にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 リボーン・ドライブ-7

 連続殺人の被害者と、寺山吾一は繋がっている。
 3人を繋ぐキーワードは、高良火乃。
 輝王は、寺山だけではなく殺された2人とも面識があったのだ。何故寺山の話をしたときに思い出さなかったのかと、自分の閃きの悪さを恨む。
 アカデミア時代、高良と共に行動していたとき。ホステスの女性に話しかけられたことがある。彼女は、性質の悪い客に絡まれていたところを高良に救われたらしい。その恩返しにキャバクラで使える割引チケットを押しつけてきて、対応に困ったことを思い出した。輝王が彼女に会ったのはその1回だけだったが、高良は以後も何度か顔を合わせていたらしい。
 そして、ホームレスの男性も、アカデミアの生徒たちに暴行されているところを高良に助けられた……のだが、彼は気弱な女子生徒を「金を出さなきゃイタズラするぞ」と脅迫したため他の生徒の怒りを買い、暴行されていた。真実を知るを否や、問答無用で男性をぶっ飛ばした高良の姿は、どうして忘れていたのか不思議なくらい鮮烈だった。
 つまり、3人は何らかの形で高良火乃と関わっている。それが直接犯人の正体に繋がるわけではないし、それどころか単なる偶然である可能性の方が高いが、輝王はどうしても無視できなかった。
 輝王は手にした携帯端末で、殺人事件の起こった現場に向かっているはずの鎧葉に電話をかける。すると、コール音が鳴る間もなく鎧葉の切迫した声が聞こえてきた。
「輝王先輩! よかった、ちょうど電話しようと思っていたところなんですよ!」
「どうした? ……何かあったんだな」
「はい。それが――」
 鎧葉は電話越しでも分かるほど声をひそめながら、告げた。

「もう1人犠牲者が出ました」

 その言葉を聞いて、輝王の背筋に冷たいものが流れる。
「被害者は無職の男性……心臓を刺されて即死だったみたいですね。現場の状況から、捜査本部は同一犯の犯行かどうか決めかねているようです。とりあえず一度こっちに来てもらえますか?」
「分かった。すぐに行く」
 動くのが遅かったということか――心中で毒づきながら、駆け出す。
 いつの間にか、空は分厚い雲で覆われていた。

◆◆◆

 時は遡る。
 ネオ童実野シティの各所にある刑務所のひとつ。コンクリートの無機質な灰色で構成された建物は、分厚く高い壁に囲まれていた。出入口である正門も、先の尖った鉄柵で固く閉ざされている。
 それとは正反対の位置に、小さな鉄の扉がある。主に職員用の通用口として使われているが、ごく稀に釈放されることを表沙汰にできない受刑者が出所する際に使われることもある。
 男も、その1人だった。
 彫りの深い顔立ちはラテン系の血が入っていることの証であり、うねった黒髪は蛇を連想させ、眼光は百獣の王のそれだ。長身だが、それほど筋肉質ではない。にも関わらず、男の体は見た目よりもずっと巨大に見えた。
 くたびれたスーツを着た男は、大きく息を吸い込んだ後、両目を閉じて空気を堪能してから、豪快に吐き出した。

「――変わらねえな、この街の臭いは。最高にクセェ。臭すぎて滾っちまう」

 まるで自然に覆われた高原の空気を味わったかのように恍惚とした笑みを浮かべた男は、ゆっくりと閉じた目を開く。
「おえっ。出所早々何言っちゃってんですかね、この人は」
 そんな男に、飄々とした足取りで近づく少年がいた。荒々しい印象の男とは対照的に、掴んだら折れてしまいそうな儚さを漂わせる、線の細い少年だ。その細さを誤魔化すようにゆったりとした黒の服を着ているのだが、そのせいで根元から毛先まで真っ白な髪が際立って見えた。
「……白斗か。何だ、随分早いじゃねえかよ」
「いやいや、瀧上サンの出所を一番にお祝いしたかっただけっすよ。お勤めゴクロウサマデース」
「心にもないこと言いやがって」
 いかにもわざとらしくお辞儀をする少年――奏儀白斗(そうぎはくと)に、男――瀧上轟(たつがみごう)はニヤリと笑って見せる。
「けど、臭いってんならムショの中の方がもっと臭いんじゃないっすか? 犯罪者の巣窟だし、ロクに掃除してなさそうだし」
「バーカ。そういうことじゃねえんだよ」
 瀧上は刑務所を振り返ってから、告げる。
「確かに刑務所の中は悪党だらけだ。だから、ひとつの臭い――悪党の臭いしかしねえんだよ。けど、外は違う。善も悪も偽善も必要悪も入り混じって……最高に人間クセェんだ。たまらねえだろ?」
「……瀧上さんの言うことは相変わらずワケわかんないっすね」
「分かったら俺とお前は同類ってことだ。そしたら、兄弟の契りでも結んでやるよ」
「うげ、遠慮しておきますわ」
 大袈裟に仰け反って気持ち悪がる白斗の脇を通り過ぎ、瀧上は街中へ向かって歩き出す。
 そのタイミングを見計らっていたかのように、瀧上の前で停止する一台の車があった。運転席の扉が開き、女性が1人下車してくる。
 こちらも女性にしては長身で、スレンダーな身体つきをしていた。無駄のない引き締まった肉体は、豹の美しさによく似ている。
 ごく普通のスーツ姿の女性は、白斗とは違い丁寧に頭を下げる。
「遅くなって申し訳ありません。お迎えに上がりました、轟様」
「おうよ。苦労をかけたな、藍子」
「勿体ないお言葉です」
 口調は丁寧だが、藍子と呼ばれた女性の声には感情の起伏がほとんど感じられなかった。まるで、機械で作った合成音声が喋っているかのようだ。
「お風呂になさいますか? お食事になさいますか? それとも私の体を隅から隅まで貪り尽くしますか?」
「――どれも魅力的な提案だが、風呂に入る気分じゃねえし、腹は減ってねえし、女を抱くのは夜と決めてるんでな。今夜はたっぷり可愛がって……いや、たっぷり愛してやるぜ、藍子」
「轟様……」
 女性――薬師寺藍子(やくしじあいこ)の顎に手を添えた瀧上は、くい、と指で顎を上げさせる。薬師寺は無表情だったが、その瞳が潤んでいることに瀧上は気付いていた。
「……こんな真っ昼間から、刑務所のすぐ近くでする会話じゃないっすね」
「黙れ童貞この場から消えろ」
 呆れた様子でツッコミを入れた白斗に、薬師寺の容赦ない言葉と視線が突き刺さる。
「ちょっ!? いきなりひどくないっすか藍子さん!」
「気軽に私の名を呼んで――私より先に轟様を迎えに来ただけでも腹立たしいのに、これ以上私を怒らせるつもりか? 何度も言ったはずだぞ。私の名を呼んでいいのは轟様ただ1人だけだ」
 「渋滞に巻き込まれてなければ」と愚痴をこぼす薬師寺に、
「まあまあ。そう邪険にすんな。俺が本来の刑期よりも早く出れたのは藍子のおかげだが、その先のために白斗は力を貸してくれたんだからよ」
 顎から手を引いた瀧上は、ポンポンと肩を叩く。
「ギブアンドテイクっすよ。俺の目的のために瀧上サンが必要だったから、力を貸しただけっす」
「そういう考え方は好きだぜ。なら、俺もやりたいようにやらせてもらうとすっか」
 そう言って、瀧上は手首を回す。ゴキリ、と骨が鳴った。
「さて。俺の<術式>を借りて、瀧上サンは何をしようってんですかねぇ」
 答えは分かりきってると言いたげな笑みを浮かべ、瀧上を見つめる白斗。
 その視線を背中で受けながら、瀧上は告げた。

「決まってんだろ。復讐だよ」

 欲望の固まりが、不気味なほど静かに動き出す。