にわかオタクの雑記帳

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遊戯王 New stage 番外編 ジェムナイトは砕けない-8

「眠れねえ……」
 原因は、間違いなくカフェインの過剰摂取である。昼間にコーヒーを飲み過ぎたせいだ。
 窓の外はすでに闇に包まれ、曇り空のせいで月や星の輝きは見えない。通りに設置された街灯の明かりだけが、外の世界が完全な闇に包まれてしまったのではないことを教えてくれる。
 応接室のソファで横になっていた神楽屋だったが、いつまで経っても眠気が訪れないことにしびれを切らし、一度立ち上がると大きく伸びをした。凝り固まった筋肉がほぐれ、心地よい倦怠感が体を包むが、生憎目はギンギンに冴えている。
(散歩でもしてくるかな……)
 神楽屋がそう考えたとき、キッチンのほうで物音がした。続いて、明かりが点けられたようだ。応接室とキッチンを仕切る扉から、光が漏れ出ている。
 誰かが飲み物でも取りに来たのだろうか。客人であるほたるにはティトとリソナの部屋で一緒に寝てもらっているが、慣れない環境のせいでなかなか寝付けなかったのかもしれない。
「入るぜ」
 キッチンにいる人物を驚かせないよう一声かけてから、神楽屋は扉を開く。すると、そこにはほたるではなく、見慣れた線の細い少年が椅子に座っていた。
「信二か。珍しいな」
「ごめんなさい。起こしちゃいました?」
 申し訳なさそうに頭を下げる信二の前には、半分ほど水が入ったコップが置かれている。
「元々寝てなかったから気にすんな。それより、何かあったのか?」
 足が悪い信二は、2階にある自室(創志と相部屋だが)にいることが少ない。階段の上り下りに、人の手を借りなければならないからだ。リハビリの成果もあり、最近では1人で階段の上り下りをすることもあったが、無理をしていることに変わりはない。2階にもトイレは備え付けてあるため、就寝のために部屋に上がった信二が、1人で下に降りてくることは珍しかった。
「……ちょっと、白下さんのことを考えてて」
「ほたるのことを?」
 首肯した信二は、コップを包み込むように両手を添えながら、口を開く。
「白下さんを見ていると、昔の……レボリューションにいた頃の自分を思い出します。無駄に強がって、周りの助けなんて必要ないんだってアピールして……けど、心のどこかでは誰かに頼りたくて。もちろん白下さんと僕は違います。白下さんは、僕ほど誰かに依存しているようには見えないし……僕みたいに、変に思いつめて暴走してない。けど、ちょっと似てるな、って思ったんです」
「…………」
 信二は、非力な自分が嫌いで、兄である創志に頼りきりな自分を変えるために、光坂の甘言に乗り、レボリューションに入った。サイコパワーを酷使し、弱い自分を消し去ろうとした。竜美が止めなければ、人殺しを犯していたかもしれない。
 けれど、それは――
「……ま、確かにツンツン具合はあの頃のお前と似てるかもな」
 暗い雰囲気を払拭させるために、神楽屋はあえて軽い口調で言う。
「神楽屋さん……」
 信二の表情が緩んだのを見て、神楽屋は少年から視線を外しつつ、続けた。
「けどな、あれはお前が自分を変えようとしてもがき苦しんだ末に、辿りついた結果だ。暴走なんかじゃねえよ。例え間違いだったとしても、あの時のお前が出した結論なんだ。否定するなとは言わないが……あんまり過去の自分を責めるなよ」
 言ってから、神楽屋はその言葉が自分自身にも向けられていることに気付く。そして、信二を諭しておきながら――自分は過去の自分を責め続けていることに、罪悪感を覚えた。
「悪い。知ったような口を利いちまったな。出過ぎた真似だった」
 だから、謝罪の言葉が出てくるのは必然のことだった。
「……いえ。ありがとうございました。おかげで、ちょっと楽になった気がします」
 そう言って、信二は微笑を浮かべた。思えば、信二とここまで話したのは初めてかもしれない。神楽屋と信二のあいだにあった薄壁が、取り払われたような感じがした。
「白下さんの依頼は、達成できそうですか?」
「……何とも言えねえな」
「そうですか……できれば、あの人には悲しい顔をしてほしくないので……」
 階段へと続く扉を見ながら、信二は独り言のように呟く。神楽屋に無駄なプレッシャーを与えないように、はっきり告げるのを避けているのだろう。
「ハッ、それには同感だな。どうにかやってみるとするか」
 アイツは、笑ってるほうが魅力的だ。神楽屋はガラにもなくそんなことを考えていた。