にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドS 3-3

「まったく。亜砂にも困ったもんだわ。今日から別の部屋で寝ようかな」
「……随分と楽しそうに聞こえたんだが、気のせいか?」
「気のせいに決まってるでしょ! 耳腐ってるんじゃないの!?」
 朧の指摘に対して紫音が大声を上げると、周囲の視線が一斉に集まる。
 ぎょろり、と敵意を剥き出しにした視線が大半を占め、さすがの紫音もしまったと思いつつ口をつぐむ。
「悲惨な目にあいたくなかったら目立つ行動は控えろよ。シティとサテライトの垣根がなくなったからと言って、そこに住む人々の意識はそう簡単には変わらない」
「……わかってるわよ」
 橋を一本渡っただけなのに、明らかに空気が違う。刺々しくて、呼吸をするだけでも息苦しくなってくる。
 それもそのはず。紫音たちの周囲には、罪を置かした者の証であるマーカーが刻まれた人々が溢れていたのだから。
 紫音、朧、フェイの3人は、バスの定期便を利用してダイダロスブリッジを渡り、旧サテライト地区へと足を運んでいた。亜砂は雑誌「月刊ドミノレポート」の仕事のため、編集部に行っている。
 ダイダロスブリッジの完成によりシティとサテライト――富裕層と貧困層という区別は無くなったが、今でも旧サテライト地区には犯罪者やデュエルギャングの多くが根城を構えている。セキュリティによる治安整備も、隅々まで行きわたっていないのが現状だ。
 この2週間、ラリラリストリートをはじめとするシティの各所で情報を集めたが、収穫らしい収穫は無し。件の「レアカード狩り」のような一見「清浄の地」とは関係なさそうな事件も当たってみたが、全て空振り。加えて、朧たちの目的である光坂慎一に関する情報もさっぱりだった。
「……今日も情報屋からの接触は無いのか?」
「無いわよ。最後にあいつと会ったのは、あんたに襲われる直前。それからは姿も見てないし声も聞いてないわ」
「本当か? 嘘吐いて俺たちをコキ使ってるんじゃないだろうな」
「嘘なんか吐いてない!」
 朧に忠告を受けたばかりなのに、またしても紫音は大声を出して周囲の注目を集めてしまう。でも、根拠もないのに嘘吐き呼ばわりされるのは心外だった。……隠し事はしているけど。
「チッ……それならいいんだが」
 そう言って、朧はバツが悪そうに目を背ける。
 付き合いは浅いが、ここ数日、朧の様子がおかしいことを紫音は気付いていた。
 ――正確には、「桐谷真理」の名前を聞いてから、だ。
 ラリラリストリートの路地裏に現れた「清浄の地」メンバー。紫音は、青髪のサイコデュエリスト、セシルと激突した。その様子をどこからか眺めていたのが、同じく「清浄の地」のメンバーである桐谷真理だ。
 彼は、紫音に言伝を頼んできた。
 ――若槻朧に伝えておいてください。フェイを早く引き渡せこのザコ野郎、とね。
 あの後、朧たちと合流した紫音は、一字一句違わずに正確に伝えた。イントネーションも出来る限り再現した。
 それを聞いてからというものの、朧は明確に焦りを見せるようになった。
 紫音と出会ったときも軽い挑発に乗ってきたので、その頃から焦っていたと言えばそうなのかもしれないが、ずっと一緒にいたであろうフェイにたしなめられるということは相当なのだろう。バツが悪そうに目を背けたのは、自分でも焦っていることを自覚しているからだ。
 かくいう紫音も、もどかしい気持ちを抱えていた。
 セシルに桐谷真理。明確なキーワードを2つも得たのに、全く「清浄の地」に近づけない。桐谷がこちらの素性を知っていたことも気がかりだし、何より――
(サイコデュエリストはこの世から消えさるべき、かぁ)
 炎の戦士<ラヴァル・グレイター>を統べ、憤怒の感情を顕わにしたセシルの表情が、未だに網膜にこびりついている。
(……あたしが気にすることない。あいつらにどんな理由があろうと、あたしはエリアを取り戻すだけ)
 そう思い直し、気分を変えるために辺りを見回す。
 随分と荒廃した街並みだ。本当に人が住むところなのかと疑いたくなるほど朽ちたビルが並んでいるが、中には建築物が崩落したと思われる現場がそのまま放置されているところもある。昨日の夜にサテライトに行くことを決めたとき、亜砂が以前のサテライトの様子を話してくれたが、ダイダロスブリッジ完成前はもっとひどかったらしい。
「紫音さんはこっちに来るのは初めてですか?」
 その様子に気付いたフェイが、場を和ませるためか明るい声を出して話しかけてくる。
「うん。だって……」
 紫音は素直に頷く。「だって、ずっとトップスの屋敷にいたから」という言葉がこぼれそうになったが、自分が家出中なのは隠していることに気付いて慌てて口をつぐむ。
「……? そうですか。それじゃ、僕が案内しますよ」
 紫音が何かを言いかけてやめたことを不思議がっていたが、特に追及することもなく、フェイはサテライトの案内を申し出る。
「え……フェイが?」
 これは予想外だった。今までは控えめにアドバイスをくれるくらいで、自分から行動しなかったフェイが、紫音の案内を買って出るなんて。
「何言ってるんだフェイ。さっきも言っただろ。シティとサテライトっていう区別がなくなったとしても、そこに住む人々までまるっきり変わったわけじゃない。お前と紫音だけで行動するなんて危険すぎる」
 即座に反応したのは朧だ。口調は強めながらも、フェイの身を案じているのだろう。
 過保護……というほどでもないが、朧はフェイが関わるとなると、途端に思考が慎重になる。ずっと守ってきた、という言葉は嘘ではないようだ。
 朧の言うとおり、美少女である紫音と、女の子と見間違えしまうほど可憐なフェイが2人だけで歩いていたら、変な気を起こす悪漢が現れてもおかしくない。
 しかし、紫音はサイコデュエリストだ。凶悪なデュエルギャングが相手になったとしても負ける気はしない。
 自信たっぷりにその事実を朧に伝えようとすると、
「久しぶりに旧サテライトに来たんだから、朧は僕や紫音さんと一緒だと行きづらい場所に行ってきてよ。そっちの方面の人たちなら、セキュリティも掴んでない情報を持っているかもしれないし」
「う……それはそうだが」
 先にフェイが朧を牽制する。ここまで強気に出るフェイは初めて見た。出鼻をくじかれたこともあり、紫音はポカンとしてしまう。
 言い忘れていたが、朧とフェイはサテライト出身らしい。旧サテライト地区に行ってみよう、と提案したのは他ならぬフェイだった。
「それじゃ、2時間後にまたここに集合ね。何かあったら連絡するから」
「フェイ……本当に大丈夫――」
「さ、行きましょう紫音さん」
 未だに納得できない様子の朧を置いて、フェイは紫音の手を取るとさっさと歩き始めてしまう。
 紫音がちらりと後ろを振り返ると、置いてけぼりにされた朧が寂しそうに立ち尽くしていた。