にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドM 3-1

 いつからだろうか。
 モンスターを「破壊」することを極端に恐れるようになったのは。
 自分のモンスターを犠牲にすることなくデュエルに勝利するなんて芸当は、ほぼ不可能に近い。それは分かっている。
 なら、何故ミハエルの指は動かなかったのだろうか。
 結果的に、カームはミハエルの元へ帰ってきた。
 だが、もし天羽が「手を抜いた」と判断し、宣言通りカームを破り捨てたとしたら――?
 自分は、大切なものを失っていたのではないだろうか。
 あの日――絶え間なく聞こえ続ける怨嗟の声に苦しんでいたミハエルは、カームと出会った。そして、カードの精霊の存在を知った。
 ミハエルは、今まで自分がしてきたこと――勝利に固執し、カードを道具としてしか見ていなかったことを、出会ったばかりのカードの精霊に告白した。
 誰でもよかったわけではない。しかし、どうしても自分の悩みを聞いてほしかった。
 そして――

「わたし……いえ。わたしたちなら、きっとあなたの力になれます」

 誰かに、導いてほしかった。

「わたしたちの、マスターになってください」







「そろそろ時間じゃないんですか、マスター」
 すぐ傍で聞こえたカームの声によって、ミハエルは現実に復帰する。
 治安維持局本局ビルの屋上。淀んだミハエルの心中とは対照的に、澄んだ青空が広がり、心地よい風が吹き抜けている。
 休憩用のベンチに腰掛けボーっと空を見上げていたミハエルは、半目のまま腰を上げる。カームの言うとおり、そろそろ時間だ。
 天羽とのデュエルが終わった後、ミハエルは正式に彼女のパートナーと認められたようだ。これから捜査する事件の概要を説明するために、資料を準備する時間が必要だと言った天羽は、30分後に51番会議室まで来るようにと言い残し、急ぎ足で去って行った。そのあいだやることがなかったミハエルは、こうして屋上でボーっとしていたというわけだ。
「マスター……さっきのデュエルのこと、気にしてるんですか?」
 カームはミハエルから視線を逸らし、かろうじて聞こえるような小さな声で呟く。
 答えようか聞こえなかった振りをしようか逡巡したあと、
「……気にしてない。って言ったら嘘になるな」
 結局、自分の気持ちを偽らずに答えた。
 <スクラップ・ドラゴン>の攻撃時……あるいは召喚時に、伏せてあった<破壊指輪>を発動し、<ダイガスタ・イグルス>を破壊していれば、ミハエルは勝っていた。
 自らの手で、自らのモンスターを破壊していれば、だ。
「マスター! わたしたちは――」
「『痛みを力に変えられる』だろ? 分かってるさ」
 カームの言葉を遮り、ミハエルは心情を吐露する。
「それでも、俺はお前たちを傷つけたくないんだ」
 <破壊指輪>を使わなかったことは、正しい判断ではないだろう。
 だが、間違っていたとも思わない。
(俺は、これ以上モンスターを傷つけるわけにはいかない)
 それによってデュエルで敗北することがあっても、だ。
 もう一度あの声が聞こえるのではないかという恐怖もある。
「……行こう。あんまり待たせると、何言いだすか分からないからな。天羽先輩は」
 それ以上に、ミハエルはデュエルモンスターズのカードを好きになっていたのだ。
 特に、自分を支えてくれる、優しい静寂が。






「遅かったね、ミハエル君。また道草?」
「ストラ先輩」
 51番会議室には、天羽だけではなくストラの姿もあった。
 少人数でミーティングなどを行うための場所で、部屋自体は狭い。簡素なスチール棚が部屋の隅に置かれており、中央には長方形の長机が陣取っている。
 机の上には、すでにいくつかの資料が広げられていた。
 ミハエルは2人の先輩に挨拶をしたあと、手近な椅子に腰かける。正面に天羽、左隣にストラといった構図だ。
 ……正直今からでも天羽の協力要請を断りたいところだが、彼女がそれを許してくれるとは思えない。陰鬱な気持ちのまま、何気なく天羽に視線を向ける。
「さて。それでは早速だが、事件の概要を説明しようか。分かっているとは思うが、他言無用だぞ」
「……俺、セキュリティの入隊試験ちゃんと合格してるんスけど。守秘義務くらい守れますよ」
「失礼。君の顔はどうもお喋り好きなナンパ野郎に見えるんでな。釘を刺しておこうと思って」
「失礼だと思ってるなら言わなきゃいいんじゃないっスかね!」
 ミハエルは立ち上がって抗議の声を上げるが、ストラになだめられ、仕方なく席に座る。
「ストラ、例のカードを」
 天羽に促され、ストラは持っていたファイルから何枚かのカードを取り出し、机の上に並べる。
 並べられたカードは、全て絵柄の部分が黒く染まっていた。
「これは……」
「イラストの部分が黒く塗りつぶされ、ディスクで認識できなくなる。ゼロリバース以前から何回か報告されていた事例だが、最近になって被害が急速に増えている」
 よく見れば、イラストを塗りつぶしている黒の濃さには違いがある。完全に黒一色に染まっているものもあれば、うっすらと元のイラストが見えるものもあった。
「過去にも似たような現象が起きた事件があったけど、今回の被害はそれとは別の原因があると考えられているわ」
「別の原因……ってことは、すでに原因が分かってるんスか?」
 ミハエルの問いに、天羽は一呼吸置いたあと、告げた。

「精霊喰いだ」