にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドS 3-7

 光が消え去ったときには、すでに伊織と竜美の姿はなかった。
 伊織が口にした<ロスト・サンクチュアリ>という言葉から、彼が何らかの事象を起こしたのは確実だ。瞬間移動の類か、それとも――
 眩い閃光の中で目にした、空間に走った亀裂。もしそれが幻でなければ、「別の空間を作り出し、そこに移動した」という可能性も考えられる。カードの効果を実体化させるサイコパワーならば、そんな芸当も可能だろう。
 そこまで考えたところで、紫音は背中にかかる重さが増したことに気付いた。
「――フェイ!?」
 慌てて体を反転させ、倒れそうになっていたフェイを支える。
「……あ……ごめんなさい……」
 フェイの息は荒く、体は小刻みに震えている。額には脂汗が浮かんでおり、瞳は虚ろだった。
「大丈夫?」
「……だいじょうぶ、って言いたいところなんですけど……」
 答えたフェイの声は小さく、疲れた様子を顕わにしている。
 子供とはいえ、人間1人をここまで消耗させる伊織清貴のプレッシャーに驚愕を覚えながらも、紫音はフェイをその場に座らせると、朧と連絡を取るためにスカートのポケットから旧式のスマートフォンを取り出す。
 だが。
「あっ……!?」
 しっかりと掴んだはずのスマートフォンが、するりと手のひらから滑り落ちる。
 カシャン、と軽い衝撃音を立て、スマートフォンが地面を転がる。
 紫音は自分の両手を見つめる。いつもよりも小さく見える手のひらは、頼りなさげに震えていた。
 その事実に気付くと同時、伊織清貴が発したプレッシャーの感覚が蘇る。
 心臓を握り潰されるような錯覚。明確な死のイメージ――紫音が生まれて初めて味わう最上級の恐怖だった。そんなプレッシャーを発する男に対し、言葉を放つことが出来たのは、奇跡としか言いようがない。今も残る体の震えは、その反動だろうか。
(とりあえず、朧を呼ばないと)
 紫音は地面に落ちてしまったスマートフォンを拾い上げる。
 伊織は紫音に「待っていろ」と言った。彼を信じるならば――彼は竜美を「始末」したあとこの場に戻ってくる。それがいつになるか分からない以上、この場を離れるわけにはいかない。
 萎えそうになる気力を、「エリアのためだ」と言い聞かせ、無理矢理奮い立たせる。
 しかし、疲弊したフェイをこのままにもしておけない。こんな状態で再び伊織のプレッシャーの元に晒されれば、命の危険すら出てくる。ひとまずは朧を呼び出し、フェイを連れてこの場を離れてもらうべきだろう。
 スマートフォンの液晶に触れ、朧の電話番号を表示したときだった。

「あーあーあーあー、リーダー様の毒気に当てられちゃったかわいそうな人が2人。気の毒にねぇ」
「全然気の毒そうな顔してないね、アニキ」
「そりゃそうだ。だって嘘だもんよ」

 緊迫した場の空気をぶち壊すように、気の抜けた声が響く。
「ったく。リーダー様の独断専行は勘弁してほしいぜ。いちいち人払いしなくちゃいけないこっちの身にもなれっつーの」
「文句言いながらも仕事は完璧にこなすよね、アニキ」
 現れた人影は2つ。背格好からして、どうやら子供のようだ。フェイよりは年上に見えることから、12歳くらいだろうか。
 並んで歩いてくる2人の子供は、とてもよく似ている。深緑色の髪に、黒の瞳。身長は140cmくらいで、無邪気な笑顔を浮かべている。一目で双子だと分かった。
 違うのは、髪型と服装。片方はさっぱりとした短髪に、青を基調としたデュエルアカデミアの男子用の制服を着ている。もう片方は頭の両サイドで髪を結わいたツインテールで、赤を基調とした女子用の制服に身を包んでいた。
(人払い……?)
 その言葉が引っかかり、紫音は周囲を見回す。
 そこでようやく、先程まで溢れていた闇市の商人や買い物客が、全員いなくなっていることに気付いた。この場に残っているのは、紫音とフェイだけだ。露店の商品はそのまま放置されており、事態の異常さを訴えていた。
「こいつらどうするかなぁ。状況的にリーダー様のことを見たのは確実っぽいけど。俺は桐谷みたいに記憶操作なんて真似できないからなぁ」
「桐谷がやってるのは記憶操作じゃなくて『きょうはく』だよ、アニキ。情報をしゃべったら、ぶっころすぞー! っていう」
「ああ、いいなそれ。俺もそうするかぁ」
 学校帰りに授業に対しての愚痴をこぼすようなテンションで、物騒なことを話す双子。会話の内容から察するに、「アニキ」と呼ばれている男の子の方が兄で、ツインテールの女の子が妹のようだ。
「よし! そこのお前! 今からぶっころすぞ!」
 声高々と宣言し、兄の方がビシッと紫音を指差してくる。
「色々間違ってるけど、カッコいいよアニキ。わたしはそんなアニキが大好き」
「うれしいぜ、虎子(ここ)。俺もお前が大好きだよ」
「りゅーアニキ……」
「虎子……」
 いつの間にか倒錯的な雰囲気を醸し出しながら、互いに見つめ合っている。しかも、今にもキスしてしまいそうな至近距離で。
「…………何なのよこいつら」
 気の抜けた空気に当てられたおかげか、ようやく体の震えが収まる。
 この場面で姿を見せたということは、彼らも「清浄の地」に関わりのある人間と見て間違いない。子供、ということでメンバーであると断定はできないが。
 警戒しつつも、未だ見つめあう双子に対し、どういう反応をするべきか迷っていると、
「隆司(りゅうじ)……? 虎子……?」
 かろうじて絞り出したような声で、フェイが双子の名を呼んだ。
「……おお? そこにいるのはフェイじゃないか。相変わらず男の娘全開だな、おい。いくらリーダー様のプレッシャーを食らったからって、普通そこまでショックは受けねえよ。弱すぎんだろ」
「アニキ、今フェイに色目使わなかった?」
「使ってない。断じて」
 変わらぬ調子で軽口を交わしている双子に比べ、フェイは動揺を隠せないようだった。その表情には、はっきりと驚きの色が浮かんでいる。
 この場に自分の知り合いがいることが信じられない、みたいな――
「久しぶりの再会がこんな形で悲しいぜ、フェイ。だけど、お前もリーダー様の姿を見ちまったんだろ? なら、『くちふうじ』ってやつをするしかない。悲しいけどな」
「アニキ、全然悲しそうな顔してないね」
「そりゃそうだ。だって嘘だもんよ」
 見れば、双子の左腕にはそれぞれデュエルディスクが装着されている。木目調のシックなデザインで、2人の容姿からするとかなり不釣り合いだ。まるで、お金持ちの子供が父親がコレクションしていたディスクをそのまま持ち出してきてしまったように見える。
「アニキ。桐谷はフェイを見つけたら連れて来いって言ってなかったっけ」
「そんなの大昔の話だろ。今は他の男にご執心みたいだぜ」
「そうだっけ? ……アニキがそう言うんだったら、わたしはアニキを信じるけど」
「…………」
 フェイは呆然と双子を見つめたまま、動かない。
 双子――隆司と虎子、だったか。2人がサイコデュエリストだったとしたら、モンスターやカードの効果を実体化させて攻撃を仕掛けてくる可能性がある。というか、本当に「口封じ」とやらを実行するなら、それしかないだろう。
(セラの話じゃ、10歳以下の子供がとんでもないサイコパワーの持ち主だったこともあるらしいし……子供だからって油断は禁物ね)
 冷静な判断を下せている自分の思考を確認しつつ、紫音はフェイをかばうように前に立つと、静かにデュエルディスクを展開させる。
「……どうやらあのもじゃもじゃはやる気みたいだよ、アニキ」
「バカなやつだぜ。俺たち『清浄の地』に刃向うなんて、一億光年早いってことを教えてやる!」
「アニキ、一億光年は時間じゃなくて距離だよ」
「……それくらい、俺とあいつの実力がかけ離れてるってことだ!」
「アニキかっこいい! 大好き!」
「俺も好きだぜ! 虎子!!」
「いい加減その頭の悪いバカップルみたいな真似をやめなさいよ! あと、もじゃもじゃじゃない! あたしには上凪紫音って名前があんの!」
 思わずツッコんでしまった。しかも、内緒にしているはずのフルネームまで叫んでしまった。
 緊迫した場面のはずなのに、この双子を前にするとどうしても緊張感が削がれる。「清浄の地」リーダーの伊織清貴とは対極だ。
 紫音、隆司、虎子がそれぞれ自らのデッキに指を添える。デュエル、という雰囲気ではなさそうだから、このままサイコパワーを用いた戦闘に突入するのだろう。
(2対1か……数の上では不利だけど、あたしの力なら!)
 友達を救うために、身につけた力だ。いくら強大なサイコパワーを持っていようとも、こんなおちゃらけた子供2人に後れを取るわけにはいかない。
 伊織のプレッシャーから受けた恐怖は、すでに拭い去っている。
 紫音はカードを選び取る指先に力を込めた。
(先手必勝――必ず初撃を当てる!)

「……相変わらず無駄口の多い兄妹だな。やかましいんだよ。隆司! 虎子!」

 紫音が動く前に、後ろから声が響いた。
 今度は、紫音が耳にしたことがある声だった。