にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドM 1-3

 外に出ると、先程店の中で聞こえた喧騒がよりはっきりと響いてくる。
 街の中心部からやや外れたこの辺り一帯は、比較的家賃が安めの賃貸物件が多い。中心部に勤めるサラリーマンが住人の大半を占めているが、その一方で、日中人気が少ないのをいい事にたむろしている不良グループもいる。空き巣や恐喝などの事件が起こったことも少なくない。
 ミハエルは借りてきたデュエルディスクを左腕に装着すると、騒がしい声が聞こえてくる方へと足を運ぶ。
(こいつを使う羽目にならなきゃいいがな……)
 ディスクの重みを感じながら、ミハエルはため息を吐く。デュエルを見るのは好きだが、実際に自分がやるとなると話は別だ。セキュリティの捜査官という職業に就いたのも、カードを集めるための資金調達のため、給料がいい仕事を選んだだけだった。
 表通りに面しているカードショップの脇、車は入れないような細い路地を進むと、建物と建物の間にちょっとした空間ができていた。そこに集まった若い男たちが、騒ぎの発生源らしい。
 高い背丈を生かして人垣の向こう側を覗きこむと、デュエルディスクを装着した2人の男が、向かい合ってデュエルに興じていた。ミハエルの予想通りだ。
 時間が時間なだけに、こう騒がれては近所迷惑だろうが、デュエルそのものはごく普通に行われている。最も、プロデュエリスト同士の対戦を見た後だと、プレイングが陳腐に見えてしまったが。
 治安維持局の人間という立場からすれば注意するべきなのだろうが、面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。ただでさえストレスのたまる仕事だというのに、わざわざ自分からストレスを抱え込むことはない。
 そう考えているうちに、デュエルが終了したようだ。敗者と思われる男が両手両膝を地面に付き、悔しげに何度も右拳を叩きつけていた。
「てめえの負けだな。さ、カードを渡してもらおうか」
 ただ負けただけにしては大げさな悔しがり方だと思ったが、どうやら互いのレアカードを賭けた「アンティ勝負」だったようだ。勝者となり、誇らしげな笑みを浮かべた男が、敗者に向かって賭けの支払いを求めている。
(……互いに同意のうえでの賭けデュエルなら、咎める必要はないか)
 観念したように敗者の男がカードを差し出したのを見て、ミハエルはこの場を去ろうとする。これでデュエルは終わるはずだし、仮に騒ぎが続いたとしたら、近隣住民がセキュリティに通報するだろう。
「戻るぜカーム」
「え? で、でも……」
「放っておいて大丈夫だろ。それよりも、カームにお似合いの装備魔法を探すほうが重要だ」
 もちろん治安維持局の人間という立場からすれば止めに入るべきなのだろうが――同じ言い訳を心中で繰り返す。
「カードを賭けるなんて、見ていて気持ちのいいものじゃないですね……」
 沈痛な表情で呟いたカームを見て、もう一度人垣の中に視線を移した、その瞬間だった。

 ビリィッ! と。

 強烈な不快感をもたらす音が、ミハエルの耳に届いた。
 それだけで何が起こったかを理解できてしまうほど、嫌な音だった。
「こんなクズカード、もらっても仕方ねえなぁ! 道理で弱いはずだぜ。弱小カードばかりのゴミデッキで俺に挑もうなんざ、百万年早ええよバーカ」
 陳腐な煽りを吐き出す男は、敗者から受け取った賭けカードを破り捨てた。
 2つの紙片と化したカードは、ひらひらと宙を舞い、地面に落ちる。
 自らのカードを破かれた敗者の男は、地面に落ちた紙片を拾い上げると、唇を震わせる。言葉も出ないようだった。
「おい! もっと強いレアカード持ってるヤツはいねえのかよ! 俺に勝てば、今のデュエルで活躍したあいつが手に入るんだぜ! 誰か――」

「黙れよ」

 気がつけば、ミハエルは人垣を抜けて男の前まで躍り出ていた。
「ま、マスター!?」
 突然の行動に、隣にいるカームが狼狽する。
「悪い、カーム。ちょっと付き合ってくれ」
 男から視線を外さないまま、ミハエルは告げる。カードショップの店主と会話していたときとは違う、重さを感じさせる口調だった。
「久しぶりに、ぶちのめしてやりたくなった」
「……分かりました。わたしも、あの人嫌いです」
 そう言って、カームは頷く。カームがはっきりとした嫌悪感を示すのは珍しかった。
「ああん? 何だテメエは」
 改めて、男の風貌に目をやる。剃りこみの入った坊主頭に、耳には大量のピアス。黒のレザージャケットを纏い、左腕に装着したデュエルディスクには髑髏の紋様があちこちに刻まれている。
「テメエが次の挑戦者か? だったら、さっさと賭けるレアカードを――」
「デュエルモンスターズのカードには、精霊が宿ってるって話を聞いたことがあるか?」
「……ハァ?」
 脈絡のないミハエルの言葉に、男が不愉快気に顔を歪める。
「お前はカードを破り捨てた。つまり、そのカードに宿ってた精霊を殺したってことだ」
 怒りを押し殺し、深く息を吸ってから言葉を吐き出す。
 頭の中は驚くほどクリアだったが、代わりに煮えたぎった怒りが全身を駆け巡る。
 カードを破り捨てる。
 ミハエルにとって、その行為は人を殺すことと同義だった。
 ――こいつは、許さない。
「ワケ分かんねぇこと言ってんじゃねぇ! デュエルする気があるなら、さっさと賭けるカードを見せやがれ!」
「……こいつでどうだ?」
 声を荒げる男に対し、ミハエルは腰に提げたデッキケースから、1枚のカードを取り出し、男に向かって見せつける。
 <光帝クライス>――アドバンス召喚することによって強力な効果を発揮する、<帝>シリーズの1枚だ。
「……なかなかの上物じゃねえか。いいぜ。お前を挑戦者として認めよう。お前が勝ったら、俺のデッキで一番のレアカードをやるよ」
 男の目つきが変わる。卑しさにまみれた下衆のものへと。
「いらねえよ。別にお前のカードが欲しいわけじゃない。ただ――」
 ミハエルはジーンズのポケットから髪止め用のゴムを取り出すと、肩にかかっていた後ろ髪をひとつにまとめる。
 そして、ディスクを展開。ソリッドビジョンシステムが作動し、虹色の光をたたえる。
「調子に乗ってる大馬鹿野郎を、叩き潰したいだけだ」
「――調子に乗ってんのはテメエだろ! クソ野郎!!」
 ギャラリーから歓声が沸き起こり、戦いの幕が上がった。