遊戯王 New stage２ サイドＳ ５－１
桐谷真理は追われていた。
高さや広さがまちまちのマンションが立ち並ぶ住宅街を、背後を気にしながら疾走する。運動は得意な方ではないが、モデル顔負けのすらりと伸びた長い脚のおかげで、歩幅は広い。
肩にかかるくらいに伸ばした黒髪が風に揺れる。襟首からじんわりと汗が滲んで気持ち悪い。こんなことになるなら、髪を縛っておけばよかった。タイトなシャツやジーンズも、走るのに適しているとは言えなかった。
息が乱れる。こういった肉体労働は柄ではないのだが、今回は目的が目的なだけに仕方がない。むしろ、「清浄の地」のメンバーが協力してくれていること自体が珍しいのだ。
（本当なら誰にも見つからずにスマートに終わるつもりだったけど……ま、欲を張っちゃったから仕方ないか）
嘆息しつつ、桐谷は自らの腕の中――お姫様だっこで抱えている少年へと視線を移す。
雪のように白い肌と、儚げな印象を抱かせる細い身体。両目を閉じた少年の姿は、悪い魔法使いに騙されて毒りんごを口にしてしまったお姫様……いや、王子様を連想させた。
少年の名は、皆本信二。
桐谷の目的は、彼の持つデッキから＜インヴェルズ＞のカードを回収することだった。
本来ならば、桐谷が持つ「力」を使い、誰にも気取られることなく信二の部屋に侵入。カードだけを回収し、他の仲間と合流するはずだったのだが――
（信二君、か。僕好みの素敵な名前だ）
少年の姿を目にした瞬間、桐谷の心は奪われてしまった。
線の細い病弱な少年。是が非でも守ってあげたいではないか。
桐谷は、か弱く、可愛らしい少年を守りたいという欲望を常に抱えていた。いつもなら他の仲間たちの手前自重するのだが、今回だけはその欲に抗えなかった。
その結果、信二と共に暮らしていた人間に気付かれ、こうして追われることになってしまった。
（隆司と虎子に人払いを頼んでおいて正解だったな）
昔からの知り合いである双子に「念のため」と人を遠ざける特殊な術式を張り巡らせておくよう頼んだのだが、それが功を奏したらしい。信二の体重は驚くほど軽かったが、さすがに人一人を抱えて雑踏の中は走れない。
（隆司も、もう少し可愛げがあったら僕好みの男の子なんだけどな）
嫌々ながらも自分の頼みを承諾してくれた隆司の姿を思い出し、桐谷は喉を鳴らす。虎子は最初から眼中にない。
（けど、やっぱり僕の本命は――）
「待ちやがれ！ 真理！！」
背後からドスの利いたチンピラのような叫び声が響く。
振り返って姿を確認しなくても分かる。腐れ縁の幼馴染で、桐谷の本命を一人占めする憎き男――若槻朧だ。
「しつこいな……怪我する前に帰ったほうが身のためだよ、負け犬君」
「俺は負け犬じゃねえ！」
桐谷の挑発に対し即座に吠える姿は、昔と全く変わっていない。つまり、成長していないということだ。
（しかし……）
先程から複雑な裏道を通り抜けたり、あえて来た道を逆戻りしたりしているのに、朧は正確にこちらを追ってくる。
考えられるのは、信二を連れ去った際に発信機のようなものを取りつけられたこと。
信二を気絶させるのに手間取ったせいで、桐谷は家にいた人間――銀髪の少女と一瞬だけ顔を合わせている。その一瞬のうちに、発信機を取り付けられた可能性が高い。
（信二君と接点のない朧がこの場に現れたのは、誰かが情報を流しているからかな。あの銀髪の少女か……それとも『情報屋』。セラ・ロイムに出し抜かれたかな？）
いずれにしろ、ここで捕まるわけにはいかない。最優先は、「清浄の地」の仲間であるセシル・サンフィルドとの合流。彼の力ならば、追手を振り払えるはずだ。
朧ごときに後れを取るとは思わないが、信二を抱えたまま戦うのは難しいし、何より追手は朧だけではないのだ。
「真理！」
そう考えながら走り続けていた桐谷の耳に、懐かしい甘美な響きが届く。
振り返って姿を確認しなくても分かる。桐谷が一番愛している人で、一番守るべき人――フェイ・ルージェだ。
「真理……！ どうしてこんなことするの！？ 話を聞かせてよ！」
フェイが悲痛な声を上げる。
できることなら、今すぐ駆けよって抱きしめてあげたいところだが……それは叶わない。
桐谷は「清浄の地」のメンバーであり、そして――
高さや広さがまちまちのマンションが立ち並ぶ住宅街を、背後を気にしながら疾走する。運動は得意な方ではないが、モデル顔負けのすらりと伸びた長い脚のおかげで、歩幅は広い。
肩にかかるくらいに伸ばした黒髪が風に揺れる。襟首からじんわりと汗が滲んで気持ち悪い。こんなことになるなら、髪を縛っておけばよかった。タイトなシャツやジーンズも、走るのに適しているとは言えなかった。
息が乱れる。こういった肉体労働は柄ではないのだが、今回は目的が目的なだけに仕方がない。むしろ、「清浄の地」のメンバーが協力してくれていること自体が珍しいのだ。
（本当なら誰にも見つからずにスマートに終わるつもりだったけど……ま、欲を張っちゃったから仕方ないか）
嘆息しつつ、桐谷は自らの腕の中――お姫様だっこで抱えている少年へと視線を移す。
雪のように白い肌と、儚げな印象を抱かせる細い身体。両目を閉じた少年の姿は、悪い魔法使いに騙されて毒りんごを口にしてしまったお姫様……いや、王子様を連想させた。
少年の名は、皆本信二。
桐谷の目的は、彼の持つデッキから＜インヴェルズ＞のカードを回収することだった。
本来ならば、桐谷が持つ「力」を使い、誰にも気取られることなく信二の部屋に侵入。カードだけを回収し、他の仲間と合流するはずだったのだが――
（信二君、か。僕好みの素敵な名前だ）
少年の姿を目にした瞬間、桐谷の心は奪われてしまった。
線の細い病弱な少年。是が非でも守ってあげたいではないか。
桐谷は、か弱く、可愛らしい少年を守りたいという欲望を常に抱えていた。いつもなら他の仲間たちの手前自重するのだが、今回だけはその欲に抗えなかった。
その結果、信二と共に暮らしていた人間に気付かれ、こうして追われることになってしまった。
（隆司と虎子に人払いを頼んでおいて正解だったな）
昔からの知り合いである双子に「念のため」と人を遠ざける特殊な術式を張り巡らせておくよう頼んだのだが、それが功を奏したらしい。信二の体重は驚くほど軽かったが、さすがに人一人を抱えて雑踏の中は走れない。
（隆司も、もう少し可愛げがあったら僕好みの男の子なんだけどな）
嫌々ながらも自分の頼みを承諾してくれた隆司の姿を思い出し、桐谷は喉を鳴らす。虎子は最初から眼中にない。
（けど、やっぱり僕の本命は――）
「待ちやがれ！ 真理！！」
背後からドスの利いたチンピラのような叫び声が響く。
振り返って姿を確認しなくても分かる。腐れ縁の幼馴染で、桐谷の本命を一人占めする憎き男――若槻朧だ。
「しつこいな……怪我する前に帰ったほうが身のためだよ、負け犬君」
「俺は負け犬じゃねえ！」
桐谷の挑発に対し即座に吠える姿は、昔と全く変わっていない。つまり、成長していないということだ。
（しかし……）
先程から複雑な裏道を通り抜けたり、あえて来た道を逆戻りしたりしているのに、朧は正確にこちらを追ってくる。
考えられるのは、信二を連れ去った際に発信機のようなものを取りつけられたこと。
信二を気絶させるのに手間取ったせいで、桐谷は家にいた人間――銀髪の少女と一瞬だけ顔を合わせている。その一瞬のうちに、発信機を取り付けられた可能性が高い。
（信二君と接点のない朧がこの場に現れたのは、誰かが情報を流しているからかな。あの銀髪の少女か……それとも『情報屋』。セラ・ロイムに出し抜かれたかな？）
いずれにしろ、ここで捕まるわけにはいかない。最優先は、「清浄の地」の仲間であるセシル・サンフィルドとの合流。彼の力ならば、追手を振り払えるはずだ。
朧ごときに後れを取るとは思わないが、信二を抱えたまま戦うのは難しいし、何より追手は朧だけではないのだ。
「真理！」
そう考えながら走り続けていた桐谷の耳に、懐かしい甘美な響きが届く。
振り返って姿を確認しなくても分かる。桐谷が一番愛している人で、一番守るべき人――フェイ・ルージェだ。
「真理……！ どうしてこんなことするの！？ 話を聞かせてよ！」
フェイが悲痛な声を上げる。
できることなら、今すぐ駆けよって抱きしめてあげたいところだが……それは叶わない。
桐谷は「清浄の地」のメンバーであり、そして――
まだ、フェイを守れるだけの力を手に入れていない。
「ごめんよ、フェイ」
追いかけてくる朧とフェイに聞こえないくらいの小さな声で、ボソリと呟く。
走る速度を落とさないまま、桐谷は続けて呟いた。
「術式解放――＜デビルズ・ゲート＞」
言葉が鍵となり、桐谷の背後の空間にブラックホールのような黒穴が出現する。
振り向いて確認しなくても分かる。
その黒穴から、有象無象の「悪魔崩れの化け物」が現れ、朧とフェイに襲いかかることを。
（まずは時間稼ぎをしないとね。ま、雑魚相手なら朧でも大丈夫でしょ）
追いかけてくる朧とフェイに聞こえないくらいの小さな声で、ボソリと呟く。
走る速度を落とさないまま、桐谷は続けて呟いた。
「術式解放――＜デビルズ・ゲート＞」
言葉が鍵となり、桐谷の背後の空間にブラックホールのような黒穴が出現する。
振り向いて確認しなくても分かる。
その黒穴から、有象無象の「悪魔崩れの化け物」が現れ、朧とフェイに襲いかかることを。
（まずは時間稼ぎをしないとね。ま、雑魚相手なら朧でも大丈夫でしょ）
