にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 明日に伸ばす手-4

◆◆◆

 カツン、と。
 音をたてないように慎重に歩いたはずだったのだが、静寂に包まれた建物内では、わずかな足音もはっきりと響いた。
 レイジ・フェロウが派遣した案内人によって無事にデュエルパレス内に侵入した創志は、人の気配を逃さないように神経を張り詰めながら、探索を進めていた。まだ塗装が済んでいないコンクリート剥き出しの通路を通り、向かっているのはメインスタジアム方面なのだが――
(……一人で探すには広すぎだなこりゃ)
 必要最低限の照明が灯ったデュエルパレス内は、使用途中の建材があちこちに積まれており、身をひそめるのに最適な場所だらけだ。子供がかくれんぼでもしようものなら、丸一日使っても確実に終わらないだろう。まして、今回鬼役は創志のみ。それこそ砂漠の中から一粒の真珠を見つけるようなものだ。
(カッコつけずに、ティトたちもこっちに来てもらえばよかったか……)
 探索開始からすでに一時間が経過したが、手掛かりは皆無。柱に身を預け、どうしたものかと頭を抱える。そこで、左腕に装着したデュエルディスクがその存在を主張した――ように見えた。
「……そうか」
 気付く。創志はデュエルディスクを展開させて臨戦態勢に移行すると、柱の陰から飛び出し、わざとらしく足音を立てた。
「おいコソ泥ども! いるのは分かってるんだぞ! さっさと出てきやがれ!」
 精一杯ドスを利かせながら、大声で叫ぶ。探すことを諦めて自棄になったように見えるが、創志にはそれなりの打算があった。
 仮にデュエルパレスに犯人グループが潜んでいるとして、創志一人では手に負えないような大規模な人数であることはないだろう。それだけの人数がいるなら創志の侵入に気付かないはずがないし、複数で取り囲んでしまえばまさしく袋のネズミだ。侵入者が本当に単独なのかどうかの見極めも、いいかげん済んでいるはずである。
 となれば、潜伏犯は少人数、もしくは単独だ。加えて、侵入者である創志を始末するのではなく、やり過ごそうとしていることから、実力行使には自信がない連中だと予測できる。
(だったら、こそこそ隠れる必要はねえ。こいつでおびき出してやればいい)
 創志はデュエルディスクをぶんぶん振り回し、
「人のカードぶんどってる悪党め! 俺がデュエルで成敗してやるぜ!」
 右手でカードを引く動作――「エアドロー」を披露し、ポーズまで決めて見せる。敵の目的がデュエルモンスターズのカードなら、今の創志は恰好の獲物だろう。
「……さすがにわざとらしすぎて恥ずいな」
 ふと我に返り、頬が紅潮することを感じたところで――
「――――っ!」
 気配を感じた。頭が急速に冷え、四肢に自然と力がこもる。デュエルディスクを構えながらも、荒事になったときのために右手はフリーに。
 ――左前方にある資材の陰から、濃い殺気を感じた。
 一歩を踏み出す。殺気の元を注視し、サイコパワーによって実体化させるためのモンスターカードを引き抜く。
 カードを掴む指先に力を込めた。創志の背後に、実体化するモンスターの影が揺らめく。
(……違う!)
 寸前、天井が軋むわずかな音が聞こえた。
 前に傾きかけていた体を強引に留め、すぐさま後方に跳躍。
 次の瞬間、さっきまで創志が立っていた地点の一歩先を、黄金色に煌めく「何か」が貫いた。
「――――」
 判断を誤れば、脳天から串刺しにされていただろう。その光景が脳裏に浮かび、背筋が凍る。
 が、思考まで固まるわけにはいかない。創志は天井に視線を向けるが、目立った異常はない。だとすれば――
「サイコデュエリスト、か」
 天井付近でモンスター、もしくは魔法・罠カードを実体化させ、創志を襲撃した。その判断を裏付ける証拠に、創志の脳天を貫こうとした「何か」は、忽然と姿を消している。着弾地点にすら傷一つない。
「……なるほど。これまでの経歴は伊達ではないということか」
 落ち着いた声色が響き、人影が資材の影――創志が飛びこもうとしていた場所――から現れる。
 声の低さと背格好から見て間違いなく男だろう。身長は高い、180cmはあるだろうか。ダークブラウンのロングコートを羽織っているせいで、体型は分かり辛い。飾り気のないサングラスで目を、真紅のマフラーで口元を隠しているため、どのような顔をしているかは判別できない。
 露骨に正体を隠す恰好をした男が現れたとなれば、「当たり」を引いたとみて間違いない。
「……一応聞いておくぜ。ここで何してる?」
 互いの目的が分かっているだろうと踏んでの、短い問い。
 対し、長身の男はわずかに眉尻を動かしつつ、
「――お前を待っていた。皆本創志」
 マフラー越しにも伝わる芯の通った声で、そう告げた。
「俺を待っていた……だって?」
 こちらの名前を知っている――まんまとおびき出されたということだろうか。
「そうだ。俺たちの目的は分かっているだろう? デュエルモンスターズのカードの『回収』。手段は問わず、だ」
「俺の持ってるカードを狙ってるってことか? 生憎と、レアカードとは縁のない男だぜ」
「……そうか。お前たちはまだ、我々の狙うカードの法則に気付いていないのか」
「何――!?」
 相手に驚きを悟られないよう努めつつ、響矢から得た情報を思い出す。犯人グループの狙うカードはレア・ノーマル問わず様々で、一貫性がありそうでないと。
 目の前の男の言葉を信じるなら、彼らの狙うカードにはやはり一貫性があったことになる。
「他次元……並行世界の存在を知っているお前らなら、誰かが気付いていてもおかしくないと思ったのだがな。買いかぶりだったようだ」
 加えて、長身の男は創志を始めとしたこちら側の情報を握っている。おそらく、かなり詳細な情報を。
(一体どこから――)
 考えようとして、やめる。この手の犯人探しは、足りない頭で思考しても堂々巡りになるだけだ。
 そんなことより、目の前に立つ敵に全神経を集中しなければならない。
「無駄話はここまでだな。詳細を告げよう」
「…………」
 長身の男が動く気配はない。まだ、実力行使の段階ではないということだろうか。
 建物内を流れる隙間風の音が、やけにうるさく感じる。見えないが確かに存在する圧迫感に周囲を囲まれ、首筋に冷や汗が流れる。

「お前の持つ<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>を渡してもらいたい」

「<クレアシオン>を……?」
「そうだ。大人しく渡すなら危害は加えない。トレードを希望するなら、可能な限り応じよう」
 男は穏便な条件を提示しつつも、静かに腰に手を回す。
 予想外の提案だが、嘘は言っていない。何となくだが、創志はそう感じた。
 なら、どうしてデュエルディスクらしきユニットを、左手にセットしているのか?
 長身の男は、創志たちの詳細な情報を得ていた。
 だとすれば――
「――俺が、応じると思うか?」
「いいや。だから、お前が一番望んでいる形で奪うつもりだ」
 瞬間、男のデュエルディスクからワイヤーが発射される。先端にはマジックハンドのような固定器具が取り付けられていた。
 サテライトでデュエルギャングたちが縄張り争いを繰り広げていた時代によく使われていた、相手を強制的にデュエルに巻き込む言わば「処刑用ワイヤー」だ。
 創志は、あえてそれを正面から受ける。例え相手の手の平で踊らされているとしても、デュエルでの決着なら、尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。
 二つのデュエルディスクが固定される。ここでようやく、長身の男も臨戦態勢に移行した。
アンティルールだ。俺が勝ったら、<クレアシオン・ドラグーン>をいただく」
「受ける以外の選択肢はねえんだろうが……上等だ! なら、俺が勝ったらアンタが持ってる情報を洗いざらい吐いてもらうぜ! ついでに、今まで奪ったカードもまとめて返してもらう!」
「欲深い男だ……だが、受けよう!」
 互いの意志確認はとうに済んでいる。お互い顔を合わせた時点で、こうなることは分かっていた。創志が恐怖に屈したり、金に目がくらんだりして<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>を手放すような人間ではないと分かっていたからこそ、長身の男は穏便な提案をしつつもデュエルディスクを構えたのだ。
「「デュエル!」」
 舞台の幕が上がる。
 彼が彼であるために越えなければならない、大きな壁がそびえ立っていることを、彼はまだ知らない。