にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドS 3-2

 うっすらと目を開く。
 水色の遮光カーテンの隙間から、朝日が差し込んでいた。チュンチュン、という小鳥の鳴き声も窓の外から聞こえてくる。
 ただ大きいだけで、無駄に孤独感を煽る高級ベッド――ではなく、ごく普通のシングルベッドでうつぶせに寝ていた紫音は、ぼんやりとしながらわずかに身じろぎする。
 眠い。ひたすらに眠い。
 そういえば昨日は、亜砂と朧と共に、ネット上での「清浄の地」に関する情報を再度洗い出していたのだった。作業は日付が変わっても続けられ、何時にベッドに入ったかの記憶もあやふやだ。ずっとパソコンのモニタを眺めていたせいで、目がしょぼしょぼする。
 学校に行っているわけでもないので、早起きする必要もない。紫音は目を閉じると、まどろみの中に身をゆだねる。傍にあった「抱き枕」に腕をからませ、引き寄せる。
「あん」
 人肌のような暖かさが伝わってくる。微かに香るミルクのような甘い香りに、紫音は言い様のない安息を感じた。マシュマロのような弾力がありつつも柔らかな感触がする部分に、顔をうずめる。
「ん……ぁん……」
 ――そこで気付いた。
 紫音はバチッっと両目を限界まで開くと、今自分が置かれている状況を確認する。
 ここは、亜砂の寝室で、壁際に置かれたベッドの上で紫音は寝ている。確か、ベッドの脇には布団が一式敷かれており、家主である亜砂は「紫音ちゃんはベッドで寝てね~」と紫音にベッドを譲り、その布団で寝ていたはずだ。
 それなのに。
「うぅん……」
 紫音の目と鼻の先で艶めかしい声を上げているのは、どう見ても二条亜砂本人だった。
「ひゃああああ! ちょ、ちょっと亜砂! またベッドに忍び込んだわね!!」
「ううん……おはよう紫音ちゃん……」
「おはようじゃないわよ!」
 ガバッ! とシーツをはねのけ起きあがった紫音が大声を上げると、亜砂は目をこすりながら緩慢な動作で体を起こす。彼女はくたびれたワイシャツをパジャマ代わりにしているようで、肉つきのよい太ももが惜しげもなく晒される。ボタンも上のほうはほとんど開け放たれており、たわわに実った2つの果実が今にもこぼれそうだった。いくら同性とはいえ、ここまで扇情的な姿を見せられてはさすがに恥ずかしい。
「ベッドに入ってくるのは禁止って言ったじゃない! もう明日から絶対あたしが布団で寝るからね!」
「だ、ダメだよ……お客様にそんなことさせるわけには……」
 寝ぼけ眼で頭をふらつかせながらも、亜砂は反論を返してくる。
「あたしがそうしたいって言ってるんだからいーの! 大体、毎晩のようにベッドに入ってくるってことは、本当はベッドで寝たいっていう欲望の現れじゃないの!?」
 そう。紫音が眠るベッドに亜砂が侵入してきたのは、これが初めてではない。
 紫音、朧、フェイの3人が亜砂宅に居候を始めてからすでに2週間。紫音が目を覚ますと、毎日と言っていいほど亜砂がベッドに忍び込んできていた。別に亜砂が嫌いなわけではないが、そこまで親しくない人間と一緒のベッドで寝るほど紫音は大らかではない。むしろ、引くべき線はきっちりと引きたいと思っている。「清浄の地」を見つけ、亜砂の取材が終わればもう二度と会うこともないだろうし、何より――
(……どうしたらいいか、分かんないじゃない)
 紫音にはエリア以外に「友達」と呼べる存在がいなかった。
 だから、亜砂のように「無防備な好意」を寄せられると、どうしていいか分からなくなってしまうのだ。
「……ちがう、ちがうよ。むしろ私は子供のころ布団で寝てたから、布団のほうがいいし」
「じゃあ、なんでこっちに入ってくるのよ」
「だって――」
 亜砂はそこで言葉を区切ると、寝ぼけていた表情を引き締め、紫音を真っ直ぐ見つめながら告げた。

「だって、紫音ちゃん泣いてたから」

「え……」
 予想外の一言に、紫音は硬直してしまう。
 あたしが泣いていた、だって?
 そんなことあるはずない。
 あたしは強くなった。エリアを取り戻すために。光坂に習ってサイコパワーを制御できるようになったし、デュエルの腕前も上がった。
「紫音ちゃん、いつもうなされてた。辛そうに、苦しそうに、悲しそうに」
 もう、涙を流す理由なんてないはずなのに。
 紫音は無意識のうちに自分の頬を撫でる。かさり、と涙が乾いたような感触があった。
「だから……私が守ってあげなくちゃ、って思ったの。せめて、夢の中だけでも安心できるように」
「……何よそれ」
 真剣な顔で言葉を紡ぐ亜砂を見ているのが気恥ずかしくなり、紫音はそっぽを向く。
 仮に亜砂の言っていることが本当だとしても、起きる直前まで見ていた悪夢の内容を思い出せば、むしろ逆効果と言える。というか、亜砂がベッドに忍び込んでくるからあの悪夢を見ているんじゃなかろうか。
 でも、自分のことを心配してくれての行動なら、咎めるのは間違っているのだろうか。
 ぐるぐると思考がループする。亜砂に対し、どんな顔をしていいか分からなくなる。
「……それに、紫音ちゃんってとっても抱き心地がいいの。ふわふわしてて、あったかくて、とってもいい匂いがするんだ」
「は?」
「だからね、紫音ちゃんに怒られるって分かってても、どうしてもぎゅーってしたくなっちゃうの。紫音ちゃんをぎゅーってすると、私も幸せな気分に……」
「ちょ、ちょっと亜砂? もしかして寝ぼけてる?」
「ねぼけてないよぉ」
 そう答えた亜砂の表情はだらしなく緩み、心なしか頬も赤くなっている。焦点が合っていないような瞳には、妖しげな光が映っている。
(もしかして……)
 ネットで調べ物をしているときに、偶然目にしてしまったことがある。
 世の中には、女の子同士でイケナイことをする文化があるらしい。亜砂はそっち方面の人なんじゃ――
「しおんちゃ~ん。もっとぎゅ~ってさせてぇ」
「きゃあ! ば、ばか! 離れなさいよ……って変なとこ触らないでええええ!!」



 扉を挟んだ向こう側にある、亜砂宅のリビング。
「……朝っぱらから騒いでんじゃねえよ。ちくしょうが」
「ねえ朧。目玉焼き焦げてるんじゃない?」
「目玉焼きよりお前の精神教育のほうが大事だ」
 朝飯を作っていた朧は、それを放り出してフェイの両耳を自らの手で塞いでいた。
(こんな卑猥な会話、純粋無垢なフェイに聞かせるわけにはいかないからな)