にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 番外編 沢平優衣のとある一日【後編】

 フェイが去ってからは、またお客さんがいなくなってしまった。
 それでも、フェイに会えたことで随分勇気づけられた。いつもよりもずっといい感じに、2曲目の「わたしの彼は大佐です」と3曲目の「イメージおーばーろーど」を歌い終える。途中で迷惑そうな顔をしたカップルが大声で悪口を言いながら通り過ぎて行ったけど、全然気にならなかった。
 そして、再び拍手が鳴り響いた。
「俺は音楽のことよく分からないけど、いい歌だったと思うぜ。互いが互いを補ってるっていうか、みんなでひとつ、って感じがしたな」
 次に現れたのは、背の高い金髪の男の人だった。細身のスーツを着ているから、会社員の人だろうか。
「短所をカバーし合って、長所を伸ばしあう。精霊たちも喜んでると思うぜ。他の人たちに聞こえないのが惜しいくらいだ」
 べた褒めしてくる金髪の人に対し、わたしは恐縮しながら「ありがとうございます」とお辞儀を返すのが精いっぱい。
「――っていうのが『こいつ』の感想な」
 そう言って、男の人は上着の胸ポケットを指す。
 わたしが何のことか分からずに首をかしげていると、金髪の人は胸ポケットから1枚のカードを取りだす。
「君もカードの精霊が見えるんだろ? こいつは恥ずかしがり屋さんでさ。人前だとなかなか姿を現したがらないんだ。さっきまではうっとりした顔で君の歌を聴いてたんだぜ。脳内フォルダにしっかりと画像を焼きつけたから間違いない。何なら脳内のカームフォルダを開示して見せてあげたいくらいだ」
「も、もう! 何言ってるんですかマスター!」
 声を荒げながら飛び出してきたのは、翡翠色の髪をなびかせる端整な顔つきの女性だった。とてもデュエルモンスターズのモンスターとは思えないほど、美しい容姿をしている。
「脳内のカームフォルダってなんですか? そんなのあるんですか?」
「ああ、あるぜ。俺の脳みその90%を占めている。将来はデュエルディスクの開発担当者に頼み込んで、色んなコスプレをさせる予定だ」
「頼まなくていいです!」
 わたしが見とれていると、金髪の人と痴話喧嘩をしていた女の人はそれに気付き、こちらに向き直る。金髪の人に「あとでちゃんと話しましょう」と告げ、コホンと咳払いをしてから口を開いた。
「……言葉では上手く表現できないんですけど、とってもいい歌でした」
 礼を言いながら、優しい笑みを浮かべるカームさん……でいいのかな?
「あ、ありがとうございます!」
 わたしは気の利いたお礼も言えず、ただただペコペコと頭を下げることしかできない。
 自分の歌を褒められたのなんて、どれくらい振りだろう。しかも1日に2回も。うれしいという感情を通り越して、現実味がない。
「……ま、俺もいい歌だったと思う。ただ、ひとつ言わせてくれ」
 そんなわたしを見て、金髪の人が一歩前に出てから、告げる。

「俺たちは君の歌に感動した。君が比べている誰かじゃない、今ここにいる君の歌声に心を揺さぶられたんだ。もっと自分の歌に自信を持っていいかもな」

 ハッとなる。
 そっか。聴いてる人にも分かっちゃうんだ。
 わたしは、お姉ちゃんの背中をずっと追いかけてきた。でも、追いつけるどころかその背中はどんどん遠ざかっている。
 お姉ちゃんの歌は、こんなんじゃなかったのに。
 お姉ちゃんの歌は、たくさんの人に聴いてもらっていたのに。
 わたしの歌は、全然ダメダメだ。
 それは、いつも感じていたことだった。
 だけど、その思いが歌を通じて他の人に伝わっていたなんて初めて知った。
 たぶん、金髪の人はこう言いたいんだろう。

 自分の歌を「誰か」と比べるな、と。

「マスター……」
「的外れだったら謝る。何となくそんな気がした、ってだけだからな」
「――いいえ。ありがとうございます。とっても参考になりました」
「……そっか。ならいいが」
 わたしは、わたしにしか歌えない歌を歌わなきゃね。
 金髪の人はそれを気付かせてくれた。感謝してもしきれないくらいだ。
 心の中にかかっていた靄が、急速に晴れていくような感じがした。
 精霊たちが奏でる音も、今までよりずっと澄んで聞こえる。
「わたし、がんばります!」
 背筋をしゃきっと伸ばし、大声で宣言する。
 わたしにしか歌えない歌、なんてすぐにはできないだろうけど。
 いつか、お姉ちゃんに聴かせてあげたいと思った。




「ほほう。初日から巡回をサボるとはいい度胸だなミハエル君」
「いえ、これはサボりではないっス天羽先輩。素晴らしい音楽に耳を傾けることによって、心の教養を行っているわけでして――」
「言い訳は嫌いだ。ここからは同行して監視させてもらう」
「いてててて! 耳! 耳引っ張らないでください天羽先輩! 耳取れちゃう!」
 金髪の人は、彼の上司らしき人に引っ張られていった。
 去り際に、カームさんは「また聴きに来たい」と言ってくれた。とってもうれしかった。
 そのあと、わたしは5曲目まで歌って、ギターを閉まった。精霊たちはまだ演奏したりないみたいだったけど、わたしはもう十分だった。
 それに、今日はなんだか歌詞が書きたい気分。早めに家に帰って、ノートとにらめっこしよう。
 そんなことを考えながら後片付けを進め、ギターケースを担いだときだった。
「ねえ。ちょっといいかな?」
 ふと、後ろから声をかけられる。

「よかったらでいいんだけど、あたしたちとバンドやってみない?」