にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 ジェムナイトは砕けない-14

「俺の勝ちだな。再戦は受け付けないぜ」
 神楽屋が勝利を宣言し、立体映像が消え去ってなお、ほたるは呆然としていた。
 ほたるは、今日まで三隅がデュエルで負けるところを見たことがなかった。ほたるはもちろん、ゴースト・エンペラーの中では誰も三隅に勝ったことはなかったし、大規模なデュエルギャングとの抗争のときも、次々とメンバーが敗走する中、彼だけは敵のリーダーを撃破していたのだ。
 圧倒的な強さを持っていると思っていたリーダーが、負けた。
 たった3ターンで。たった2回の攻撃で。
 ほたるが連れてきた、探偵崩れの青年の手によって。
 敗北した三隅は、最初こそほたると同じように呆気にとられていたものの、やがて自分が負けたことを受け入れ、悔しさを押し殺しているようだった。視線を地面に向け、歯噛みしているのが分かる。
「……じゃあな」
 他のメンバーが動揺から復帰しないうちに、神楽屋は背を向けると、扉を開いて外に出て行ってしまう。理由はよく分からないが、妙に哀愁を漂わせたその背中を見ていると、もう二度と会えないのではないかと錯覚する。
(……そんなの、やだ!)
 神楽屋から遅れること数分、ほたるは体を縛っていた鎖から解き放たれたかのように走り出した。
 バン! と派手に音を立てて扉を開き、階段を二段飛ばしで駆け上る。
 上りきった先に、Dホイールにまたがりヘルメットを被ろうとしている神楽屋の姿があった。
「輝彦!」
 息を整える間もなく叫ぶと、神楽屋はヘルメットを被ったところで手を止めた。
「…………」
 言葉は無い。だが、向けられた視線が物語る。
 もう俺に関わるな、と。
 それでも――
「これで……これで終わりなの……?」
 引き留めずにはいられなかった。
 だって、理不尽ではないか。ゴースト・エンペラーのみんなに挨拶がしたいというから連れてきたのに、実は三隅と深い因縁があって、その上我らが頼れるリーダーに圧倒的敗北という泥を塗ったのだから。
 状況を引っかき回すだけ引っかき回して、自分の用が済んだからハイさよならなんて、そんなの虫が良すぎる。
 ――そうやって口汚く罵ってやりたかったのに、ほたるの口は少しも動かなかった。
「やだ……」
 代わりに、涙が溢れてくる。
 理不尽な仕打ちをされた辛さなのか、裏切られた悲しさなのか、それともこのまま別れたくないという寂しさなのか――どんな感情を含んだ涙なのか、ほたる自身にも分からなかった。
「こんなの……やだよぉ……」
 泣きたくない。これ以上みっともない姿は見せたくない。そんな思いとは裏腹に、涙は決壊したダムのように流れ続ける。
 神楽屋は、辛そうな表情で視線を逸らしたあと、
「……俺は、お前のヒーローにはなれない。ちっぽけで、自分勝手な人間なんだよ」
 そう囁き、Dホイールのエンジンを起動させた。エンジンが唸りを上げ、マフラーから白煙が吐き出される。
「何なのよそれ……」
 今すぐ駆け寄ってDホイールを蹴飛ばし、転ばせてやりたかった。けれど、そんな暇すら与えずに、神楽屋はアクセルグリップを回す。
「バカっ――!」
 胃に響くような重低音をまき散らしながら、Dホイールが走り去っていく。
「輝彦のバカぁっ……!!」
 その姿が見えなくなるまで、ほたるは叫び続けた。


 ほたるが地下のホール――ゴースト・エンペラーのアジトに戻ると、メンバーの一部が冷たい視線を浴びせてきた。元ファントム・ハルパーの人間だ。余計なことをしてくれたと心中で毒づいているのが分かった。
 三隅の姿は見えない。おそらく、ステージ裏にあるバックヤードに行ってしまったのだろう。彼が泣いている姿など想像できないが……やはり、神楽屋に負けたショックは大きかったのかもしれない。
 重苦しい空気の中、ほたるは隅に設置されたベンチに腰を下ろした。
「ほたるちゃん……」
 すぐに厚化粧の女性――四宮(しのみや)が心配そうに近寄ってくるが、
「あたしは大丈夫。ちょっと1人になりたいから、放っておいて」
 ほたるはそれを手で制した。言葉遣いがきつくなってしまったので、それを和らげる意味でも笑おうとしたのだが――上手く笑えなかった。
 四宮は「何かあったらすぐ呼んでね」と言い残し、ほたるから離れていく。
(……結局、あたしが1人で空回りしてただけなのかな)
 メンバーの一員であった岩見がやられたとはいえ、豹里がゴースト・エンペラーそのものに目を付けたとは限らない。三隅や四宮の言う通り、岩見はデュエルギャングという立場を利用して、暴力を振るったり、恐喝をしたりと目に余る行動が多かった。例え相手が豹里ではなかったとしても、セキュリティに睨まれた以上逮捕は免れなかっただろう。ほたる自身も、岩見のことを嫌っており、何度か衝突もした。
 しかし。
「…………っ」
 きゅっ、と両腕で自分の体を抱く。脳裏に焼きつく光景を思い出すたびに、体が震えた。
 ほたるは、見てしまったのだ。
 豹里が岩見に行った「処刑」――その一部始終を。
 つい先日、岩見が恐喝行為を止めようとした仲間に怪我を負わせたと知り、それを糾弾しようと帰宅する彼を追いかけた先で、それは行われていた。
 プライドを粉々に打ち砕かれ、心も体も蹂躙されてもなお、屈辱のループから抜け出すことはできない。あの一件以来、岩見はアジトに姿を見せなくなった。連絡もつかないため、今は何をしているのかは分からないが……彼の苦しんでいる姿は容易に想像できる。
 豹里兵吾は危険だ。ほたるは心の底からそう思った。
 そして、不仲だったとはいえ、仲間を見殺しにしてしまった罪悪感が、ほたるを突き動かした。
 三隅や他のメンバーに豹里のことを話しても、「自分たちは大丈夫」の一点張りだった。三隅の強さを疑うわけではないが……豹里の強さはまた別物であると感じていた。単純なデュエルの腕だけではない。もっと異質な何かが、豹里兵吾にはある。
 だから、例え無駄骨に終わったとしても、やれることはやっておきたかった。
 自分は非力だ。蹂躙される岩見を黙って見ていることしかできなかった。
 なら、他の人間に頼むしかない。自分よりも、三隅よりも――そして豹里よりも強い、誰かに。
 なけなしの貯金を切り崩し、相手の危機感を煽るためにわざと話を大きくして、ほたるは様々な人間に助力を乞うた。そして、何人かの人間は実際に動いてくれたが、結果は散々たるものだった。
 藁にもすがる気持ちで訪れたのが、時枝探偵事務所。
 神楽屋輝彦を初めて見たとき、直感で思った。この人なら、大丈夫かもしれないと。
 あたしの大切な居場所を、守ってくれるかもしれないと。
 けれど、それは――
「大変だ!」
 ほたるが物思いにふけっていると、突然出入口の扉が激しく開かれ、慌ただしい様子でメンバーの男が入ってくる。血相を変えた男に、沈黙が支配していた場が一転して緊張に包まれる。
「……どうした。何があった?」
 騒ぎを聞きつけ、バックヤードから三隅が姿を現す。リーダーの姿を確認した男は、アジトにいる全員に聞こえるような声で言った。

「坂之上がやられた! あいつに――豹里兵吾に!」

 坂之上は、ごく普通の優しい青年だった。岩見のように問題行動を起こしたことは一度もなく、デュエルギャングであるゴースト・エンペラーに入っていたのは、ただ仲間とつるむのが楽しいからという理由だけだ。
 今日、坂之上はアジトに来る途中に、メンバー全員の食料の買い出しをしていた。ゴースト・エンペラーのメンバーはそれほど多いわけではないが、全員分ともなるとその量はかなりのものになる。それを嫌な顔一つせずに引き受けたのは、本人の人徳によるものだろう。
 その坂之上が、豹里兵吾の裁きを受けた。
 理由は、デュエルギャングに所属しているから。
 この事態には、さすがに全員が動揺を示した。サテライト復興計画にデュエルギャングの排除が含まれていることは知っていたが、自分たちは対象外だと思い込んでいた。そして、ほとんどのメンバーは豹里兵吾の異常性を知らないのだ。
 三隅も迷っているようだった。次に豹里がどう動くか分からない以上手の打ちようがないが、かといってこのまま座視しているわけにはいかない。
「…………」
 ほたるはアジトをそっと抜け出すと、一目散に走り始めた。
(やっぱり、あの人に助けてもらうしかない)
 怖かった。
 自分の居場所が足元から徐々に崩れ始めたようで、たまらなく怖かった。
 それでも、自分には守る力がない。
 だから――あの人に助けてもらうしかないんだ。
 例え、どんな代償を払うことになろうとも。