にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 明日に伸ばす手-2

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「あれが建設途中のデュエルパレスか……まじまじと見たのは初めてだが、相当デケエな」
 星の光が闇夜に輝き、微かな冷気を含んだ風が吹き抜ける夜。人工の光に照らされたハイウェイの片隅で、双眼鏡から目を離した皆本創志は、感嘆のため息を漏らしながら呟いた。周囲に人影はなく、創志の傍らにはくすんだ銀色を鈍く輝かせる、弾丸を連想させるようなフォルムのDホイールが停まっていた。言うまでもなく、創志の愛車である。
「あの海馬コーポレーションが他の業務に支障が出るくらい完成を急いでいる施設だからね。普通の企業なら、形にするだけでも三年はかかるよ」
 創志の呟きに応えたのは、Dホイールのディスプレイに表示された線の細い黒髪の少年――皆本信二だ。彼の後ろには、見慣れた風景……時枝探偵事務所のオフィスが映っている。
「建設が始まったのは去年の年末だから……まだ一年も経ってねえのか」
 創志の視線の先には、海上に浮かぶ「小さな島」だ。闇夜の中でも、水平線に生まれた凸がはっきりと分かる。
 「デュエルの全てが集う場所」――海上にて建設が進んでいる大型施設は、まさにデュエルモンスターズのために作られた大型総合施設だ。プロデュエリストの試合や各種大会が行われるメインスタジアムに、ネオ童実野シティを走るデュエルレーンとも直結する予定のサーキット。ソリットビジョンを利用したエンターテイメントショーを行うための大型ホール、新型デュエルディスクが体験できる出張開発室、来場者向けの宿泊施設等、ここに来ればデュエルの全てに触れられるという宣伝文句も誇張ではないほどの充実っぷり――それがデュエルパレスだ。
 もっとも、現在はまだ形ができ上がった程度で、これから各種設備の設置に取り掛かる予定らしい。
「資材は船で運んでるんだっけか?」
「そうだね。建設スタッフは作業終了後、全員がデュエルパレスから出て、宿舎や自宅へ戻るように通達されているみたい。残業……というか、パレスに残ることは禁止で、夜間は海馬コーポレーションが自社の警備ロボットとカメラで監視しているって話」
「つまり、今あそこには誰もいないってことか」
「いないはず、なんだ」
 陸から切り離された空洞の孤島――となれば。
「やましい連中が隠れるのにうってつけってわけだ。分かりやすくていいな」
「相手が兄さんみたいなシンプル思考ならの話だけどね」
「……おい、それは褒めてるのかけなしてるのかどっちだ? なあ信二」
「パレスまではレイジ・フェロウから派遣された人が船を出してくれる。夜間警備のほうも、先方に話を通して一時的にオフにしてもらったと。相変わらず用意がいいね、響矢さんは」
「露骨に話逸らすんじゃねえ! ……ま、今回の依頼は響矢直々だからな。道案内くらいは、してもらわないと困る」
 レイジ・フェロウ・ヒビキ――創志の戦友でもある青年、上凪響矢が経営する人材派遣会社だ。響矢がワケ有りの人材を積極的に雇用していた結果、裏社会からの仕事も請け負うことになり、その筋では有名な会社である。言わずと知れた大企業である海馬コーポレーションにまで影響力を持つ程とは、響矢の経営者としての手腕はますます成長しているようだ。
「でも、レイジ・フェロウが請け負ってくれるのは道案内まで、だ。そこから先は――」
「荒事はウチの管轄、だろ? 分かってるって」
「……本当に分かってる? 兄さん。もう術式は使えない。守護者になっていた影響で少しは身体能力が強化されているみたいだけど、それだって強力なサイコデュエリストを相手にしたら歯が立たないレベルだ。術式が使えた頃の感覚で首を突っ込めば、痛い目を見るだけじゃすまないんだ」
「――俺が言った『分かってる』ってのは、それを含めてだよ。お前やティトたちに心配かけるようなことはしねえ。これでも修羅場くぐってんだ。やばいと思ったら、尻尾巻いて逃げ出すさ」
 創志は画面の向こうにいる弟を安心させるために、不敵に笑って見せる。それを見た信二は、やれやれといった感じで肩をすくめた。
 上凪響矢本人から時枝探偵事務所にもたらされた依頼。それを簡潔に表すなら、「デュエルモンスターズのカードを狙った強盗犯の確保」だった。
 デュエルモンスターズのカードの中には、それこそ一軒家が買えてしまうほどの高額で取引されているレアカードが存在する。ゆえに、それらを狙った盗難事件が後を絶たないわけだが、今回の事件の犯人が狙っているカードはやや趣向が違っていた。
 依頼人である響矢の言葉を借りれば、一貫性がありそうでない。
 中には高額なレアカードも含まれてはいるが、誰もが持っているようなノーマルカードが標的になっていることが多い。響矢の妹であり、創志の友達でもある上凪紫音も被害にあっており、盗まれたカードは「イビリチュア・スカルドラゴン」――「リチュア」デッキ以外では活躍が難しく、そこまで価値があるとはいえないカードだった。
「価値がない、なんて言ったら紫音のやつは怒りそうだけどな」
「『あたしの切り札を悪く言わないで!』……なんて、セリフまで想像できるよ」
 不幸中の幸いというべきか、紫音は乱暴にカードを奪われたわけではなく、誰かとぶつかってデッキのカードを散乱させてしまったところで盗まれてしまったらしい。残念ながら、容疑者らしき人物の顔は覚えていないとのことだった。
 治安維持局、及びセキュリティが解体された後に設立された警察機構も、もちろん動いてはいる。彼らの対応が追い付いていないのは、組織が設立して間もないせいで、指揮系統が完全に整備されていないからだ。加えて被害に遭ったという届け出が圧倒的に少ないこともある。レアカードを取られた被害者が表舞台に顔を出しづらい人間だったり、そもそもノーマルカードを盗られたことに気付いていなかったりするケースもある。そこで表、裏ともに人脈のあるレイジ・フェロウ・ヒビキに話が回ってきたのだろう。
「犯人はおそらく複数。拠点をいくつか持っていて、悟られないよう転々としている、だっけか」
「そうだね。ティトさんたちも、そろそろ目的地に着くはずだよ」
「……そっか。何かあったらすぐ連絡くれ」
「兄さんもね。……もう神楽屋さんはいないんだ。組織を支える大黒柱が折れちゃ、話にならないよ」
「肝に命じとく。じゃな」
 画面に向かって軽く手を振って、創志は通信を終える。
 これから向かおうとしているデュエルパレスは、潜伏拠点候補の一カ所。別の拠点にはレイジ・フェロウから派遣された人材や、創志たちのように協力を要請された人間が向かっているはずだ。時枝探偵事務所の別働隊を含めて。
(……あいつらが向かったとこに、犯人がいなきゃいいけどな)
 Dホイールに跨り、ヘルメットを被りながら、創志はティトたちの顔を思い浮かべる。
 彼女たちは、創志とは比べ物にならないほどの力を持っている。
 しかし、力を持っていることと、強いことはイコールではない。
「さっさと片付けて、向こうに行くか」
 決意を確かめるように声に出した創志は、Dホイールを走らせ待ち合わせ場所へと向かった。