にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage2 サイドM 2-3

 30分後。
「さて! 早速だが君を呼び出した用件を話すとしよう」
 身なりを整えた天羽は、場を仕切り直すようにコホンと咳払いをする。
 昨日と同じような灰色のジャケットとホットパンツ。ネクタイの色は紅ではなく黒の縦縞が入ったものだった。
「まだ新人とはいえ、そろそろ研修には飽きてきたころだろう? 今日から私とコンビを組んである事件を捜査してもらう」
「ある事件……?」
 いきなり嫌な単語が出てきた。面倒事に巻き込まれる予感がぷんぷんしてくる。
「それについては後で説明しよう。まずは、君が捜査を行うにふさわしい資質を持っているかどうか、確かめさせてもらう」
 そう言って、天羽は左腕に装着したデュエルディスクを掲げて見せる。
 彼女の言う資質とは、捜査をスムーズに進める技量ではなく、デュエルの腕前の事を指しているようだ。
 ――君の本気が見たい。
 昨日の夜、初対面の天羽に言われたセリフが蘇る。
 ミハエルは「はぁ~」とわざとらしいため息を吐くと、
「……その『ある事件』ってのがどんなものか知りませんが、俺じゃ力不足っスよ。同期の新人で、俺よりデュエルが強いヤツなんか山ほどいます。もし事件の捜査にデュエルが必要になるなら、他を当たってもらえないっスか?」
 うんざりとした様子を全面に押し出し、がっくりと肩を落とす。
 唐突にやってきた新しい上司が、新人であるミハエルに持ってきた捜査協力依頼。事件の捜査を行うにあたって、デュエルは避けられない――ややこしいことになるのは目に見えている。ここは全力で回避するしかあるまい。
「あと、俺昨日医者から余命3日って宣告されたんスよ。身辺整理とかしたいんで、正直事件の捜査とか参加してる暇ないんですよねー」
「平然と嘘を吐くな」
 ナチュラルな流れで嘘を吐いて誤魔化してみるが、いとも簡単に見破られてしまった。
「ええっ!? ま、マスター! 余命3日って本当ですか!? そんな……全然気付かなかった……これからわたしどうすれば……」
 ……天羽は騙せなかったが、代わりに違う人物が引っかかった。
「マスターのしもべとして、やはり私も一緒に自害するべきなんでしょうか……いや! まだ諦めないでくださいマスター! わたしがきっと治療法を探してみせます!」
 両拳をギュッと握り、大いなる決意を瞳に宿すカーム。
(うわあ。嘘って言い辛い)
 張りきるカームに生返事を返し、どうやって嘘だと切り出そうか悩んでいると、天羽がこらえきれなくなったように吹き出した。
「ははは! いやはや面白いな君たちは。カードの精霊とそんな風に話す人はなかなかいない。やはり君をパートナーに選んで正解だったようだよ。ミハエル・サザーランド君」
「いや、だから俺は謹んで辞退を……」
「――アカデミア時代は常にトップクラスの成績を維持していたんだろう? 将来を有望視された、類稀なる才能を持った決闘者だ。だが、ある時を境に急激に成績が落ちている。セキュリティの試験も合格点すれすれだ。これはどういうことなんだろうね?」
「……ッ」
 背筋に氷を入れられたような錯覚を覚える。
 浮ついていた気持ちが、一気に冷え込んだ。
「私は、自分の手で確かめたいんだ。ミハエル・サザーランドという決闘者の実力を」
 いつの間にか、天羽の顔がすぐ近くにあった。
 その美貌に胸がドキリと高鳴ってもおかしくないはずなのに、ミハエルの胸は得体のしれない不安にざわめくだけだ。
 間近で見る天羽の瞳は、隠し事を全て見抜いてしまいそうな、不思議な光を湛えている。
 やはり、朱野天羽の目的は――
「さあ、決闘だミハエル君。悪いが拒否は認めない」
 天羽の口調は静かだったが、有無を言わせない迫力があった。
「……分かりましたよ。やればいいんでしょやれば」
 ミハエルはもう一度ため息を吐くと、渋々デュエルディスクを展開させる。
 天羽は「それでいい」と頷くと、くるりと身を翻して反対側へと歩いていく。
(ま、適当に相手して程よいところで負けておくか)
 真剣にデュエルをするなど、ミハエルにとっては苦痛以外の何物でもない。ただでさえ昨日痛い目を見たのだ。乗り気になれるはずがない。
 そんなミハエルの様子を見た天羽が、意味深な微笑を浮かべる。
「何ですか? 気味悪いんでやめてほしいんスけど」
「……そういえばひとつ言い忘れていたと思ってな。私は幼少時代をサテライトで過ごしている。今でこそこうしてセキュリティの捜査官になることができたが、当時は生きるのが精いっぱいでな。スリや盗みは日常茶飯事だったよ。手癖の悪さには定評があった」
 昔の情景を思い浮かべているのか、しみじみと語る天羽。
「それが何か関係あるんスか?」
「いや、関係ないぞ。だが、本気で戦った方がいい。さもなくば――」
 天羽はジャケットの内ポケットを探ると、1枚のカードを取り出す。

「彼女の命は保証できないな」

 天羽の指先に在るのは――<ガスタの静寂 カーム>。
「なっ……!?」
 ミハエルは弾かれたようにディスクからデッキを取り外し、中身を確認する。
 何度見返しても、カームの姿はない。
(さっき近づいたときにかすめ取ったっていうのか……!? 手癖が悪いってレベルじゃねえぞ!)
 カームの姿が見えなくなったのはディスクを展開したからだと思っていたが、違ったらしい。
 ミハエルは天羽を睨みつける。天羽の姿に、カードを破り捨てた外道――馬橋の影が重なる。まさかとは思うが、カームに傷を付けるようなことがあれば、ただではおかない。
「いい目だ」
 天羽は満足げな表情を浮かべると、カームをジャケットの内ポケットに戻す。
「安心したまえ。君が故意に手を抜かない限り、何もしないさ。もし君がわざと負けたりすれば容赦はしないがね」
 つまり、カームはミハエルに本気を出させるための人質ということだ。
 この状況では、面倒くさいなどと言っている場合ではない。カームの命がかかっているのだ。
「――本気で戦います! 恨まないでくださいよ!」
「大した自信じゃないか。これは楽しみだな」

「「――決闘!」」

 まさか、こんな形で舞台に上がることになるとは思っていなかった。
 ミハエルは、怯えの混じった指先でカードをドローした。