にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドS 3-1

 何度も見たから分かる。これは夢だ。
 しかも、とびきりの悪夢。
 それでも紫音は足掻かずにはいられなかった。
 見慣れた自分の部屋は、無惨に荒らされていた。壁一面を埋めるほど積み上げられていたぬいぐるみたちがボロボロの状態であちこちに散らばり、天井から吊るしていた飛行機のラジコンは、地面に落ちて翼が折れていた。
 そして――紫音が一番大事にしていたデュエルモンスターズのカードは、床に散乱している。
 部屋の外からは怒号と悲鳴が飛び交っているが、紫音の耳には入らない。
 倒れてきた棚の下敷きになった紫音は、そこから這い出ようと必死だった。
「……には……重い。今すぐ……」
 部屋には、紫音の他に2つの人影があった。
 1つは、紫音の真正面。黒のロングコートを羽織った長身の背中が見える。
 もう1つは、手前の人影に隠れているせいで、上手く視界に入らない。
 2人とも、トップスにある上凪財閥の屋敷に押し入った侵入者だった。
 しかし、紫音の目には2つの人影など映っていない。
 床に散らばったカードの中の1枚。<水霊使いエリア>――そのカードは、紫音の「姉」であり「親友」であった。
 エリアを自分の元へ手繰り寄せようと必死にもがくが、覆いかぶさっている棚はびくともしない。幸い大きな怪我は負っていなかったが、子供1人の力で動かすにはさすがに重すぎる。
「でも……は……一緒に……」
 2つの人影は、何かを言い争っているようだった。
 エリアが姿を見せる様子はない。紫音から呼びかければ答えてくれるかもしれないが、さすがにこの状況で声を出すのは危険すぎる。何しろ、侵入者たちは紫音の存在に気付いていないのだ。
(エリア……!)
 心の中で叫び声を上げても、エリアには届かない。
 やがて、紫音の真正面にいた人影がゆっくりと動き始めた。
 長身の――体格からして男だろう――男は、散らばったカードの中から1枚を拾い上げる。
「――っっっ!?」
 息を飲む。体中に悪寒が走る。
 男が拾い上げたカードは、紫音が求めていた<水霊使いエリア>だったからだ。
「こいつが……だろう? 目的を……として……つもりだ?」
 男の声が途切れ途切れに聞こえる。相変わらず話している内容はさっぱり分からない。
 だが、エリアが得体のしれない男の手に渡った以上、最早身の危険を案じている場合ではない。妙なことをされる前に、一刻も早くエリアを取り戻さなければならない。
 そう思った紫音が、エリアの名を叫ぼうとした瞬間だった。

 <水霊使いエリア>のカードに、黒い影が纏わりつく。

 影はあっという間に<水霊使いエリア>を覆い尽くす。
 蟻の大群が群がっているようにも見えるその光景は、幼い少女の心を砕くのに十分な衝撃を持っていた。
 とても現実のものとは思えない。ホラー映画のワンシーンを見ているようだった。
「――――」
 吐き気がする。
 今すぐ飛び出して行って影を取り払いたいのに、体が震えて動かない。
(エ……リア……)
 ――怖い。
 紫音は、両手で顔を覆って視界を塞いだ。両膝に顔をうずめ、ただただ現実から目を背ける。これ以上見ていられなかった。数秒前までは他のことなど目に入らないくらいにエリアを助けようとしていたのに、おぞましい影を見た瞬間から、紫音の心は恐怖に支配されていた。
「あ……」
 意識が遠のく。
 本能が、これ以上の衝撃を防ぐために、自分の身を守るために意識を手放そうとしているのだ。
 ここで気を失えば、エリアを助けることはできなくなる。
 しかし、紫音は本能に抗わなかった。いや、抗えなかった。
 意識を保つだけの強い意志が、「このときの」紫音にはなかった。だって、紫音は世間知らずのただのお嬢様だったのだから。

「そいつは俺が預からせてもらう。『清浄の地』リーダー、伊織清貴がな」

 その言葉を最後に、紫音の意識は闇に呑まれた。