まさに語り始めようとしていたリソナを制止する。
「どうしたです? やっぱりやめるですか?」
「いや……お前がベラベラ喋ったせいで未来が変わって、ここにいるお前が急に消滅したりしないよな?」
「それは大丈夫です。テル、言ってましたから。『やっぱりこうなっちまったか』って。それに、未来が変わるほど詳しくは話せないです」
「…………」
 つまり、未来の自分は結果を知った上で行動し、再起不能になってしまったわけか。
「……どんだけ馬鹿野郎なんだかな」
「何か言ったです?」
「何でもねーよ。続けてくれ」
 どうやら、5年後の自分は今とそう大差ないらしい。人間は意欲さえあればどこまでも成長する生物ではあるが、神楽屋輝彦という生物の成長はぱったり止まってしまったらしい。神楽屋がひらひらと手を振ると、リソナは咳払いをしてから話を続けた。
「……これから、ネオ童実野シティ――いや、世界の行く末を賭けた大きな戦いが何回かあるです。リソナたちが大きく関わった戦いもあれば、傍観者だった戦いもあったです。テルは、その戦いの中で――」
 言葉に詰まる。見れば、リソナの瞳には涙が浮かび始めていた。その様子を見て、神楽屋は自らに待ち受けているのが最悪の結果であることを察した。
「……死んだ、か」
「……ここに来る前、誰かの声が聞こえたです。『未来は必ずしも同じとは限らない』って。だから、今ここにいるテルが、リソナの知ってる未来と同じ道筋を辿るかどうかは分からないです。でも……」
「少なくとも、お前の知ってる過去じゃ俺は死んだ」
「……テルは最後までバカテルだったです。敵だった女の子を助けようとして、それで――」
 声が途切れる。その光景を思い出してしまったのだろう。俯いたリソナは膝の上に置いた拳を震わせながら、必死に涙をこらえていた。
「……ハッ。俺にとっちゃ、天寿全うの次にいい死に方じゃねえか」
 腰を上げた神楽屋は、リソナの頭に手を置くと、そのままわしゃわしゃと乱暴に撫でる。
「わっ! わっ、わっ! ちょっと何するですかテル!」
「ずっと傍で見てたなら分かるだろ? 俺がそういうヤツだってこと」
「それは……そうですけど……」
「なら、死ぬって分かってても俺は同じ選択肢を取るだろうよ」
 誰かを助けるために、命を落とす。これほどヒーローらしい美談はないではないか。
「……言っとくが、喜んでるわけじゃねえぞ」
 自分が死んで、仲間たちはどう思うか。残された彼らがどうなるのか。その時の神楽屋は、最後まで迷ったに違いない。それでも、命を賭して助ける道を選んだのは――
(……自分がいなくなっても大丈夫だって信頼してたからだろうな)
 悲しむことはあっても、絶望して道を違えることはない。それを信じていたのだ。
「分かってる、です」
 リソナは口を尖らせる。成長した彼女の様子を見れば、その信頼が間違っていなかったことが分かった。
「んじゃ、お前の望みを叶えるとしますか」
 神楽屋は腰に下げたデッキホルダーに<ジェムナイト>デッキが収まっているのを確かめたあと、壁に立てかけられたデュエルディスクを手に取る。
「未来の自分ができなかった詫び代わりだ。相手してやるよ、リソナ」
 そう言うと、暗かったリソナの顔が一気に明るくなる。
「――望むところです! テル!」

◆◆◆

 背中にリソナの温もりを感じながら、神楽屋はアクセルを回す。エンジンが唸りを上げ、Dホイールが緩やかに加速した。
 降り注ぐ陽光は温かいが、吹きつける風はやや冷たい。長袖のシャツを着てきて正解だったと思いながら、
「寒くないか?」
 後ろに座り、神楽屋の腰に手を回しているリソナに向かって声をかける。
「平気です!」
 すると、大声で返事が聞こえてきた。風切り音に加えてフルフェイスのヘルメットを被っているせいで、声がくぐもってしまい聞きとり辛いのだ。
 思えば、リソナを後ろに乗せたのはこれが初めてかもしれない。今のリソナの幼児体型だと、まともにまたがることもできなかった。
(立派に成長したもんだな……主に胸が)
 リソナは微塵も意識していないだろうが、さっきから背中にむにむにと柔らかな感触が伝わってきているため、神楽屋としては非常に複雑な心境である。男の端くれとして成長したリソナには魅力を感じないでもない――むしろ好みのスタイルなのだが、相手はあのリソナなのである。実年齢よりも精神年齢が幼く、風呂から上がった後、全裸のまま平気で家中を走り回っていたあのリソナなのである。成長したとはいえ、リソナを「男」の視線で見ることにはかなりの抵抗を感じる。
(それにしても、創志の作る料理には胸をでかくする成分でも入ってんのかね)
 つるぺた幼児体型だったリソナが、ここまで成長するとは……ティトも創志たちと一緒に暮らすようになってから胸が大きくなったと言っていたし、あの男が作る料理には貧乳に悩む女子垂涎の何かが含まれているのかもしれない。
 今度調理しているところを見物しよう、と心に誓ったところで、目的地に到着した。
「着いたけどよ……本当にここでよかったのか?」
「何言ってるです。ここ以外考えられないです!」
 リソナがデュエルの舞台として希望したのは、ネオダイダロスブリッジを渡った旧サテライト地区にある港――サワヒラ港だった。
 かつてはサテライトからシティへの物資運搬のために多くの輸送船が停泊していた工業港だが、ネオダイダロスブリッジが完成してからは、以前ほど海路による運搬が少なくなり、寂れた印象を漂わせていた。太陽が天高く上る昼時だというのに停泊している船は皆無で、人の気配がなかった。だからこそ、神楽屋たちが許可も無しに立ち入っても咎められないのだが。
「テルはここのこと覚えてるですか?」
「……忘れるわけないだろ」
 神楽屋がそう答えると、リソナは満足そうな笑顔を見せた。
 このサワヒラ港は――正確にはここに停泊していた貨物船――神楽屋とリソナにとって、人生の転機となった場所である。治安維持局への反逆を企てていたデュエルギャング、レボリューションに属していた2人は、ここで皆本創志やティト・ハウンツをはじめとした人々に出会い、彼らとデュエルをすることで変わった。
「……懐かしいです」
「そうだな」
 リソナと神楽屋が感じている懐かしさには時間の隔たりがあったが、気持ち自体は同じだろう。あの事件がなければ、自分たちはこうして日常生活に溶け込んでいることはなかったはずだ。
「……何ならここで思い出話に花を咲かせてみるか? 色々と聞きたいこともあるしな。例えば……創志とティトがどうなるか、とかな」
「あはは、それも面白いかもしれないです。けど――」
 微笑みながらも、リソナは左腕に装着したデュエルディスクを展開させる。
「ここまで来て、お預けは無しです。テル」
「……だよな」
 リソナの瞳には闘志がみなぎっている。未来を語るときに見せた寂しげな表情は欠片も残っておらず、これから開かれる戦端を待ちかねているようだった。
 神楽屋はDホイールからデュエルディスクを取り外すと、デッキをセットしてから左腕に装着。そのままデュエルモードへと移行し、ディスクが展開する。
 何故、リソナは過去に来てまで神楽屋とのデュエルを望んだのかは分からない。
 だが、彼女と本気のデュエルをすれば、その答えが見えてくる。そんな予感がした。
 ――何故なら、彼らはデュエリストだからだ。
「本気できてくださいね、テル」
「ハッ。そうしてほしいんなら、体だけじゃなくてデュエルの腕前も成長したところを見せてみろ」
「言ったですね!」
 売り言葉に買い言葉のような応酬だが、リソナは無邪気な笑顔を浮かべている。
 そして、神楽屋もまた期待に満ちた笑みを広げているのだろう。
 かくして、実現し得なかったはずの「本気のデュエル」が幕を上げた。