にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 ジェムナイトは砕けない-4

「……ったく。何なんだあいつは」
「――随分強がっているみたいでしたね。本当なら悪口なんて言う子じゃないと思いますよ」
 ほたるが出て行った方向を見つめながら、信二は静かな声で少女に対しての印象を明かす。悪口はともかく、強がっているのは神楽屋にも分かった。
「ハッ、どうだか。とりあえず、受けた以上はきっちりやらせてもらうか。信二、悪いが留守番頼めるか?」
「大丈夫です。今日はアカデミアの授業が午前中で終わるって言っていましたし、もうすぐティトとリソナちゃんが帰ってくると思いますから」
「なら、ちょっと出てくる。創志が帰ってきたら俺に連絡入れるように言っておいてくれ」
「分かりました。いってらっしゃい、神楽屋さん」
 神楽屋はソファの背にかけてあったベストを羽織ると、事務所を後にする。
 まずは、豹里の「内側の顔」を探らなければならない。


◆◆◆


「君が私を呼びだすなんて珍しいな。デートのお誘いかい?」
「バッ……そんなわけねえだろ!」
「それはそうだ。君には心に決めた人がいるんだったね」
「だから矢心先生とはそんなんじゃ――」
「おや。私は矢心女医の名前を出した覚えはないのだが?」
「て、てめえ……」
「ハハハ。相変わらずそっちの方面は苦手なようだな、神楽屋。いやすまない。どうしても君の反応が面白くてからかってしまうな」
 ラリラリストリート――食べ歩き通りと呼ばれるほど多くの飲食店が軒を連ねた通りにある、カフェのオープンテラス。抜けるような青空の下で味わうコーヒーは、普段飲んでいるそれとは違った味わいを引き出してくれるが……今の神楽屋にそれを味わう余裕はなかった。
「それで? 本当の要件はなんだい?」
 向かいに座っている黒髪の女性は、朱野天羽。気の抜けるようなフォントで「太陽サンサン熱血パワー」という文字列がプリントされたTシャツにハーフパンツというラフな格好の彼女は、神楽屋の昔からの知り合いであり、セキュリティの人間でもあった。女性が外を出歩くような格好とは思えないが、非番のときの彼女はいつもこんな感じである。
「豹里兵吾、ってヤツのことを聞きたい。知ってるか?」
 ほたるから預かった写真をテーブルに置くと、天羽はそれを受け取って眺める。
「知っていることは知っているが……君の望むような情報は持ち合わせていないと思うな」
「何でもいい。話してくれ」
 神楽屋が言うと、天羽は「そうか」と頷き、咳払いをしてから話し始めた。
「豹里兵吾……父親は治安維持局上層部の役員で、順調にエリート街道を歩んできた男だ。その割には温和な性格で、エリート意識が薄い。誰に対しても分け隔てなく接し、自分より地位が劣るものに対しても丁寧な態度を崩さないため、部下からの信望も厚い。反面、バリバリのエリート気質な連中からは煙たがられているようだ」
「……嫌われている、じゃなくてか?」
「嫌う要素が無いからな。結果も残しているし、父親からの圧力を受けてまで豹里をいじめようなんて愚かなやつはいないさ」
 神楽屋の予想通り、セキュリティ内での豹里の評判はすこぶる良好なようだ。だからこそ、裏で何をやっても疑われない。デュエルギャングたちの証言が信用されないのだ。
「今は旧サテライト地区で、犯罪者の検挙を行っていると聞いたな。しかも、自ら志願したそうだ。彼のようなエリートが引き受ける仕事ではないと思うのだがね」
「汚れ仕事ってことか」
「豹里が志願しなければ、私にも話が回ってきていたかもしれないな」
 そう言って、天羽は自嘲気味な笑みを浮かべる。確か、彼女はサテライト出身者だ。
「ま、私が知っているのはそんなところだ。同じ組織に属しているとはいえ、面と向かって話したわけではないからな。彼がどのような人物なのかは、周りの情報から想像しているに過ぎない」
「なるほどな……ちなみに、豹里と親しい人物に心当たりがあったりするか?」
「ないな。と、いうよりも――」
 唐突に考え込む天羽。神楽屋の問いがきっかけになって、何かを思い出したようだ。
「……豹里は信望の厚い人物だ。しかし、彼と親しい人物に全く心当たりがない。それどころか、彼のプライベートな話を聞いたことが一度もないんだ。私生活を隠したがる人間はいるが、何年も一緒に仕事をしているのに、そういった話がこれっぽっちも漏れないのはおかしい」
「ってことは……」
「彼は意図的に情報を封鎖している可能性がある。知られたくない何かを隠すためにな」
 天羽の眼光が鋭くなるが、神楽屋の顔を見たあと、フッと笑って表情を緩めた。
「それを突き止めるのが、君の仕事というわけか。だとしたら、やはり私は役に立てなかったようだな」
「そんなことねえよ。推測に確証を得られた、ってだけで十分だ。ありがとな」
「なら、ここの支払いは君に任せても構わないかな?」
「おう。わざわざ呼び出しちまったしな。コーヒーくらいは奢らせてもらうぜ」
「さすが。神楽屋は話が分かるな」
 満足気に頷いた天羽は、妙に芝居がかった仕草でカップを手に取ると、コーヒーを口に含む。それが気になった神楽屋は、テーブルの隅に置かれた伝票を手に取る。神楽屋が到着したときにはすでに天羽は注文を済ませてしまっていたため、彼女が何を頼んだか知らないのだ。
 そこに書かれていた事実に、神楽屋は驚愕する。
「いやあ、タダで飲めるブルーアイズ・マウンテンは美味いなぁ」
 バカな……たかがコーヒー1杯に3000円だと……!?


◆◆◆


「豹里か。奴には裏の顔がある。証拠らしい証拠はないが……俺の勘はそう告げている」
 黒のスーツを纏った長髪の青年――輝王正義は、真剣な表情で言い放った。

「にゃー」

 膝の上に猫を乗せた状態で。
「そ、そうか……」
 そんな状態でカッコつけられても、ものすごく説得力に欠けるぞ……言いかけた言葉を呑みこみ、神楽屋は曖昧な返事をする。
 天羽と別れたあと、同じくセキュリティの人間である輝王に話を聞くために、彼との待ち合わせ場所である「ねこねこ喫茶」に向かった。神楽屋は初めて訪れる店だったのだが――内装はちょっとお洒落な喫茶店だが、両手では数え切れないほどの猫が店内を自由気ままに散歩していた。猫と自由に触れ合えるのが、この店の売りらしい。
 そんな一風変わった店で、輝王は優雅に紅茶をたしなんでいた。常連の風格を漂わせながら。
「俺も旧サテライト地区の犯罪者検挙に参加していたから、豹里とは何度か顔を合わせたことがある。互いの情報を交換した程度だが……奴からは人間味を感じることができなかった。まるで、人格を塗り替えたかのように、上辺だけで会話しているような、そんな感じがした」
 冷静沈着な輝王が言うのであれば、間違いないだろう。天羽の情報とも合致する。
「……肉球を触りながら言われると、イマイチ緊張感に欠けるな」
 無表情のまま、ふにふにふにふにと絶えず猫の肉球を触っている輝王。かなりシュールな光景だ。
 ちなみに、輝王の膝の上にいる猫は、ロシアンブルーと呼ばれる品種だ。灰色の毛にエメラルドグリーンの瞳。猫にしては忠誠心が高い一方、見知らぬ人間には警戒心を示し、慣れるまで時間がかかる品種だと記憶していたが、輝王の膝の上にいるロシアンブルーはうっとりとした様子で体を丸め、されるがままになっている。心の底から輝王を信用しているような仕草だった。
「……お前は猫とスキンシップしないのか? 神楽屋」
「俺は遠慮しておく。一応仕事中だしな」
 輝王の申し出をやんわりと断りつつ、神楽屋は注文したコーヒーに口をつける。思えば、今日はコーヒーばかり飲んでいるな。
「――豹里の『裏の顔』を暴く、ということか?」
 肉球を触ることをやめ、猫の背中を撫で始めた輝王が、低い声で呟く。
 天羽に対してもそうだったが、輝王にはほたるから聞いた豹里の悪辣な行為のことを話していない。下手に情報を拡散させれば、いらぬ危険に巻き込まれる可能性があるからだ。
「さすがに鋭いな。思っていた以上に隙のないヤツだし、なかなか骨が折れそうだ」
「悪いが、これ以上は協力できない。情けない話だが、今は自分のことで手一杯でな」
「元より手伝ってもらおうなんて思ってねえよ。これは俺が引き受けた依頼だからな」
 最も、輝王の方から協力の申し出があったら迷うことなく受けるつもりだったが。
(……それにしても)
 表では無害に振る舞いつつ、裏では悪人を痛めつける。ダークヒーローにでもなったつもりなのだろうか。だとしたら、さっさと目を覚ましてやらなければならない。
 ――ヒーローなんてものは、ただの幻想でしかないのだから。
 心の奥に苦いものが広がる。幻想であるということを認めたくない子供の自分が、血を流して泣き喚いている。
 神楽屋はそれを強引に封じ込めると、豹里のことに思考を戻す。
 が。

 にゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃー。

「……シリアスモードに浸るには向いてねえな、ここ」