にわかオタクの雑記帳

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遊戯王 New stage 番外編 リボーン・ドライブ-5

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 事故現場は旧サテライト地区のネオダイダロスブリッジ付近にある。移動手段には定期バスを利用することにした。バイクや車を使ってもよかったのだが、情報を整理するために少し時間が欲しかったのだ。考え事にふけりながら車両を運転するなど、言語道断である。
 通勤・通学時間は過ぎ、昼時にはまだ早いため街を歩く人影はまばらだ。輝王はなるべく道の端を歩きながら、思案する。
 被害者――寺山は当然としても、刺殺されたホステスとホームレスの男性も、どこかで見たような気がするのだ。最近ではない。もっと昔――それこそデュエルアカデミアに通っていた頃に。だが、被害者2人の名前を見ても、記憶の詳細は掘りだせない。第一、デュエルアカデミアの学生が、キャバクラのホステスと知り合うなんてことがあるだろうか。
(……待てよ)
 そこまで考えたところで、詳細を思い出すためのとっかかりが見つかりそうな感覚があった。あとひとつキーワードがあれば、重要な何かを思い出せる――
「きゃっ!?」
 その時、誰かが胸に飛び込んできたような衝撃が輝王を襲った。思案に夢中で、前から向かってきていた人影に気付かず、ぶつかってしまったのだ。輝王は少しよろけるだけで済んだが、ぶつかったほうはそう上手くいかなかったらしく、尻もちをついてしまっていた。胸に抱えていただろう革製のカバンは、落下した衝撃で蓋が開いてしまい、中に入っていた本やノートが路上に散らばった。
「すまない。大丈夫か?」
 ぶつかった人物は、金髪の女性だった。高級な食器の装飾に使われているような落ち着きがありつつも荘厳さを感じさせる金の長髪を頭の後ろでまとめ、白いブラウスとベージュのロングスカートを着た色白の女性は、
「私こそすみませんでした。お怪我は?」
 自分のことなど二の次といった調子で、こちらの身を案じてきた。
「それはこちらの台詞だ。立てるか?」
 こんな華奢な女性を転ばせてしまったことに過剰なまでの罪悪感を覚えつつ、輝王は片膝をついて手を差し伸べる。
「大丈夫です。わざわざありがとうございます」
 女性は丁寧な口調で礼を述べると、差し出された輝王の手を取る――

 しかし、女性の右手は空を切った。

 特別な事象が働いたわけではない。目測を誤ったように、金髪の女性の右手が何もない空間を掻いたのだ。
 そこで輝王は気付く。女性の両目が閉じられていることに。
 目が不自由なのかもしれない、と推測すると同時に、輝王の脳裏にある女性の面影が浮かぶ。そして、それは目の前の女性と合致した。
「シスター……? シスター・ライラックか?」
 その言葉に、金髪の女性もピクリと眉を持ちあげる。
「その声……正義さんですか?」
「ああ」
「まあ! お久しぶりです正義さん。こんなところで会うなんて奇遇ですね」
「そうだな……まさかシスターに会うとは思わなかった」
「もうシスターじゃありませんよ。今の私は、神に仕えるシスターではなく、ただのイルミナ・ライラックです」
「……そうだったな」
 不意の再会に喜ぶ女性――イルミナ・ライラックとは対照的に、輝王は複雑な表情を浮かべた。
 イルミナの手を引き、体を支えつつ立ち上がらせると、散らばった本やノートを拾ってカバンの中に入れる。
「ありがとうございます、正義さん。助かりました」
「やめてくれ。悪いのはこっちだ。それより、これからどこかへ行くのか? もしそうなら、同行させてほしい。詫び代わりだ」
「本当ですか!?」
 輝王の申し出に、イルミナは顔をほころばせる。
 見たところ同行者はいないようだし、いくら人が少ないとはいえ盲目の人間が街中を出歩くのは危険が多い。付き添いがいるに越したことはないはずだ。
 そう。彼女――イルミナ・ライラックは、輝王と知り合ったときにすでに視力を失っていた。
 先天性弱視だったイルミナは、両親によって強引に視力回復の手術を受けさせられた。が、これが失敗し、完全に視力を失ってしまった、と本人は話していた。
「それじゃあ、お願いしますね。ちょうど家に帰るところだったんです。せっかくですから、午前のティータイムに付き合ってもらおうかしら」
「…………」
 してやったり、といった感じの笑みを浮かべるイルミナに、輝王は黙って付き従うしかなかった。


 イルミナ・ライラックと知り合ったのも、高良がきっかけだった。
 当時、イルミナがシスターを務めていた教会では、身寄りのない子供たちを預かる孤児院の側面も持っていた。そこの子供たちと仲が良かった高良に連れられ、何度も教会でデュエルをしたものだ。子供相手でも大人げなく全力を出す高良に対し、輝王はデッキ構築やプレイングに関してアドバイスをすることが多かった。その時、デュエルモンスターズについてはほとんど何も知らなかったイルミナも、一緒になって輝王の話を聞いていたのだ。
 現在、その教会は取り壊しが決まっており、立ち入り禁止になっている。記憶にあるものとそれほど変わらないように見える教会は、しかし確実に古びていた。
 教会の近くにあるこじんまりとした木造の一軒家がイルミナの住まいであり、木の香りが漂うリビングに通された輝王は、立ち去るタイミングを見つけられずそのまま椅子に座ってしまった。
 家具や調度品は少ないが手入れの行き届いたリビングの様子を眺めていると、トレイの上にポットとティーカップを載せたイルミナがキッチンから戻ってきた。
「正義さんに会うのは、火乃君のお葬式以来ですかね」
 輝王の前に置かれたカップに、琥珀色の液体が注がれる。自分のカップにも同じように紅茶を注いだイルミナは、対面に座る。とても盲目とは思えないほど、淀みの無い動きだった。
 輝王がどう答えようか迷っていると、
「前に会ったときよりも、随分優しい色になりました。何があったのかは分かりませんが……火乃君のことは、あなたの中で整理がついたんですね」
 緊張をほぐすように、それでいて輝王の心中を見透かしたような穏やかな声が響く。
「……やはり、あなたに隠し事はできないな。シスター」
 苦笑した輝王は、カップを持って紅茶を一口含む。ほのかな甘さが口の中に広がり、上品な香りと相まって自然と気分が落ち着いた。
 イルミナ・ライラックは、視力を失った代わりに、常人とは異なる視界を持っている。
 深く閉じたまぶたの裏側――彼女が見ている世界では、生物が様々な色によって表現されているのだ。本人曰く、「ぼやーっと影が浮かび上がる感じ」らしい。浮かび上がる色は、その生物が抱いている感情によって変わるようで、喜んでいるなら明るい色、悲しんでいるなら暗い色、といったように、イルミナ本人がその感情に対して抱いているイメージの色合いが反映されているようだ。
 初対面のとき、輝王は「真面目だけど固すぎる色だね」と言われた。そして、火乃の葬式で会ったとき――輝王が復讐に支配されていたときは、言葉を濁した。きっとひどい色だったのだろう。