にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 ジェムナイトは砕けない-6

「はぁぁぁ……幸せぇ……こんなに美味しいケーキ食べたの、生まれて初めて……」
 店に入る前は「やっぱり帰る!」なんてごねていたものの、いざ席に着くと夢中になってメニューを眺めていた辺り、ほたるは大分お子様だと思う。外見通り。
 ラリラリストリートに戻った神楽屋は、目移りするほど並んだ飲食店の中から、「キューキュー」というケーキショップを選んだ。飲食スペースもある店内は、店長の趣味でウサギや猫の写真がいたるところに飾られている。それだけならごくありふれた光景なのだが、ここの店員は工事現場にいるオッサンが被るようなヘルメットを装着しなければならない。こちらも、<レスキューラビット>と<レスキューキャット>を愛してやまない店長の趣味によるものだ。
 そんな一風変わった店だが、ケーキの味は格別だ。種類は少ないが、わざわざ遠方から足を運ぶ客もおり、店内は常に賑わっている。その割に、雑誌やガイドブックの取材は全て断っているため、人づてに聞くかネットの口コミを見ないと知ることができない隠れた名店である。
 どちらかというと甘いものは苦手な神楽屋だったが、リソナが機嫌を損ねたときはいつもこの店に連れてきていた。好物のレアチーズケーキを食べさせてやれば、すぐに機嫌が良くなるからだ。他の女性陣にも概ね好評だったので、ほたるも喜ぶだろうと連れて来たのだが、どうやら正解だったようだ。
 ほたるが食べているのはシンプルなショートケーキ。濃厚な生クリームと甘さひかえめの苺ソースがマッチしていて、後引く味わいになっている……らしい。神楽屋は食べたことがないので、ティトの感想を脳内で羅列してみた。
(……今日何杯目だコレ)
 砂糖を少しだけ入れたコーヒーを飲みつつ、幸せそうにケーキをほおばるほたるを見る。こうしていると、デュエルギャングに所属しているなんて嘘じゃないかと思えてくる。
「ごちそうさまー! はぁ……夢のようなひと時だったわ」
「そうかい。そりゃよかった」
 ほたるがケーキを食べ終え、一息つくのに合わせて、神楽屋もコーヒーを飲みきる。
「い、一応お礼言っておくわね。……ありがと」
「気にすんな。言ったろ? 俺が連れていきたいと思ったから来たんだよ。さて、お次はその辺ぶらぶらしてみっかね」
 そう言って、神楽屋は伝票を取って席を立つ。
「あ、お金……」
「こういう時は男に払わせるもんだぜ。カッコつけさせろ」
 さすがにコーヒー1杯に3000円は勘弁だがな、と心中で付け加えつつ、神楽屋はレジへと向かう。
「……何かムカつく」
 ほたるの呟きは、聞こえないフリをした。


 飲食店が目立つラリラリストリートだが、それ以外の店がないわけではない。
 女性が好きそうな小物を集めた雑貨店や、手作り感溢れる指輪やペンダントを取り扱っているアクセサリー店、かわいいものからゲテものまで幅広い種類のぬいぐるみが並んだおもちゃ屋など、様々な店を見て回った。
 新しい店に行くたびにほたるは目を輝かせていたが、それを指摘してやると「べ、別に欲しくなんてないんだからね!」と強がっていた。手頃な値段のものを買ってプレゼントしてもよかったのだが、正直なところブルーアイズ・マウンテンが財布に与えたダメージは大きく、手持ち金額に余裕がなかったので断念せざるを得なかった。
「あ! 何あれ面白そう!」
 日も傾き始め、そろそろほたるをホテルに送り届けようかと考えていたところで、その当人が店先に置いてある機械を指差した。
「あれはクレーンゲームだな。ボタンでクレーンを操作して、中にある景品を取るんだ」
 こんなところにゲームセンターがあったっけか、と思い近づいてみると、どうやら店自体はリサイクルショップのようだ。店先に何台かクレーンゲームの筐体が置かれているが、プレイしている人間はいない。こういう場所にあるクレーンゲームの景品は古いものが多く、見向きもされず長期間放置されてしまっていることも少なくない。
「あっ……!」
 ほたるがびたりとガラスに顔面を貼り付け、瞳を輝かせる。つくづく分かりやすい反応だな、と思いながら、神楽屋も中の景品が何かを確かめる。
「<コアキメイル・ウォーアームズ>のぬいぐるみ? こんなもんがあったのか」
 さっきのおもちゃ屋にも売ってなかったところを見ると、ゲームの景品用として作られたのかもしれない。
「…………」
 ほたるは<コアキメイル・ウォーアームズ>のぬいぐるみから視線を外さない。「欲しいのか?」と訊いても「べ、別に欲しくないわよ!」とお決まりの返事が来るに決まっている。なら、やることはひとつだ。
「よっと」
 神楽屋は百円玉を投入すると、ゲームをスタートさせる。
「え、あ、何やってるの?」
「見りゃ分かんだろ。ぬいぐるみゲットするためのチャレンジだよ」
「アンタ、こんな豚みたいなやつが欲しいわけ!? かわいい……じゃなかった、趣味悪いわね!」
「いいから見てろって」
 このゲームなら、所持金の少ない神楽屋にもプレゼントを獲得できるチャンスがある。ほたるは店を見て回るだけでも十分楽しそうだったが……やはり、ひとつくらいは手元に残るものを贈ってやりたい。男のプライドに賭けて。
「よし――ここだッ!」
 ボタンでクレーンを操作し、ここだと思ったポイントで指を離す。狙いは、首の付け根。そこをアームでがっちりと掴めば――
 ポトリ。
 重さに耐えきれなかったのか、呆気なくぬいぐるみを落としてしまうクレーンアーム。
「うわ、ダサ……」
「…………」
 ほたるの容赦ない一言が胸に突き刺さる。確かに、ここは華麗に一発ゲットして頼れる男をアピールする場面だった。はず。
「あたしもやってみよーっと」
 言葉を失う神楽屋を横目に、ほたるは自分の財布から百円玉を取りだすと、筐体に投入する。
「おい、やめとけ……ってもう遅えか。この台、アームが弱くて取れねえように設定されてるぞ」
「あ! 見て! 取れたよ! やったぁー!」
「…………」
 払い出し口から出てきた<コアキメイル・ウォーアームズ>のぬいぐるみをギュッと抱きしめ、うれしそうに飛び跳ねるほたる。完全に立場を失ってしまった神楽屋は、逃げるように視線を逸らす。すると、その先には別のクレーンゲームがあった。
「なっ……こ、これは!」
 今度は神楽屋がガラスに張り付く番だった。
「モズク戦士ギャニックのフィギュアじゃねえか! しかも、これは本編中で1話しか出番がなかったギャニックブレードフォーム……まさかフィギュア化されてたなんて……」
 モズク戦士ギャニックとは、一昔前に流行した特撮ヒーロー番組で、神楽屋はこの作品の大ファンだった。子供のころは、暇さえあればギャニックごっこをしていたものだ。
(……そういや、俺が正義の味方になろうと思ったのは、ギャニックの影響だったな)
 他にも理由はあるが、ギャニックが大好きだったことが一番な気がする。随分と安易な理由だな、と神楽屋は自嘲気味に笑った。
「……それ、欲しいの?」
 気がつけば、ほたるがすぐ傍までやってきていて、クレーンゲームの中を覗いていた。
「いや、別に」
「ふーん、そうなんだ。じゃあもう行こうよ」
「そうだな」
「……って言いながら、どうしてゲームの前から離れようとしないわけ?」
「すまん、嘘だ。すげえ欲しい」
「もー、しょうがないなー。あたしが取ってあげるよ」
 得意げにない胸を逸らすほたる。年下の少女に頼むのは屈辱だが、ぬいぐるみを一発でゲットしたほたるならあるいは――
 神楽屋が百円玉を投入し、ほたるがアームを動かす。
(コイツに貢いでるみたいで癪だな……)
 神楽屋がそう思った矢先、
「よっし取れた! 感謝しなさいよね!」
 またもや一発で景品を獲得したほたるが、頬を赤らめ、プイとそっぽを向きながらフィギュアを差し出してくる。
「おお……! ありがとな! 白下」
「……ほたるでいいわよ」
「そうか。なら、ありがとな、ほたる。すっげえうれしいぜ」
 自分でゲットできなかったのは悔しいが、これを逃せば二度と手に入らなかったかもしれない一品だけに、喜びもひとしおだ。事務所に帰ったら早速飾るとしよう。
「な、何よ。子供みたいにはしゃいじゃって……輝彦のばーか」
「あ? 今なんつった?」
「何でもないわよ! それより、早く次行きましょ!」
 そう言って、ツインテールの少女は神楽屋から逃げるように駆け出す。
 日が沈むまで、まだもう少し時間があるだろう。
(それまでエスコートさせていただきますか)