にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 ジェムナイトは砕けない-3

「んじゃ、まずは名前を教えてもらえるか?」
 応接室に戻った神楽屋は、少女をソファに座らせた後、自分も対面に座る。信二は少女の分のコーヒーを出したあと、神楽屋の隣に座った。
 改めて少女の姿を見てみるが、やはり幼い。背丈もそうだが、顔つきや振る舞いにも成熟しきっていない幼さが残っている。リソナほどとは言わないが、ティトよりは年下だろう。薄桃色のワイシャツにネクタイ、フリルがあしらわれた黒のスカートにニーソックスと、どこかの学生のような格好をしている。
 本来なら、最初に依頼内容の要点をまとめるための書類を書いてもらうのだが、キョロキョロと辺りを見回して落ち着かない様子の少女にそれは難しいだろう。会話の流れで依頼を聞きだしていったほうが効率がいい。
「……白下ほたる」
「しろしたほたる、ね。珍しい名前だな……歳は?」
「言いたくない」
「……言わなきゃ依頼は受けねえぞ」
 視線を逸らした少女――ほたるは、うつむいてもじもじと指を動かしたあと、諦めたように口を開いた。
「……17歳」
「了解。なら、本題に移るか。依頼内容を話してくれるか?」
「…………」
 神楽屋は続きを促すが、ほたるはポカンと口を開けたまま固まってしまっていた。
「おい、どうした?」
「え、あ、その……」
 我に返った様子のほたるは、また指をもじもじさせたあと、
「……あたしのこと、バカにしないの? 17歳に見えないとか、嘘吐かないで本当の歳を言えとか……あと、チビとか」
 言いにくそうに尋ねてきた。なるほど、彼女にとって、小さい体はコンプレックスらしい。
「バカにして何になるんだよ。もしお前が俺たちのことを騙そうとしているなら、あとで怒るけどな。お客様の容姿を揶揄するほど落ちぶれちゃいないさ」
「けど、さっきあたしのこと無視したじゃない」
「それはお前の態度が原因だ」
「う……」
 黙ったところを見ると、悪かったと思っているらしい。
「それで、白下さん。時枝探偵事務所にどのようなご用件ですか?」
 バツが悪そうにしているほたるに、信二が助け船を出す。幸いとばかりに「そ、そうなの!」と仕切り直したほたるが、ようやく本題を話し始めた。
「アンタには、セキュリティの不正を暴いてほしいの」
「セキュリティの不正? そりゃまた大層な話だな……」
 ネオ童実野シティを守るための組織とはいえ、セキュリティの規模は大きい。不透明な部分も多いし、何よりシティとサテライトが別れていた頃は、権力を振りかざして弱者をいたぶることなど数多くあっただろう。それら全ての不正を暴くなど、無理な話だ。
「こいつの顔に見覚えはある?」
 すると、ほたるは1枚の写真を差し出してきた。
 そこには、老人と見間違うほど穏やかな笑みを浮かべた細目の男が映っていた。恰好からすると、どうやら治安維持局に属している人間のようだ。
「いや……悪いが記憶にないな。信二は?」
「僕も見たことないですね……輝王さんや天羽さんなら知っているかもしれませんけど」
 セキュリティの知り合いにはあとで聞いてみるとして、ほたるの依頼にはこの人物が関係しているらしい。
 ほたるは一度深呼吸し、胸に手を添える。何かの覚悟を決めたように見えた。
「コイツの名前は豹里兵吾。残虐非道の極悪人よ」
 豹里兵吾――残念ながら、その名前にも心当たりはない。
 ほたるの言葉には、濃い憎しみが込められていた。写真を見た限りでは、温和な男性に見えるが、彼女にとっては違うようだ。
「極悪人、ね。俺にはそうは見えないが……どういうことだ?」
「……今、サテライトの復興計画が進んでいるのは知ってる?」
「確か、老朽化した建物の整備や、違法薬物などを生産している工場の解体など、旧サテライト地区の治安向上を謳った計画ですよね? 最終的には、シティと遜色ないくらい安全な場所にするとか」
「その中には、マーカー付きの犯罪者や、デュエルギャングの掃討も含まれているらしいな。今まで野放しにされてきた連中が、何人も更生施設にぶち込まれているとか」
「それが問題なの!」
 神楽屋の言葉に反応したほたるが、声を荒げて机を叩く。
「コイツは――豹里はあたしたちがデュエルギャングってだけで、ひどいことしてくるの! しかも、絶対に逮捕しようとしない。何度もみんなをいたぶって楽しんでるのよ!」
「ちょっと待て、落ち着け。熱くなるのは分かるが、状況が伝わってこない」
「あ……ご、ごめんなさい」
 諌められて落ち着きを取り戻したほたるは、改めて説明を始める。
 彼女の話をまとめると――
 サテライト復興計画のため現地に派遣されたセキュリティは、脱獄した犯罪者や、立退きを拒否したり、周囲に危害を及ぼしていたりするデュエルギャングを検挙している。
 しかし、問題の豹里兵吾は、刑期を終えて社会復帰した犯罪者や、ただ徒党を組んでいるだけでデュエルチームと言い換えてもいいくらい大人しいデュエルギャングも、検挙の対象としているらしい。その魔の手が、ほたるが身を寄せているデュエルギャングにまで伸びてきたというわけだ。
「あたしのチーム、ゴースト・エンペラーだって、ただみんなで集まってワイワイやってただけなのに……昔は結構派手に暴れてたらしいけど」
「おい」
 デュエルギャングというものは、存在するだけで周囲に不安を与える。それはほたるも理解しているらしい。
 ただ、豹里が行う検挙は、他の人間が行うものと違った。
 対象となった人物を散々痛めつけ、あえて逃がす。そして、悪事を働くことを強要してくるのだ。豹里の言う通り再び悪事を行えば、さらに痛めつけられる。更生施設に送られたほうがマシだと思うくらいに。
「けど、豹里はそれさえ許さない。悪は、永遠に裁かれるべきだって……豹里にやられた人が言ってたわ」
「…………」
 悪は永遠に裁かれるべき――胸糞が悪くなる言葉だった。
「……なるほどな。大体の事情は理解した」
 豹里が違法な捜査を行っているのに逮捕されないのは、証言に説得力がないからだろう。豹里が治安維持局内でどれほどの地位にいるかは分からないが、サテライトのデュエルギャングの言葉と、セキュリティの人間の言葉――どちらを信じるかは明白だ。それに、治安維持局内にはまだ、サテライトを隔離しておくべきといった思想を持つ人間も多い。犯罪者がどうなろうと知ったことではないはずだ。もちろん、そんな人間ばかりではないが。
「ひとつ、質問していいか?」
「……何?」
「どうしてウチに来た? 旧サテライト地区には、探偵が足を踏み込めないような非合法な手段で依頼を請け負う連中もいる。極端な例だと、暗殺とかな」
 そういうやつらは、法外な金を要求してくることがほとんどだが、仮にもデュエルギャングに属しているならツテは色々あったはずだ。わざわざシティまで出向き、一介の探偵に頼むような要件ではない。
「……もちろん、サテライトにいる知り合いには頼んだわよ。ほとんどの人に断られたけど、何人かあたしを信用してくれて、引き受けてくれる人がいた」
 そこで言葉を区切ったほたるは、唇を震わせる。続きを言うことを恐怖しているかのように。
「けど、みんな帰ってこなかった。連絡もつかなくなっちゃって……」
 ほたるは、泣きだしそうになるのを必死にこらえているようだった。
 ……おそらく、依頼を引き受けた者たちは、豹里によって消されたのだろう。彼の行動から考えると死んではいないと思うが、全てを捨てて逃げ出してしまうような苦痛を与えられたに違いない。
「そんな時、この探偵事務所の噂を聞いたの。頼めば何でもやってくれるって」
「どこのどいつだそんなことを言ったバカは……」
 神楽屋が愚痴ると、隣の信二が苦笑いを浮かべた。心当たりがあるのかもしれない。
 ともかく、これでほたるが時枝探偵事務所を訪れた理由に合点がいった。
「――話をまとめるぜ。依頼は、豹里兵吾の不正を暴き、違法検挙を止めること」
「それで間違いないわ。本当なら、アイツに報いを受けさせてやりたいところだけど――」
「難しいだろうな。復讐なんてのは、豹里の思うツボなんだろ?」
 ほたるは表情を暗くしながら頷く。理想は豹里の罪を白日のもとにさらけ出し、それに応じた法の裁きを受けさせることだが……
(サテライト復興計画から手を引かせる、ってのが妥協案だろうな)
 別の人物――例えば輝王のような人間が豹里の代わりに入れば、過剰な検挙は止まるはずだ。その辺が落とし所だが――それでも治安維持局内部にメスを入れなければならない以上、難易度はかなり高い。
「……難しい依頼だ。悪いが、成功の確約はできない。できる限りはやってみるつもりだが、それで構わないか?」
「随分弱気なのね。必ず成功させてやる! っていう気概はないの?」
「……過度な期待はさせない、ってのが俺の方針だ。それが嫌なら他を当たってくれ」
「ま、待ってよ! ダメなんて言ってないじゃない! 他に頼れる人なんていないんだから……それでいいわよ!」
 神楽屋が突き放した途端、ほたるは慌てて条件を呑む。それを受けて、神楽屋はほたるに断ってから、豹里の写真を預かる。
「じゃ、最後に報酬だな。前金は――」
 金の話になった途端、ほたるの体がグッとこわばるのが分かった。旧サテライト地区に住んでいるくらいだ。手持ち金額はかなり少ないのだろう。
「――前金はいらない。代わりに、3日ほど時間をもらうぜ。そのあいだに情報を集めてみるが、その時点で俺が依頼達成は不可能だと判断した場合、今回は降ろさせてもらう。こっちもやばい橋は渡りたくないんでな」
「で、でも、大丈夫だと思った場合は続けてもらえるんでしょ?」
「ああ。報酬は、依頼が成功した時に支払ってもらえればいい。金額に関しては……調査にかかった費用はもちろんとして、危険手当的なものも貰う予定だから、そのつもりでな」
 しかし、こちらもビジネスだ。タダで危険な依頼を請け負うほどボランティア精神に溢れてはいない。ほたるに支払いが無理でも、ゴースト・エンペラーのメンバーから徴収すればそれなりの金額は手に入るはずだ。
 「いくらになるんだろう……」と指折り数えているほたるを余所に、神楽屋は腰を上げる。
「さて。早速だが動かせてもらうぜ。お前はどうする?」
「えっ? あ、えっと……」
「……まさか、依頼引き受けてもらったあとのこと全然考えてなくて、行く当てがないとかじゃないよな?」
「ば、バカにしないで! 調査に時間がかかることくらい想定済みよ! ちゃんとホテルだって予約してあるんだから!」
「ハッ、そうかい。なら、何かあったら事務所か俺の携帯に連絡くれ」
 言いながら、神楽屋は連絡先が書かれた名刺を手渡す。それをジッと覗きこんだほたるは、
「かぐらや、てるひこ」
「あ? 名乗ってなかったっけか? ちなみに、こいつは皆本信二。俺の助手だ」
 紹介を受けた信二が「よろしくお願いします」と頭を下げるが、ほたるは見向きもしない。代わりに、神楽屋に値踏みするような視線を向けると、
「変な名前」
「何だとコラ!」
 捨て台詞のように毒舌を吐くと、事務所から飛び出していった。