にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 リボーン・ドライブ-6

「もう。さっきも言ったでしょ正義さん。私はもうシスターじゃないって」
「すまない、昔の癖が抜けなくてな。……ライラックさんの言う通りだ。高良のことは、決着がついた」
 本当に決着がついたかどうかは定かではないが、少なくとも復讐心が消えたのは事実だ。そして、異世界での経験を経て変化した輝王の精神が、イルミナの見る色に表れているのだろう。
 輝王の返事を聞いて安堵してくれるのかと思いきや、イルミナは不機嫌そうに頬を膨らませ、
「名字で呼ぶなんて、他人行儀すぎますよ、正義さん。もっと気軽にミナって呼んでください。ミーナでもいいですよ」
 そう言ったあと、ふふっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「う……」
 特別女性が苦手というわけではない――その容姿ゆえに言い寄ってくる女性は後を絶たなかったし――輝王だが、女性のファーストネームを呼ぶのは苦手である。規律を重んじた生き方をしてきたせいか、特別な間柄にならない限り下の名前を呼ぶことは避けてきた。いくつかの例外は存在するが。
 加えて、イルミナのことはずっと「シスター」と呼んできたのだ。「ライラック」と言うだけでも違和感があるのに、ファーストネームなど呼べるはずもない。
 金髪の元シスターは困惑する輝王を楽しむかのように、ニコニコと笑っている。とても神に仕えていたとは思えない非情さだ。
「……俺は仕事があるのでそろそろ」
「ダーメ。ミナさん、って呼ぶまで帰してあげません」
 輝王が席を立つのを見越したように、イルミナは扉へと先回りする。この人は本当に目が見えていないのかと疑いたくなるような俊敏な動きだった。
「……なーんて、冗談です。ちょっとこっちの部屋に来てくれませんか?」
 小さく舌を出してからかったことを詫びたイルミナは、輝王をリビングの奥にある部屋へと招く。
 案内された部屋は、狭いながらも壁の一面に大きな窓があるおかげで、陽の光をたっぷり吸いこんでいた。白いレースのカーテン越しに柔らかな陽光が降り注ぎ、絵画のような雰囲気を醸し出している。
 その一因が、部屋に鎮座しているグランドピアノだ。素人の輝王にはどれほどの品なのかは分からないが、丁寧に磨き上げられた蓋が黒々と輝いているのを見ると、高級なものではないかと思ってしまう。
「私、今はピアニストの端くれなんです。盲目のピアニスト、なんてちょっと名前も売れてきたんですよ。ふふっ」
 最後の方は冗談っぽく言ったイルミナが、ピアノへと歩み寄る。
「時間があれば、一曲くらい弾きたかったんですけどね」
 名残惜しそうに表面をそっと撫で、金髪の女性は動きを止める。イルミナはシスター時代にも暇な時間を見つけてはピアノを演奏してくれ、子供たちを喜ばせていた。輝王も言葉にはしなかったが、イルミナの演奏を聞くのは好きだった。
「そうだな……」
 久しぶりにイルミナのピアノを聞きたい欲求はあったが、今は勤務中であり明確な目的もある。あまり私事に時間を割くわけにはいかない。
「次回のコンサートの日時を教えてくれ。予定を合わせてお邪魔させてもらう」
「本当ですか? うれしいです」
 輝王の申し出に両手を合わせて喜びを顕わにしたイルミナは、弾んだ声でコンサートの日取りを教えてくれた。それをスケジュール帳に書きこみつつ、
「……火乃にも聞かせてやりたかったな」
 ふと呟いてから、後悔する。せっかくイルミナが気を使って追求を避けてくれていたのに、自ら亡き親友の話題を出してしまった。
 輝王が複雑な表情を浮かべたのに気付いたのか、イルミナは昔を懐かしむように遠くに視線を向ける。
「そうですね。私も、火乃君に聞いてほしかったです。けど、火乃君は興味無いかな。私がピアノ弾いてるとき、いっつも寝てましたもんね」
「ああ、それは――」
 イルミナの言う通り、高良は演奏中に寝ていることが多かったが、それは決して退屈だったわけではなく、あまりに心地よすぎたせいで眠気を我慢できなかっただけだ。
 それを伝えようとしたとき、頭の中でずっと引っ掛かっていた「何か」が鮮明に正体を現す。
 きっかけは、高良火乃。
 一瞬だけ動きを止めた輝王は、急いで携帯端末を取り出すと、連続殺人事件に関するファイルを表示させる。殺されたホステスの女性とホームレスの男性の顔写真を確認し、推測を固めていく。
「正義さん……?」
 輝王の様子が一変したことを不思議に思ったのか、イルミナが遠慮がちに声をかけてくる。
「……すまない、シスター。今日はこれで失礼させてもらう」
「お仕事、ですね。分かりました」
 状況を素早く理解したイルミナは、「見送ります」と輝王を玄関まで案内してくれた。
「今日は楽しかったです。またお暇なときに遊びにきてくださいね」
「ああ。コンサート、楽しみにしている」
「くれぐれもお気を付けて。貴方に神の御加護がありますように」
「……シスターは辞めたんじゃなかったのか?」
「シスターじゃなければ神に祈っちゃいけない道理なんてありません。ふふっ」
 イルミナの「いってらっしゃい」という言葉を聞きながら、輝王は外へ出た。