にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

隙間を埋めるプラスティック-2

◆◆◆

 ノゾミが我が家にやってきて、一ヶ月が過ぎた。
 ギフティアのいる生活……温もりのある生活。そんなキャッチコピーに惹かれて、リースの契約を結んだ。
 確かに、一人で生活している頃よりは寂しさを感じる機会が少なくなった。
 しかし、温もりがあるかと問われれば、素直に頷けない。
「夕ご飯できました。どうぞ、召し上がれ」
「……いただきます」
 もう両手では数え切れなくなったノゾミとの食卓。そこに、温かみはなかった。
 今日のメニューは、豆腐とわかめの味噌汁に野菜炒め。里芋の煮物にひじきの煮つけと、相変わらずの和風。味は申し分ない。不満などあるはずがない。
 初日の夕食以降、ノゾミは私に言われたことを律儀に守り、必要なこと以外喋らなかった。それは食事の時間に限った話ではなく、掃除をしているときも、洗濯をしているときも、そして、何もしていないときでも、ノゾミは話しかけてこなくなった。
 それでも、持ち前の明るさが失われてしまったわけではない。料理をしているときはいつも鼻歌を歌っているし、買い物に出るときはスキップ混じりだ。
 何より、笑顔を絶やさない。
「……なあ、ノゾミ」
 私は箸を止め、自分が決めたルールを自ら破り、口を開いた。
「なんですか? お父さん」
 当然、ノゾミはそれを咎めるようなことはせず、自然に訊き返してくる。
「……楽しい、か?」
 漠然としすぎた質問だったとは思う。しかし、それ以外に上手い訊き方が思い付かなかった。
 家族らしい交流がないにもかかわらず、ノゾミは常に笑顔だった。
 いってらっしゃいを言うときも、おかえりなさいを言うときも、いただきますを言うときも。
 ノゾミはギフティアだ。どれだけ人間と区別が付かなかろうと、人間ではない。機械だ。
 だから、私は不安を感じていた。
 ノゾミの笑顔は、正真正銘の「作り物」なのではないかと。
「……あたしは、お父さんと一緒に暮らし始めてから、毎日楽しいですよ」
「――――ッ!」
 バン! と。
 反射的にテーブルを叩き、私は立ち上がって身を乗り出していた。
「嘘を……嘘を吐かないでくれ。こんな生活、楽しいはずがない」
 ノゾミが家にやってきてからも、私は特に生活スタイルを変えることはしなかった。家事はノゾミに任せ、仕事優先。帰宅が深夜になることも何度かあった。そのあいだ、ノゾミは家でずっと一人だったのだ。
 もちろん、孤独を好む、一人でも退屈しないという人間はいる。独身時代の自分もそうだった。だが、ノゾミの性格ならそれはありえないだろう。むしろ、退屈を一番嫌いそうだ。
 それでも楽しいと言えるのは、機械だから。ギフティアだから。
 どんな環境でも「楽しい」と思えるようにプログラムされているから――そんな考えが脳内を占めていく。
「私の……俺のわがままに付き合わされて、それでも笑顔でいられるなんて、無理をしているに決まっている。きっと碧や友だって……」
 突然テーブルを叩いても、ノゾミは驚かなかった。冷静に箸を置き、私の瞳を見つめ返してくる。ふとした拍子に見せるノゾミの大人びた部分が、顔を覗かせていた。
「……奥さんや、娘さんが、そう言ってたんですか?」
「言っていない。けれど、それは俺が言わないように圧力をかけていたからだ。本当は、きっと毎日つまらないと感じていたはずだ。家にいると、私と一緒にいると息苦しいと思っていたはずなんだ」

「――本当に?」

「それは……」
 言葉に詰まる。碧や友に問いただしたことはないし、彼女たちの口から真実が語られることは永遠にない。だから、私の考えが本当かどうかは分からない。
 でも、と切り返そうとしたところで、
「あたしは、嘘なんて言ってません」
 俺の瞳をジッと見つめ返してきたノゾミが、はっきりとした口調で言った。
「それじゃ、ダメなんですか?」
「……そういうわけじゃない」
 けれど。
 俺がギフティアと共に暮らし始めたのは、以前の生活を焼き増しするためじゃない。
 何もしてあげられなかったから。
「……後悔してるんだ。できることならやり直したいと思っている」
 ノゾミは口を挟まず、俺の言葉に黙って耳を傾けている。
「家族のために、何かしてあげたいんだ。そうしなきゃ、俺は一生罪悪感に苛まれ続ける」
 言いながら、結局は自分のためかと自己嫌悪する。自分が苦しむのが嫌だから、過去に囚われ続けるのが嫌だから、ギフティアを都合のいいはけ口にしようとしている。
「……うれしいです」
「……え?」
 ノゾミの明るい声が鼓膜を震わせるが、すぐにはその意味を理解できなかった。
 茶髪の少女はいつもの笑顔で――いや、瞳に無色透明の涙を溜めながら、
「あたしは、お父さんの家族になれてたんですね」
 本当にうれしそうに、言った。
 それを見て、俺は初めて気付いた。ノゾミも、不安だったのだ。自分が娘として見られているかどうか、ただの機械ではなく人間として見られているかどうかを。
 俺は、ノゾミのことをまだ娘としては見れてはいない。
 しかし、この笑顔を裏切ることはできない。
 今度こそ。
「――ノゾミ」
「……何ですか? お父さん」
「一緒に、遊びに行こう」

◆◆◆

「わー! すっごーい! 見て見てお父さん! 楽しそうな乗り物がいっぱいありますよ!」
「そ、そうだな……」
 ジェットコースター等の絶叫マシンを見てキラキラと瞳を輝かせるノゾミを前にしては、ああいうのは苦手だと言い出しづらかった。
 「二人で一緒に遊びに行く」――その場所に遊園地を選んだのは、ノゾミではなく俺だった。子供の頃に両親に連れていってもらい楽しかった思い出が、今も残っていたからだ。その遊園地に、派手な絶叫マシンはなかったが。
 平日だが、それなりに混雑しているところは人気の証だろう。この日のために上司に有給休暇を申し出たところ二つ返事で承諾してくれた。曰く、「君が全然休まないから逆にこっちが怒られるところだったよ」らしい。
「さて、まずは何に乗ろうか」
「お父さんは行きたいところとかあります?」
 静かなところ、と言いそうになってやめる。それでは遊園地に来た意味がない。
「そうだな……ノゾミはどれがいいんだ?」
「あたしはですね、えーっと……あれがいいです!」
 遠慮する素振りを見せつつも、行きたい方向を指した人差し指には力がこもっている。
 ノゾミが指差したのは、煌びやかな装飾に彩られた白馬やかごがゆっくりと回転しているアトラクション――
「メリーゴーランド……」
「ど、どうしましたお父さん? メリーゴーランド嫌いですか?」
「ち、違う違う。ちょっと昔のことを思い出してしまっただけだよ」
「昔のこと?」
「……友が、あれに乗りたいと言っていたんだ」
 今まで忘れていたことが不思議なくらいの記憶だ。母親の影響を受けたのか、幼い頃から滅多にわがままを言わなかった友が、一度だけせがんできたことがあった。みんなで遊園地に行って、メリーゴーランドに乗りたいと。
 俺はその頃仕事が忙しく、ロクに休める暇さえなかったので、お母さんと一緒に行ってきなさいと言った。すると友は少し寂しそうに笑いながら、頷いた。
 結局、友は遊園地には行かなかった。母親である碧と一緒に出かけはしたが、母の体調を気遣い、水族館に行き先を変更したのだ。とても楽しかったとはしゃぐ友の姿が目に浮かぶ。だがそれは――
「……よし。一緒に乗ろうか、ノゾミ」
「――はい! お父さん!」
 それから、二人で色んなアトラクションを巡った。
 メリーゴーランドやコーヒーカップから始まり、お化け屋敷やミラーハウス、そして俺の苦手な絶叫マシンにもチャレンジした。乗っている最中は目が回るやら心臓がバクバクいうやらで生きた心地がしなかったが、終わった後隣で笑うノゾミを見ていると、何となく楽しかったかなと思えてしまった。
 平日に休んでいることがすでに珍しいのに、こんな騒がしいところで、娘と共に歩いているなんて――今までの自分では考えられない経験だった。新しい扉を開いたような気がしていた。
 やがて夕焼けが辺りを染め始め、パレードを見終えた頃。
「……そろそろ帰りましょうか。夕食の支度もしなきゃだし」
「そう、だな」
「ね、お父さん。手を繋いでいいですか? 帰る人多いみたいだから、はぐれちゃわないように」
「……ああ」
 ノゾミと手を繋いで、遊園地のゲートを目指す。ノゾミの手は造り物とは思えないほど柔らかく、温かかった。
「ノゾミ」
「どうしました? お父さん」
「……いや。何でもない」
 「その言い方は気になります!」とノゾミはむくれていたが、俺は口を割らなかった。
 今日は楽しかったか――それは、訊かなくても彼女の表情を見れば、すぐ分かったからだ。
 この日の夕食から、俺とノゾミは、その日の出来事を話すようになった。
 俺の求める温かさが、そこには生まれていた。