にわかオタクの雑記帳

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遊戯王 New stage 番外編 ジェムナイトは砕けない-9

 翌日の早朝。まだ薄暗く、ひんやりと冷たい空気が漂っている中、神楽屋は愛車のDホイールで旧サテライト地区へ向かった。目的は、もちろん豹里についての情報収集だ。
 すでに起床していた創志に事情は伝えてある。まだ寝ているであろうほたるには、旧サテライト地区に向かうことは隠していた。「一緒に行く!」とごねられ付いてこられた場合、行動範囲が大幅に縮小されてしまうからだ。無論、ほたると一緒にいることで得られる情報もあるだろうが……まずは神楽屋自身の情報網をアテにすることにした。
 ネオダイダロスブリッジを走り抜け、神楽屋は少し後悔する。考え事に夢中で、景色と風を堪能するのを忘れていたのだ。思えば、ここ最近は細々とした移動にDホイールを使うくらいで、ライディングデュエルはおろか、まともに長距離を走ったことすらなかった。
 鈍った勘を取り戻すかの如く、神楽屋がアクセルを回したときだった。
(――ッ。とうとう来やがったか)
 予想よりも早い。向けられたわずかな敵意を感じ取りながら、神楽屋は慎重に後方を確認する。
 旧サテライト地区に入った辺りから、黒塗りのDホイールが2台、こちらを尾行している。車間がそれほど空いていないところから見ると、尾行は露見すること前提なのだろう。本命は、その後の強硬手段と言ったところか。
 ドライバーは2人ともフルフェイスのヘルメットを被り、紺色のライダースーツを纏っているため、正体は不明だ。体格から見て男なのは間違いないはずだが……
(豹里のヤツが放った刺客――だろうな。だが、このタイミングで仕掛ける理由があるか?)
 情報操作を徹底しているなら、そもそもほたるが神楽屋の元へやってきたこと事態に疑問が残る。それでいて、まだ豹里の「本当の顔」を白日のもとに晒すための有力な手掛かりは得ていない。もし、豹里が神楽屋を泳がせているのだとしたら、まだ潰すには早すぎると思うのだが――
(考えても仕方ねえか。向こうはやる気みたいだしな)
 尾行に気づいてから、神楽屋はルートを変更。区画整理が済んでおらず、人気のない廃工場地帯を疾走する。
 周囲から一般車両が消えるや否や、黒塗りのDホイールはあからさまに速度を上げた。
「――――ッ!」
 合わせて、神楽屋もさらにアクセルを回す。
 エンジンが唸りを上げ、マフラーが撒き散らす音が激しくなる。神楽屋は身を沈め、空気抵抗を減らす。
 風を切り裂き、Dホイールが加速する。
 それは、黒塗りの襲撃者を引き離すため――
「――ここだッ!」
 ではない。
 神楽屋はアクセルグリップから手を離し、両手でブレーキレバーを引く。
 急加速からの急停止。ホイールから火花が散るが、構う余裕はない。
「…………!?」
 速度を上げていた2台のDホイールの間をすり抜け、神楽屋は襲撃者の背後を取る。
「――ちょっと灸をすえてやるよ!」
 前部ボディの裏側にセットされたデュエルディスクは、あらかじめ起動させてある。神楽屋はデッキからカードを引きぬき、ディスクにセットする。
「頼むぜ、<ジェムナイト・マディラ>!」
 赤銅色の甲冑を纏い、溶岩のように燃え滾りながら発光する剣を手にした騎士――<ジェムナイト・マディラ>が立体映像として浮かび上がるが、神楽屋はサイコパワーを持ってそれを具現化する。
 背中を取られたことに焦った襲撃者たちは、神楽屋に続くようにブレーキをかけ、減速している。このタイミングなら、攻撃を加えても大事故には繋がらないはずだ。
 主人の意を汲み取った騎士が、空中を疾駆する。
 一閃。
 薙ぎ払われた剣閃は、断ち切るためのものではない。刃の腹を使った打撃だ。
 払った勢いを利用して体を移動させつつ、返す刀で二撃目。
 直撃を受けた襲撃者たちは、バランスを崩して倒れる――
「なっ……!?」
 そこで、神楽屋の予測を越える事態が起こる。
 2人の襲撃者は、打撃を受けて傾いていた体を強引に引き戻すと、倒れるDホイールを足場にして跳躍。真上に飛び上がり、こちらに向かって急降下してくる。どう見ても人間業ではない。
「くっ……」
 今から加速しても、上空からの攻撃は回避できない。なら、迎え撃つしかない。
 神楽屋はブレーキを引きつつ後輪を横滑りさせる。摩擦でゴムが焼け、ひび割れたアスファルトに黒の軌跡が刻まれる。
「<マディラ>!」
 前方に跳んでいた赤銅色の騎士を呼び戻す。
 襲撃者たちは、空中で姿勢を整えながら、両手を空へ向けてかざす。
 すると、何も無い空間から鎌が出現し、襲撃者たちはそれぞれ得物を手に取った。
(サイコデュエリストか……!?)
 先程の超人じみた動きも、魔法カードの効果を具現化し、自らの肉体を強化したというなら納得がいく。
 2人の襲撃者は、ほぼ同時に神楽屋へ襲いかかってくる。1人は<ジェムナイト・マディラ>で防げるだろうが、もう一方は――
(自分で何とかするしかねえか!)
 Dホイールが完全に停止すると同時、襲撃者の鎌が振り下ろされた。
 ガキィン! と。
 1本は溶岩のような輝きを秘めた剣に。
 もう1本は、Dホイールのリアボディに激突した。
 停止する直線、わずかにアクセルを回し、狙いを逸らした結果だった。
「ハッ! 思いっきりボディを固くしておいて正解だったぜ!」
 その分速度が犠牲になったことを後悔したものだが、今だけは感謝しなくてはならない。
「オラァッ!」
 Dホイールから飛び降りた神楽屋は、その勢いのまま襲撃者に跳び蹴りを放つ。
 襲撃者は後ろに下がってそれを避けるが、わずかに体勢が崩れる。懐に潜り込んだ神楽屋は、着地の際に曲げた膝に力を溜め、流れるように右のアッパーカットを繰り出す。顎にヒットさせて昏倒させるのが狙いだ。
「あ」
 放ってから気付く。相手が、フルフェイスのヘルメットを被っていることに。
 慌てて軌道を修正――なんてことができるはずもなく、神楽屋の右拳はヘルメットの顎部分を強打する。
「いっ……てええええええええええええ!」
 骨が砕けたかと思うほどの激痛が走るが、ライダー用のグローブをしていたのが不幸中の幸いだった。最悪でもヒビが入った程度で済んでいるだろう。
 痛みの代償として、襲撃者のヘルメットが外れ、どこかへと吹き飛ぶ。
「……何の冗談だ。それはよ」
 痛む右拳を抑えながら、神楽屋は低い声で呟く。
 ヘルメットの下から現れたもの。それは、またしても顔を覆い隠す仮面だった。
 濁った橙色の宝石が両目代わりに埋め込まれ、口の部分は一直線に穴が空いている。が、その奥にあるのは闇だけで、仮面の下の素顔を知ることはできない。
 ガギィン! と、金属を砕いたような音が響く。見れば、<ジェムナイト・マディラ>がもう1人の襲撃者のヘルメットを破壊したところだった。そして、そこから現れたのも、同じく奇術師が付けているような仮面。
(……待て。俺はこの仮面をどこかで見たことがある)
 ヘルメットが外れた途端棒立ちになってしまった襲撃者たちを警戒しつつ、神楽屋は記憶を探る。実物を見たわけじゃない。写真――いや、絵で見たことがあったような気がする。
(そうだ! こいつは――)

「<カオス・ウィザード>」

 神楽屋が探り当てた答えを、別の人物が代弁した。
 声は神楽屋の背後から聞こえた。いつの間に背中を取られたのか――自らの勘の鈍さを叱責し、相手の気配の隠し方に感嘆を覚えつつ、振り向く。
 そこに立っていたのは、純白のコートに身を包んだ男。
 肩には、セキュリティの紋章があり、左腕には三日月のようなフォルムのデュエルディスクが装着されている。
 子供たちにプレゼントを配る白ひげの老人……サンタクロースと見間違うような、柔らかな笑顔を浮かべる男の顔に、見覚えがあった。
「テメエが……豹里兵吾か」
「ご名答。会えてうれしいですよ。神楽屋輝彦君。いや、ここは――」
 一切の敵意を含まない眼差しが、神楽屋に向けられる。
 だが。

「正義の味方君、と言ったほうがよろしいかな?」

 続く言葉には、最大限の嘲笑が込められていた。