にわかオタクの雑記帳

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遊戯王 New stage 番外編 ジェムナイトは砕けない-10

「……ハッ、俺なんか現役サマの足元にも及ばねえよ。こんなところまで悪者退治に足を運ぶとは、随分仕事熱心なことで」
「いえいえ。好きでやっていることですから」
 沸騰しかけた頭を落ち着かせ皮肉を返すが、豹里がそれに動じることはない。セキュリティの男は、ゆっくりとした歩調でこちらに向かってくる。
「こいつらはお前の差し金か?」
「その通りです。ちょっとした実験も兼ねていましてね。手荒な真似をして申し訳ないとは思いましたが……神楽屋君であれば難なく切り抜けられるだろうと」
 豹里は、襲撃者を放ったことを隠そうともせず、素直に首肯する。年齢的には20代前半だと思うが、気持ち悪いくらい穏やかな笑みのせいで、神楽屋よりもずっと年を重ねているように見える。
「実験、だと?」
「こう見えてもサイコデュエリストの端くれでしてね。自分がどの程度の力を持っているのかを計りつつ――」
 言いながら、豹里はデュエルディスクにセットされていたカードを取り外す。
「今後、どのように悪を存続させていくかのテストをしていたのですよ」
 豹里が手にしたカードは、<突然変異>。

<突然変異>
通常魔法(禁止カード)
自分フィールド上モンスター1体を生け贄に捧げる。
生け贄に捧げたモンスターのレベルと同じレベルの
融合モンスターを融合デッキから特殊召喚する。

 自分フィールド上のモンスターを生贄に捧げ、そのモンスターのレベルと同じレベルを持つ融合モンスターを特殊召喚する魔法カードだ。
「テメエ、まさか――」
「勘の良い方は好きですよ」
 豹里は相変わらず柔らかな笑みを浮かべていたが、印象が一気に逆転する。
 仮面を付け、鎌を持った襲撃者たち――この男は、普通の人間に対し<突然変異>の効果を具現化させ、文字通りモンスターに変異させたのだ。
 自分も含め、今まで神楽屋は何人ものサイコデュエリストに出会ってきた。力の使い方は人それぞれだったが……ここまで胸糞悪くなる使い方をする人間は初めてだった。
「彼らは悪であることを諦めてしまったのです。罪を犯すということは、例えれば底の見えない落とし穴に足を踏み出すことであり、一度落ちてしまえばそう簡単に地上に戻ることはできません。運良く途中にあった足場に留まることができたとして、そこで罪人が取る行動は大きく分けて2つあります。その足場に留まって一生を終えるか、さらに堕ちるか、です。彼らは停滞を選択した者たちです。悪人であることを否定し、かといって元に戻ることはできない。中途半端で空虚な人生を送るくらいなら――」
 豹里はそこで言葉を区切り、神楽屋の背後で立ち尽くす襲撃者たちに視線を向けながら、
「いっそのこと、化け物になって理不尽な悪を振りまいたほうがいいでしょう?」
 冷たく言い放った。
「……ふざけんなよ」
 こんな非道を平気で行う人間が、正義を語るのか?
 かつて自分が憧れたヒーローと、ヒーローになるために駆けまわっていた自分と、同列に語られるのか? 満足に人を救うこともできないだろうコイツが?
 冗談じゃない。
「おっと。さすがに芝居が過ぎましたか。彼らは元に戻してから解放するのでご安心ください。実験に協力していただいた代価として、彼らが犯した罪は見逃すことになっていますしね」
 神楽屋の剣幕に気圧された――フリをしながら、<突然変異>のカードをディスクから取り外す。サイコパワーによって現実に干渉していた魔法カードの効果が消え、襲撃者たちの顔から仮面が外れると、糸が切れた操り人形のように力無く倒れ込む。神楽屋は<ジェムナイト・マディラ>を待機させ豹里を牽制しつつ、倒れた襲撃者たちを助け起こす。2人の男は、どちらも生気を失っているように見えたが、呼吸はしているようだ。
「やはり、持続力に難有りですか。私のほうは問題ないのですが、<突然変異>させる対象は選別するべきですね」
「……人間をモンスターに変えてどうする気だ。軍隊作って戦争でも始めようってのか?」
「まさか。私は、戦争などという規模の大きい戦いは好みませんよ。戦いの規模が大きくなればなるほど、個人の主義主張が薄れてしまいますからね。私が目指すのは、明確な『悪』の討伐です」
「ハッ、なるほどな。自分から『悪の怪人』を作り出してるってわけだ。自作自演とは恐れ入ったぜ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
 褒められていないのを承知の上での返礼だろう。つくづく性格の悪い男だ。
 こうして自らの悪行を躊躇なく語っているということは、情報操作に余程信頼を置いているのか。だとしたら、神楽屋がこの場を無事に切り抜けられる可能性は低くなる。
「……貴方のことは調べさせてもらいましたよ。神楽屋輝彦君。なかなか興味深い人生を歩んでおられるのですね」
「――これ以上人を馬鹿にするんなら、こっちにも考えがあるぜ」
 <ジェムナイト・マディラ>が、わざと派手に音を立てながら、剣を正眼に構える。これ以上豹里の皮肉に付き合ってやるほど、神楽屋は我慢強くない。
「失礼。言い方を変えましょうか。貴方の運命は、つくづく数奇なものだと思ったのです」
「……どういうことだ?」
「ゴースト・エンペラーという名前はご存知ですね?」
 もちろん知っている。今回の依頼主である、白下ほたるが所属しているデュエルギャングの名前だ。
「そのチームは、とあるデュエルギャングが解散したことで、残ったメンバーが作り上げたものです。ゴースト・エンペラーの前身となったデュエルギャング。その名前は――」
 何故か。
 肌が、ぞわりと粟立った。

「――ファントム・ハルパー」


◆◆◆

「急にどうしたのよ。昨日はあたしを置いて1人でさっさと行っちゃったくせに、今日は一緒に来てくれだなんて……しかも、ゴースト・エンペラーのみんなに会いたいなんてどういう風の吹き回し? まだ依頼を受けると決めたわけじゃないんでしょ?」
「……まあ、な。手を貸すことになるかもしれない連中だ。ちょっと顔を見ておきたいと思ったんだよ」
「……ふうん」
 歯切れが悪そうに呟いたほたるは、イマイチ納得していないようだ。それを感じつつも、神楽屋は言葉を続けようとしなかった。
 旧サテライト地区での一件――豹里との邂逅から、1日が経過していた。豹里と別れ、襲撃者の男たちを詠円院に届けたあとは、できる限りの情報を集めた。
 そして、豹里の告げた事実が、真実であったことを確信した。
 事務所に戻ったのは、日付が変わってからだった。疲れ果てた神楽屋は、前日なかなか眠れなかったこともあり、泥のように眠りこんだ。そして、いつもの悪夢を見る。
 それでも早朝に目を覚ました青年は、ほたるに「ゴースト・エンペラーのアジトに連れて行ってほしい」と頼み、彼女を後ろに乗せたDホイールで、またしても旧サテライト地区に向かっているというわけだ。
「…………」
 きゅっ、と。腰にまわされたほたるの腕に力がこもる。
 不安、なのだろうか。
 神楽屋は余計な考えを外に追いやるように、アクセルグリップを回す。Dホイールが加速し、早朝のため車の数が少ないネオダイダロスブリッジを疾走する。
 今回もまた、風と景色を堪能する余裕はなかった。