遊戯王 New stage2 番外編 沢平優衣のとある一日【前編】
澄み切った青空に、燦々と輝く太陽が一番高い位置まで昇ったころ。
別名「食べ歩き通り」と言われているラリラリストリート。その半ば程に位置する噴水広場は、たくさんの人々で賑わっていた。各所に設置されたベンチは、クレープやたこ焼き、肉まんなどおいしそうな食べ物を頬張る人で埋まっている。
「じゅるり……っと、いけないいけない」
魅惑の香りを漂わせる食べ物たちに心を奪われながらも、わたしは噴水近くのスペースに陣取る。
「よいしょ」と掛け声をかけながら肩に担いでいたギターケースを降ろし、その場に屈みこんで蓋を開く。服装は「横断歩道」と胸にロゴが入ったTシャツにジャージだから、しゃがんでも気にする必要はない。
中に入っているのは、随分と年季の入ったクラシック・ギターだ。
ボディー表面のコーティングが所々禿げてしまっており、何かのシミが付着したような跡もある。オンボロという言葉がぴったりのギターだった。
それでも、わたしは味わいがあって素敵だと思うし、お気に入りだ。弦はちゃんと新しいものに取り換えているし、弾く分には問題ない。
ストラップを肩から提げ、ギターを構える。
何度か弦を弾いて音の調子を確かめる。うん、大丈夫だ。今日もギターは絶好調。
周囲の人々がわたしの存在に気付き、俄かに注目が集まり始める。
「――じゃ、みんな。今日もよろしくね」
そう言って、わたしは首から提げていた長方形のロケットペンダント――中には3枚のカードが入っている――を手に持ち、額にこつんと当てる。
それを合図にして、わたしの目の前に楽器をデフォルメキャラにしたような不思議な生き物が、3体現れる。
1人は、ベースをモチーフにした<音響戦士ベーシス>。
1人は、ドラムをモチーフにした<音響戦士ドラムス>。
1人は、ピアノをモチーフにした<音響戦士ピアーノ>。
みんなわたしの大切な友達だ。
そして、一緒にバンドをやっている仲間でもある。
別名「食べ歩き通り」と言われているラリラリストリート。その半ば程に位置する噴水広場は、たくさんの人々で賑わっていた。各所に設置されたベンチは、クレープやたこ焼き、肉まんなどおいしそうな食べ物を頬張る人で埋まっている。
「じゅるり……っと、いけないいけない」
魅惑の香りを漂わせる食べ物たちに心を奪われながらも、わたしは噴水近くのスペースに陣取る。
「よいしょ」と掛け声をかけながら肩に担いでいたギターケースを降ろし、その場に屈みこんで蓋を開く。服装は「横断歩道」と胸にロゴが入ったTシャツにジャージだから、しゃがんでも気にする必要はない。
中に入っているのは、随分と年季の入ったクラシック・ギターだ。
ボディー表面のコーティングが所々禿げてしまっており、何かのシミが付着したような跡もある。オンボロという言葉がぴったりのギターだった。
それでも、わたしは味わいがあって素敵だと思うし、お気に入りだ。弦はちゃんと新しいものに取り換えているし、弾く分には問題ない。
ストラップを肩から提げ、ギターを構える。
何度か弦を弾いて音の調子を確かめる。うん、大丈夫だ。今日もギターは絶好調。
周囲の人々がわたしの存在に気付き、俄かに注目が集まり始める。
「――じゃ、みんな。今日もよろしくね」
そう言って、わたしは首から提げていた長方形のロケットペンダント――中には3枚のカードが入っている――を手に持ち、額にこつんと当てる。
それを合図にして、わたしの目の前に楽器をデフォルメキャラにしたような不思議な生き物が、3体現れる。
1人は、ベースをモチーフにした<音響戦士ベーシス>。
1人は、ドラムをモチーフにした<音響戦士ドラムス>。
1人は、ピアノをモチーフにした<音響戦士ピアーノ>。
みんなわたしの大切な友達だ。
そして、一緒にバンドをやっている仲間でもある。
「――それじゃ、聞いてください! ましゅまろ流れ星!」
わたしこと沢平優衣は、2週間に1回くらいのペースでこうして路上ライブを行っている。
小さいころから歌が好きだったし、自分の歌で楽しんでくれる人たちを見るのもうれしい。
けど、路上ライブをやっている一番の理由は、お姉ちゃんに憧れているから。
わたしのお姉ちゃんも、今のわたしと同じくらいのころ……16歳ぐらいのころは、毎日のように路上で歌っていた。5歳年下のわたしは、それを毎日のように聴いていた。
カッコよかった。
わたしもあんなふうに歌いたいと思った。
お姉ちゃんはプロを目指していたけど、残念ながらそれは叶わなかった。今は結婚して、夫さんと一緒にラブラブな毎日を過ごしている。
このギターも、お姉ちゃんのお下がりだ。
そして、3人のカードの精霊たちも。
正直な話、わたしのギターはとても下手くそだ。まだ始めたばかりということもあるけど、上達の遅さを見ると才能がないんじゃないかと頭を抱える。
それでも、<ベーシス>の安定感のあるベースがわたしを支え、<ドラムス>のメリハリのあるドラムがわたしを鼓舞してくれて、<ピアーノ>の綺麗な旋律がわたしをリードしてくれる。
だけど。
精霊たちの奏でる音は、普通の人には聞こえない。
いつしか、わたしの周りから人が離れていく。
お姉ちゃんは1人でも十分観客を魅了できたけど、初心者のわたしはそう上手くいかない。下手くそなギターパートしか聞こえていないのだから、観客がいなくなって当たり前だ。
1曲目の「ましゅまろ流れ星」が終わった時点で、わたしの歌を聞いている人は誰もいなかった。
やっぱりまだ早いのかな。もっと1人で練習してた方がいいのかな。
プロになりたいわけじゃない。
だけど、お姉ちゃんみたいにみんなを感動させるような歌を歌いたい。
でも、こんな調子じゃいつまで経ってもお姉ちゃんに追いつけないよ……
しょぼんとしたわたしの様子に気付いたのか、精霊たちが楽器を鳴らしながら元気よく飛び跳ねる。
「……うん。そうだよね。しょげるのはまだ早いや」
ネガティブになる思考を無理矢理振り払って、2曲目に行こうとしたときだった。
ぱちぱちぱち。
控え目な拍手がわたしの耳に届く。
「え?」
最初は空耳だと思った。だって、わたしの周りには誰にも――
いた。わたしの正面に、男の子か女の子か判別しづらい10歳くらいの子供が屈みこんでいる。黒髪のショートカットが風に揺れ、いい香りが漂ってきた。
その子供は年齢に似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべ、
「とってもいい歌でした。思わず聴き入っちゃいました」
ぺこりと頭を下げた。
「あ、あ、こちらこそ聴いてくれてどうもありがとうございました!」
つられてわたしもお辞儀をする。随分礼儀正しい子だな。
頭を上げた黒髪の子は、わたしのほうをじっと見つめてくる。その可愛らしい顔つきに、何故だか心拍数が上がってしまう……って何考えてるのわたし!
そこでふと気付く。目の前の子の視線が、わたしからは少しだけずれていることに。
<ドラムス>が次の曲が待ちきれないと言わんばかりにダカダカダカとドラムを叩くと、黒髪の子はくすりと笑う。この反応って、もしかして――
「……すごいなぁ。精霊たちとこんなに仲良くしてるなんて。一緒にバンドをやってる人なんて初めて見ました」
わたしが問いかけるより先に、答えが来た。
「もしかして、この子たちが見えるの?」
そう言って、わたしは<音響戦士>たちを指差す。
こくりと頷く黒髪の子。
「わぁー! わたしとお姉ちゃん以外でこの子たちが見える人なんて初めて見た! すごいすごい!」
噂では聞いたことがあったけど、カードの精霊が見える人って本当にいるんだ!
衝撃の出会いに感動していると、黒髪の子は表情を曇らせる。
「ご、ごめんね。わたし変な事言っちゃった?」
急に不安になったわたしは、恐る恐る訊いてみる。
黒髪の子は慌てて笑顔を作ると、
「あ、えと、全然関係ない事なんでだいじょぶです。ボクのほうこそごめんなさい。変な勘違いをさせちゃったみたいで」
「そうなんだ。なんか急に元気なくなったみたいだったから、心配になっちゃって」
わたしは「たはは」と間抜けな感じで笑う。初めて会ったばかりだが、黒髪の子には悲しげな表情をしてほしくないと思った。なんでだろう?
「お気遣いありがとうございます。――ただ、うらやましいなぁって思っただけなんです」
「うらやましい?」
黒髪の子から出た意外な単語に、わたしは興味津々とばかりに聞き返す。
が。
「おーい、フェイ! そろそろ行くぞ!」
黒髪の子の後方、噴水広場の入口あたりから声が飛んでくる。声を発したのは、灰色の髪に学ランを着た、明らかに不良っぽい人だった。
「――ごめんなさい。もう行かなくちゃ。歌、聞かせてくれてありがとうございました」
フェイと呼ばれた子はスッと腰を上げ、もう一度丁寧にお辞儀をしてからわたしに背を向けて駆け出していく。
その小さな背中が、とても寂しげに見えて――
「あ、あの!」
わたしの声に気付いたフェイが、足を止めてこちらを振り返る。
気付いたら、叫んでいた。
小さいころから歌が好きだったし、自分の歌で楽しんでくれる人たちを見るのもうれしい。
けど、路上ライブをやっている一番の理由は、お姉ちゃんに憧れているから。
わたしのお姉ちゃんも、今のわたしと同じくらいのころ……16歳ぐらいのころは、毎日のように路上で歌っていた。5歳年下のわたしは、それを毎日のように聴いていた。
カッコよかった。
わたしもあんなふうに歌いたいと思った。
お姉ちゃんはプロを目指していたけど、残念ながらそれは叶わなかった。今は結婚して、夫さんと一緒にラブラブな毎日を過ごしている。
このギターも、お姉ちゃんのお下がりだ。
そして、3人のカードの精霊たちも。
正直な話、わたしのギターはとても下手くそだ。まだ始めたばかりということもあるけど、上達の遅さを見ると才能がないんじゃないかと頭を抱える。
それでも、<ベーシス>の安定感のあるベースがわたしを支え、<ドラムス>のメリハリのあるドラムがわたしを鼓舞してくれて、<ピアーノ>の綺麗な旋律がわたしをリードしてくれる。
だけど。
精霊たちの奏でる音は、普通の人には聞こえない。
いつしか、わたしの周りから人が離れていく。
お姉ちゃんは1人でも十分観客を魅了できたけど、初心者のわたしはそう上手くいかない。下手くそなギターパートしか聞こえていないのだから、観客がいなくなって当たり前だ。
1曲目の「ましゅまろ流れ星」が終わった時点で、わたしの歌を聞いている人は誰もいなかった。
やっぱりまだ早いのかな。もっと1人で練習してた方がいいのかな。
プロになりたいわけじゃない。
だけど、お姉ちゃんみたいにみんなを感動させるような歌を歌いたい。
でも、こんな調子じゃいつまで経ってもお姉ちゃんに追いつけないよ……
しょぼんとしたわたしの様子に気付いたのか、精霊たちが楽器を鳴らしながら元気よく飛び跳ねる。
「……うん。そうだよね。しょげるのはまだ早いや」
ネガティブになる思考を無理矢理振り払って、2曲目に行こうとしたときだった。
ぱちぱちぱち。
控え目な拍手がわたしの耳に届く。
「え?」
最初は空耳だと思った。だって、わたしの周りには誰にも――
いた。わたしの正面に、男の子か女の子か判別しづらい10歳くらいの子供が屈みこんでいる。黒髪のショートカットが風に揺れ、いい香りが漂ってきた。
その子供は年齢に似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべ、
「とってもいい歌でした。思わず聴き入っちゃいました」
ぺこりと頭を下げた。
「あ、あ、こちらこそ聴いてくれてどうもありがとうございました!」
つられてわたしもお辞儀をする。随分礼儀正しい子だな。
頭を上げた黒髪の子は、わたしのほうをじっと見つめてくる。その可愛らしい顔つきに、何故だか心拍数が上がってしまう……って何考えてるのわたし!
そこでふと気付く。目の前の子の視線が、わたしからは少しだけずれていることに。
<ドラムス>が次の曲が待ちきれないと言わんばかりにダカダカダカとドラムを叩くと、黒髪の子はくすりと笑う。この反応って、もしかして――
「……すごいなぁ。精霊たちとこんなに仲良くしてるなんて。一緒にバンドをやってる人なんて初めて見ました」
わたしが問いかけるより先に、答えが来た。
「もしかして、この子たちが見えるの?」
そう言って、わたしは<音響戦士>たちを指差す。
こくりと頷く黒髪の子。
「わぁー! わたしとお姉ちゃん以外でこの子たちが見える人なんて初めて見た! すごいすごい!」
噂では聞いたことがあったけど、カードの精霊が見える人って本当にいるんだ!
衝撃の出会いに感動していると、黒髪の子は表情を曇らせる。
「ご、ごめんね。わたし変な事言っちゃった?」
急に不安になったわたしは、恐る恐る訊いてみる。
黒髪の子は慌てて笑顔を作ると、
「あ、えと、全然関係ない事なんでだいじょぶです。ボクのほうこそごめんなさい。変な勘違いをさせちゃったみたいで」
「そうなんだ。なんか急に元気なくなったみたいだったから、心配になっちゃって」
わたしは「たはは」と間抜けな感じで笑う。初めて会ったばかりだが、黒髪の子には悲しげな表情をしてほしくないと思った。なんでだろう?
「お気遣いありがとうございます。――ただ、うらやましいなぁって思っただけなんです」
「うらやましい?」
黒髪の子から出た意外な単語に、わたしは興味津々とばかりに聞き返す。
が。
「おーい、フェイ! そろそろ行くぞ!」
黒髪の子の後方、噴水広場の入口あたりから声が飛んでくる。声を発したのは、灰色の髪に学ランを着た、明らかに不良っぽい人だった。
「――ごめんなさい。もう行かなくちゃ。歌、聞かせてくれてありがとうございました」
フェイと呼ばれた子はスッと腰を上げ、もう一度丁寧にお辞儀をしてからわたしに背を向けて駆け出していく。
その小さな背中が、とても寂しげに見えて――
「あ、あの!」
わたしの声に気付いたフェイが、足を止めてこちらを振り返る。
気付いたら、叫んでいた。
「よかったら、また聴きにきてね!」
最後に見えたのは、笑顔だったと信じたいな。