にわかオタクの雑記帳

にわかオタクがそのときハマっていることを書き殴るブログです 主にアニメ・ゲーム中心

遊戯王 New stage 番外編 ジェムナイトは砕けない-2

「コーヒー淹れました。神楽屋さんもどうぞ。藤原さんほどうまくはないですけど」
 藤原というのは、時枝探偵事務所の隣にある喫茶店のマスターである、藤原萌子のことだ。信二の兄である創志がウエイターとしてバイトをしているということもあり、神楽屋たち探偵事務所のメンバーはよく利用している。
「謙遜すんな。お前の淹れたコーヒーも十分美味いぞ。ま、俺のバカ舌の基準だから、あんまりアテにはならないけどな」
「それこそ謙遜ですよ。ありがとうございます」
 褒めてもらったことがうれしかったのか、信二の頬が少し赤くなる。出会ったころに比べると、随分表情が豊かになったものだ、と神楽屋は思う。信二もレボリューションに在籍していたことがあるが、その頃はロクに会話しなかったし、創志たちと共に暮らすようになってからも、最初のうちは塞ぎこみがちで、創志以外とはあまり話したがらなかった。
「それよりも、車いすはどうした? 今日はリハビリ休みだし、無理して歩かないほうがいいんじゃないか?」
 元々体の弱かった信二は、サイコパワーによって無理矢理身体能力を引き上げていたことがある。その反動で、現在は足が思い通りに動かず、車いす生活を送っている。神楽屋の紹介で詠円院(えいえんいん)という病院でリハビリを続けているが、まだ短い距離を歩くのがやっとのようだ。
「矢心先生が、自分が大丈夫だって思ったら家の中でも歩いたほうがいいっておっしゃっていましたから。リハビリは多少無茶するくらいの気持ちで臨まないとダメだって」
「ハッ、先生らしいな。とはいっても、無理は禁物だぞ。お前が倒れたなんて言ったら、創志が仕事放り出してすっ飛んでくるからな」
「分かってます」
 創志が血相を変えて飛び込んでくる様子を想像したのか、信二が可笑しそうに笑う。信二はコーヒーカップを神楽屋の前に置くと、テーブルの向かい側にあるソファに座った。
「兄さんは、藤原さんのところですか?」
「いや、今日は依頼を一件任せてある。家出した犬の捜索だ」
 依頼の内容に優劣を付けるつもりはないが、半人前の創志にはちょうどいいだろう。本人も「神楽屋のサポートじゃなくて全部俺一人でやるってことだろ? 任せとけ!」とやる気に満ち溢れていたし。
「そうですか。それじゃ、帰りの時間が遅くなるか早くなるかは、兄さんの腕次第ってところですね」
「そういうこった」
 話が一区切りついたところで、神楽屋は信二の淹れてくれたコーヒーを飲む。程よい苦みが口の中に広がった。創志は砂糖をたっぷり入れた甘口が好みのようだが、神楽屋はその逆。缶コーヒーで表すなら微糖くらいがベストだ。
 目の前に座る細身の少年を見て、ふと脳裏に別の少年の姿が浮かぶ。
 信二と同じように車いす生活を送っているが――彼とは違い、二度と歩くことはできない少年。
 稲葉ミカド。
 神楽屋は、未だに少年とまともに言葉を交わせないでいた。
 レボリューションを抜けたあと、区切りを付ける意味で会いには行った。そして、自分のせいで深い傷を負わせてしまったこと、いきなり姿を消してしまったことを謝った。ミカドからは「僕のほうこそテル兄ちゃんに迷惑かけちゃってごめん」と逆に謝られた。
 わだかまりは溶けたと言っていい。けれど、ずっと抱いてきた後ろめたさは消えなかった。ミカドの姿を見る度に、罪の意識に苛まされる。それが、今でもミカドを遠ざける理由だった。
 カンコーン、カンコーン……
 再び過去に浸りそうになったところで、来客を告げるチャイムが鳴り響いた。
「あ、お客さんですね。じゃあ僕は部屋に戻ってます」
 そう言って信二は席を立つが、
「いや、ここにいてくれ。もし依頼人なら、お前にも話を聞いてもらいたい」
「神楽屋さん……」
「お前はウチの中じゃ一番冷静だからな。俺や創志は、ついつい感情に流されちまうときがある。そういうとき、お前に客観的な意見を言ってもらえると助かるんだ。お前だって、時枝探偵事務所のメンバーなんだからな、信二」
 言ってから「クサ過ぎか」と恥ずかしくなった神楽屋は、信二の反応を待たずに玄関へと向かう。
 この事務所は、玄関から入ってすぐにオフィス兼応接室がある。その奥にキッチンがあり、二階部分が居住スペースになっている。無論、5人それぞれに部屋を割り振れるほど広くはないので、神楽屋はオフィスのソファで寝ることが多い。
 カンコンカンコンカンコンカンコン……
 神楽屋が玄関に向かうまでの間に、連続して呼び鈴が押されている。どれだけ気の短いヤツなんだ、と神楽屋は心中で愚痴をこぼす。
「ハイハイ、今出ますよっと……」
 客人には聞こえないようなボリュームで返事をしながら、神楽屋は扉を開いた。

「遅い! いつまで待たせる気よ! せっかくこのアタシが依頼を持ってきてあげたっていうのに!」

「あー……間にあってますんで」
 途端に甲高い喚き声が耳を貫いたので、神楽屋は冷静に扉を閉めた。
「ちょ、ちょっと! 何で扉閉めちゃうのよ! アタシは依頼人よ!」
 ドンドンと遠慮なく扉を叩いているのは……ちらりと見えた限りでは、おそらく13歳くらいの少女だろう。赤みがかった茶髪をツインテールに結っていたが、背が低く、随分幼く見えた。
「ねえ開けてってば! ここ探偵事務所でしょ!? お金払えば何でもやってくれるんでしょ!?」
 扉の向こうにいる少女は相変わらず喚き散らしているが、神楽屋は無視する。
「い、いいんですか?」
 事態に気付いた信二が遠慮がちに尋ねてくるが、神楽屋は凝った筋肉をほぐすように首を回しながら、気だるげに答える。
「いいんだよ。ああいう横柄なヤツは、依頼といいながら無理難題をふっかけてきやがる。それに、子供だったからイタズラの可能性だってあるしな」
 単純にムカついたから無視しているということもあるが。
「あたしを無視するなんていい度胸してるじゃない! 今ならまだ許してあげるから、さっさと開けなさい!」
「…………」
依頼人を放置した最低事務所って言いふらすわよ! それが嫌なら扉を開けてよ!」
「…………」
「開けて! 開けてってば!」
「…………」
「開けて……開けてよぉ……ひっく……」
 嗚咽が混じり始めたところで、神楽屋はようやく扉を開いた。
「あっ、よかったぁ……じゃない! あ、アンタ! 何てことしてくれたのよ!」
 安堵のため息を吐いたのも束の間、すぐにキンキンと喚き散らす少女。
 鼓膜へのダメージを減らすため、指で片耳を塞ぎながら、
「……依頼があるんだろ。なら、さっさと中入れ」
 少女を事務所内へと招き入れる。
「……うん」
 それを受けたツインテールの少女は、大人しく従った。