にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 ジェムナイトは砕けない-17

「あ……ああ……」
 つい数秒前まで熱く燃え滾っていた思いが、急速に冷えていくのを感じる。立ち上がりかけていた体は鉛のように重くなり、ほたるはその場に座り込んでしまう。膝の傷は痛みが増したような気がした。
「こんなところにいたんですか。随分探しましたよ」
 そう言って微笑む豹里の顔は、少女に救いの手を差し伸べる神父のように見える。
 だが、そうではないことをほたるは知っている。
「さて。察しのいい貴方なら――いや、すでに私の正体を知っている貴方なら、どのようなご用件かお分かりでしょう?」
「あ……」
 豹里の左腕に装着された三日月のようなデュエルディスクを見て、ほたるは無意識のうちに後ずさる。が、豹里はそれを許さなかった。ほたるの後頭部に手を回し、強引に引き寄せる。
「やっ……!」
「デュエルギャングは存在するだけで悪。すでに貴方のお仲間には、私の裁きを受けていただきました。罪の重さによって程度の違いはあるにせよ――罪人は等しく裁かれるべきです。自分だけ逃れようなんて、そんな勝手は許しませんよ」
 ――逃げようとしていたわけじゃない! そう叫びたかったが、豹里の瞳の奥に潜む狂気を目の当たりにして、唇が震えてしまう。
「さあ! 刑を執行します! 刻みなさい、私の名前を」
 仰々しく言った豹里はほたるから手を離すと、デュエルディスクを展開させる。
 彼はサイコデュエリストだ。強い力を持ち、何食わぬ顔で人体実験をやってみせる精神力の持ち主でもある。
 逃げ場はない。戦う力もない。
 何も、できない。
 瞳の奥から涙がにじんでくる。昨日あれだけ泣いたのに。
 もう、大切な場所は失われてしまった。
 残酷に。理不尽に。
 ふと、神楽屋の言葉が脳裏をよぎった。
 ――俺は、お前のヒーローにはなれない。
 ヒーローが存在できるのはフィクションの世界だけで、現実は無慈悲な悪が平然とまかり通っている。それどころか、人の居場所を奪った男が正義を語っているのだ。
(おかしいよ、こんなの)
 反発できるのは、心の中だけ。
 少女の矮小な体は、指一本すら動かすことができずに、ただ裁きを受け入れるしかなかった。

「――待てッ!」

 それを止めたのは、1人の男の叫び声だ。
 表情を消した豹里が、声が飛んできた方向――背後へと振り返る。
「どうやら……間にあったようじゃの……」
 そこには、複数の人影があった。ほたるにとって見覚えがある人もいれば、初めて見る人もいる。先頭にいる若草色の着物を着たポニーテールの少女は、ほたるの記憶にないが、彼らは一様に息を切らし、額に汗を浮かべていた。どうやらここまで全力疾走してきたらしい。
「最悪の事態は避けられた、って意味での間にあったですけどね……すでにゴースト・エンペラーのアジトは襲われてしまったようですし。ごめんなさい……僕が同行したいなんて言わなければ……ゴホッ!」
 咳きこみながら言ったのは、車いすに乗った少年、皆本信二だ。腕を伸ばして弛緩させている様子から見るに、仲間たちに置いておかれないために全力で車輪を回したのだろう。
「何言ってんだ、信二。遅くなったのは神楽屋がうじうじしてたからに決まってんだろ。お前のせいじゃないし、俺はお前が一緒に行きたいって言ってくれたとき、すげえうれしかったんだぜ」
「兄さん……ありがとう」
「わたしもだよ。一緒にがんばろうね、しんじ。何をがんばるのかよくわからないけど」
 信二の近くには、兄である創志と、銀髪の少女ティトの姿がある。
「それに、ゴースト・エンペラーのほうには天羽さんが向かってくれたから大丈夫だ。あの人なら、涼しい顔して全員助けてくれるだろうぜ」
「むむ。そんなにすごい人なのか、朱野天羽というお人は。一度会ってみたいのう」
「それはまた今度だよ、せつ」
「そうじゃったの! 声をかけてもらった以上、全力全開で働かせてもらうとするのじゃ!」
 せつと呼ばれた着物の少女――友永切は、左腕に装着してあったデュエルディスクを展開させる。それを見た創志とティトも、同じように自分のディスクを展開させた。
「――豹里兵吾。お前は言ったな。デュエルギャングは、存在するだけで悪だと」
 そして、彼らの最後尾にいた男が、言葉と共に豹里の前へと進み出る。
 被った中折れ帽はずり下がり、ボサボサの髪が跳ねあがっている。額からは滝のように汗を流し、未だ息も整っていない。
 その男はとんでもなく不格好で。けれど――

「……なら、裁いてみろよ。俺たちデュエルギャング『レボリューション』をな」

 ほたるの瞳には、最高に輝いて見えた。