にわかオタクの雑記帳

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遊戯王 New stage 番外編 ジェムナイトは砕けない-11

「着いたよ」
 案内されたのは、人の多い居住区から少し離れたところにある、裏通りのような場所だった。ゼロリバース以前はちょっとした歓楽街として栄えていたのだろう。建物自体は無事だが、看板などの装飾はことごとく破壊され、以前の賑やかさは皆無だ。
 Dホイールからぴょん、と飛び降りたほたるは、ヘルメットを外して神楽屋に向かって投げ返してくる。ぶつけるつもりで投げたような速度だったが、神楽屋はそれを難なくキャッチする。
「……こっち」
 不機嫌そうに言ったほたるが指差したのは、地下へと続く階段だ。少女に先導され、神楽屋はその階段を下りる。壁には様々なバンドのポスターが貼られているが、半分以上剥がれてしまっているものがほとんどで、神楽屋が知っているグループはひとつもなかった。
「――何するつもりか知らないけどさ」
 階段を降り切った先にある扉に手をかけたほたるが、意を決したように口を開く。
「ゴースト・エンペラーのメンバーは、いい人たちばっかりだから。そりゃ、ちょっと乱暴だったり、悪い事してたりしたひともいるけど……みんな私の大切な仲間なの。変なことしたら承知しないからね」
「……肝に銘じとくよ」
「そ。ならいいわ」
 神楽屋の答えに満足したのか、ほたるはゆっくりと扉を開く。
 貼られていたポスターの種類から、神楽屋はライブハウスだった場所だろうと思っていたのだが、それだけではなかった。小さな劇場を連想させる装飾が施されたホールには、手前にビリヤード台が置かれ、左手にはバーのカウンター。奥にはこれがメインであろうステージが設置されている。サテライトにあるとは思えないほど手入れが行き届いており、埃っぽさが感じられなかった。
「ほたる! お前どこ行ってたんだよ!」
「ほたるちゃ~ん! 心配したのよ!」
 扉を開いた途端、入口付近にいた男女が駆け寄ってくる。ガシッとした屈強な筋肉を持つ短髪の大男は、いかつい顔に似合わず瞳を潤ませ、髪をド派手な赤色に染め、耳にはいくつもピアスを開けた厚化粧の女は、ほたるを遠慮なく抱きしめる。
「ただいま。それと、心配させてごめんね」
「いいのよ。ほたるちゃんが無事に帰ってきたんだから。それだけでハッピーよ」
「よっしゃ! 今日は宴だぜ!」
「ちょ、ちょっと……えへへ」
 大袈裟に騒ぐ2人をなだめつつ、ほたるははにかむように笑う。これが、素の彼女なのだろう。本当に幸せそうだな、と神楽屋は思う。
 とはいえ、神楽屋の心は晴れることはない。トレードマークの中折れ帽を深く被り直し、簡単に顔が見えないようにする。
「――ほたる」
 まさに宴が始まろうかという浮ついた雰囲気の中、奥のステージから声が響いた。よく通る声だったが、そこに明確な感情が浮かんでいたわけではない。なのに、場は一瞬で静寂に包まれた。
「……三隅(みすみ)さん」
 ほたるを呼んだのは、信二と同じように線の細い少年だった。背もそれほど高くなく、ぶかぶかの服を着て誤魔化しているが、筋肉の足りなさは一目で分かる。肌は青白く、唇は紫色。こんな場所にいるせいか、どこか病に冒されているように見える。
 しかし、腹をすかせた狼のように獲物を逃さんとギラつく瞳と、その真下に刻まれたマーカー――犯罪者の証が、神楽屋に異様な警戒心を抱かせた。
「出かけるのは構わないが、必ず行き先を伝えていけ。無用な心配をかけるな」
「ご、ごめんなさい」
 ステージに腰掛けていた少年――三隅は、言いながらこちらに近づいてくる。言葉に怒気は含まれていないが、ほたるはたじろいでいる。迷惑をかけたことへの引け目もあるだろうが、それ以上に三隅のことを怖がっているように見える。
「次は気を付けろ。それで、どこに行っていたんだ? ――後ろにいるその男と、何か関係があるんだろ?」
 三隅の鋭い視線が神楽屋に向けられるが、中折れ帽を被った青年は動じない。代わりに、隣にいたほたるがびくりと肩を震わせた。
「……豹里兵吾のことで、力を貸してもらおうと思って。ほら、岩見さんがやられたでしょ? 近隣のチームで解散に追い込まれたところもあるみたいだし、手を打つなら早いほうがいいかな、と思って……」
「岩見、か。あいつはお前がいない間に除名した」
「え……?」
「岩見くんはちょーっとおイタが過ぎたもんね。豹里に目を付けられたのも、調子に乗ってたからだろうし」
「デュエルギャングって言っても、俺たちはここに集まってバカ騒ぎしてるだけだ。周りに迷惑はかけてねえし、豹里にやられることはねえよ。相変わらず心配性だな、ほたるは」
「で、でも……」
 ゴースト・エンペラーのメンバーは、口々にほたるの心配は杞憂だと諭すが、本人は不安げな表情を浮かべたままだ。
「そういうことだ。せっかく来てもらったのに悪いが、お引き取り願おう」
 黙ったままの神楽屋に向けて、三隅ははっきりとした口調で告げる。これは自分たちの問題であり、部外者の立ち入りは厳禁――そう言いたいのだろう。
「……ハッ」
 神楽屋は一歩を踏み出す。
 行き先は、ホールから出る扉――
 ではなく。
「――このまま素直に帰るわけにはいかねえな。こっちも言いたいことがあるんでな」
 ゴースト・エンペラーのメンバーの中を通り抜けた先に待つ、三隅という少年。
「輝彦――?」
 ほたるの瞳が不安と焦燥の色に濡れるが、神楽屋はそれを無視して三隅の前に立つ。
 最初は神楽屋の行動に疑問を抱いていた三隅だったが、やがてある答えに辿りついたようで、驚愕に目を見開く。
「よう。久しぶりだな。俺のことを覚えてるか?」
 そう言って、神楽屋は被っていた中折れ帽を脱ぐ。
 青年の正体を確認した三隅は、ぎらつく瞳に憎しみの炎を灯し、吐き捨てる。
「……忘れるわけないだろ! お前は……お前だけは!」
 三隅の拳が震える。殴りかかりたい衝動を、必死にこらえているようだった。

「神楽屋輝彦……! 俺の……俺たちの居場所を! ファントム・ハルパーを潰した男!」


 ファントム・ハルパー。
 その名前が豹里の口から告げられたとき、神楽屋の思考が停止した。
 豹里に対して抱いていた怒りも、嫌悪も、全て消し飛んでしまった。
 神楽屋にとって、その名前は絶望を想起させる。
 痛みと後悔に塗りつぶされた、最悪の記憶。それを呼び起こすための引き金。
 稲葉ミカドを誘拐し、彼の両脚を奪ったデュエルギャング。
 それが、ファントム・ハルパーだった。


「俺のことを憎むのは勝手だが、お前らはそれに足る行動をしたってことを忘れんなよ。あいつは……ミカドは、今も歩けないんだ」
「それは……確かに、俺たちがやったことは褒められたことじゃない。けど、あの時は自分たちの居場所を守るために必死だったんだ! 正義の味方気取りのバカ野郎のせいでな!」
 三隅は怒りを顕わにして、それを神楽屋にぶつける。
 当時のファントム・ハルパーは順調に勢力を拡大していたものの、人数の肥大化に合わせて末端の管理が難しくなり、私利私欲のために暴走するものが後を絶たなかった。神楽屋はそんな暴走した連中の被害にあった人々を助けるため、ファントム・ハルパーと戦い、勝利を収めた。それがメンバーの中でも過激派とされた人間の怒りを買うことになり、復讐のためにミカドは誘拐され、二度と歩けない体にされた。
 ゴースト・エンペラーのメンバーの反応は半々だった。ほたるのように事態についていけず困惑するものと、三隅のように神楽屋に怒りや憎しみの視線を向けるもの。後者は、元ファントム・ハルパーのメンバーなのだろう。
「ケイさんは……俺たちのリーダーは、ファントム・ハルパーを守ろうとしてたんだ。けど、一部の連中の暴走を止めることができなくて……それで、あんなことになった。人質を取って、神楽屋の野郎を脅迫しようって……ケイさんは最後まで反対したんだ! それをお前は――」
「……俺だって、あの時の自分が全て正しかったと思ってるわけじゃねえさ。感情に流されて、ファントム・ハルパーをぶっ潰した。恨まれても仕方ねえ」
 あの頃の自分は、人々を助けることに夢中で、倒した悪が人間であるということに気付いていなかった。フィクションのように、倒されるために用意されたわけではない。人間である以上、悪事を行うための理由があり――中には、苦渋の選択を強いられた人間もいるはずだ。何かを守るために、悪に手を染めるしかなかった人間もいたはずだ。だからこそ、神楽屋は自分が恨まれても仕方のない人間だということを自覚している。
「けどな、それはお前らを許す理由にはならないんだよ。お前は俺のことが許せねえだろうし、俺もお前らのことが許せねえ。どんな事情があったにせよ、ミカドの足を奪ったのはお前らだ」
「…………ッ」
 三隅は悔しげにうつむく。理性では神楽屋の言い分が正しいと分かっているのだが、感情は納得することを拒んでいるのだろう。そのせめぎ合いが、表情に表れていた。
「……言いたいことはそれだけだ。じゃあな」
 そう言って、神楽屋は三隅に背を向けると、今度こそ出入口の扉に向かって歩き始める。
 周りのメンバーの中には未だに憎しみの視線を向けるものもいたが、口を開こうとはせず、黙って神楽屋を見送る。
「あ……」
 ホールを出る直前、ほたると目があった。ツインテールの少女は最後まで事態についていけなかったようで、何と声をかけていいか迷っているようだ。
「ワリィが、そういうことだ。俺には、お前の依頼を受ける資格がない。他を当たってくれ」
 ほたるが口を開くより先に、神楽屋から声をかけた。彼女が探偵事務所を訪れてから、今日で3日目。神楽屋が提示した情報収集期間の最終日だ。
「言ったよな? 依頼達成が困難だと判断した場合、降ろさせてもらうって。俺はファントム・ハルパーに手を貸すつもりはないし、向こうも願い下げだろうぜ」
「で、でも……」
「お前の仲間が大丈夫って言ってるんだ。もし豹里に目を付けられたとしても、何とかなるだろうよ」
 ほたるはまだ何かを言いたそうだったが、神楽屋は続きを待たずにホールを出ようとする。
「――待て」
 その背中に、声がかかった。
 振り向くと、三隅がデュエルディスクを装着しているところだった。デッキをセットし、ディスクを展開させる。ソリッドビジョンシステムが起動し、わずかな駆動音が響く。
「俺とデュエルしろ」
 低い声で告げた三隅には、最初の時のような過剰な怒りは見られない。
「……ハッ。理由を訊こうか」
「証明するのさ。お前の力なんて借りなくても、俺たちは十分強いってことをな」
 神楽屋をデュエルで倒すことで、自分の力が上だということを証明する。実力が劣る人間の力など借りる必要はないと言いたいのだろう。三隅の狙いを推測した神楽屋は、
「――いいぜ。受けよう」
 彼の誘いに乗る。当然、三隅の思惑通り負けてやるつもりはないが――勝って自分の実力を証明したいわけではない。
 もやもやした気分のまま帰るよりは、デュエルでもして幾分か気を紛らわせたほうがいいと思った。それだけだった。